キラへ
翌日になりました。
前日と同じように、アルク大公邸には、ベルとトリーが、メーセン宰相邸には、サンディとノルがそして離宮へは、アンナが出発していきます。
今日も朝から穏やかな日差しに恵まれています。離宮に着いたアンナは
何度も来ていますので、もうなれたかのように執事の先導でマルゴットの寝室に通されました。
執事が部屋を出て行くと、
アンナはマルゴットのそばに腰掛けその手を取りました。
ベッドで起きているマルゴットは今日は少し具合が良いようです。
この寝室には二人だけでだれもいません。
穏やかな光が射し込むその部屋で、二人の声にならない会話が始まりました。
(マール、この光輪をあなたの夫である王に、教えては見なかったのですか?)
(すこしだけ話しましたが、やはりダメでした)
(そうだろうね 彼の頭は筋肉で出来ているようなものだからね)
(でも私には優しかったです。私の子供達にも)
(でもこのことは躊躇しました)
(そうだろう、マールは気がついていたんだね)
「はい、もしこれが私の王に出来ていたら、もしかするとこの世界を征服する王になるかも知れないと思ったからです」
アンナはその発せられた声にうなずいています。
「苛烈にして、冷静、心は揺らがず、壮健なる身体にて、鋭敏な頭脳、人の命など考えずそして冷酷に戦いを遂行していく王に、そうなれば多くの人の命が一人の英雄の元に、失われて行くでしょう」
「それは男としての理想でしょうが、でもそうすることが良かった様には思えませんでした」
(いまも多くの名も無き人達が何十万人と死に、その数倍の人が手を失い、足を失い、傷つき倒れています)
(一人の王の為にです。そしてそれを正すことも出来ない、有り余る富と力を持っているのに更に求めていく)
(そうだろうね。それをしたら破滅だっただろう多くの英雄の末路がそうであったようにね)
「目もくらむ栄光、ひれ伏す人々、恐ろしいほどの富と集まって来る美女達、その誘惑にどれだけ身を守ることが出来るでしょうか」
「王として男として、その自らの身体が発するものにあらがうは至難です」
(むりだね)
「あの人はお酒が好きになりました。立場上仕方の無いことかもしれませんが、このものはこの酔わすものとは真反対の所にあるからです」
「でも、それで良かったのだと思っています。わたしは幸せだったのです」
(でもあなたはこれを、この子に背負わせるつもりなのでしょうか?)
それには答えはありませんでした。
ノルとサンディが、メーセン宰相邸の部屋につくと、早速キラ聖女から驚きの声で報告が上がりました。
「昨日帰られた後です。わき上がる想いを観るという事でこういうことがありました」
「侍女の一人ですが、新入りだったのでしょう。私にお茶を持ってくる仕事なのですが、目の前で裾を踏んで転がってしまったのです。そして私にドシンとぶつかりました」
「何をするの!!!と怒りかけたのですが、昨日想いを観ると言われたので、その怒る想いを観ると、その怒りの塊がファーーと消えて行くではないですか」
「一緒に居た年長の侍女が、どうされましたかとおどろいて近づいてきます」
「その顔を観ると、その心に困ったことになったという狼狽がありありとみえるのです」
「わたしがぶつかられた後ジッと動かない状態だったものですから」
「大丈夫ですよとそう言うと、その侍女は、ホッとした顔になり、大事にならなくなったという安心の心がみえます」
「倒れた侍女に手を差し伸べて、起きなさい大丈夫ですかと言うと、その侍女は申し訳ありませんとひれ伏して震えています」
「さあさあかたづけて、また持ってきてくださいね とそう言うと この年長の侍女の顔に意外であるという心がみえます」
「どうも、わたしは相当怖がられていたようですね」
「そちらを向いて、どうしましたか?微笑みながら話すと、その年長の侍女は「いえ何でもありません」とは答えたのですが、その心が面白いようにみえるのですよ」
「これもそのひとつなのですね」
「そうです、こころが静かになってくると それが鏡のようになり相手の動きからそのこころを映し出すようになりますから」
「アンナはそう言っています」サンディはそう答えるのです。
こちらはアルク大公邸のベアトリスも同じ様に、驚いた発見をベルとトリーに話すのです。
ベルとトリーが帰った後で、ベアトリスは、午後にいつものように楽器の練習をしていました。
たしなみのひとつなのです。
その鍵盤で曲を練習しているときです。
急に指一本一本が、動いていく様がスローモーションのようにみえるのです。
それをその曲が終わるまでずっとそれがみえているのです。
指はすごいスピードで動いているはずなのに、それがゆっくりハッキリとみえるのです。
曲が終わった後、呆然と自分の指を観るベアトリスです。
「こういうことなのですか……」
でも次の曲を練習するときは、それはなくなり元の指の動きでした。
それだけではありません。
本を手に取って、それを読もうとし始めると、ものすごいスピードで読めていきます。
読んでいくと途中で飽きたとか、他の想いが出てくるものなのですが、それが無くなってきているので
邪魔する物がありません。
「これもそういうことですね……」
(なんということでしょうか)
メーセン宰相邸の前日と同じ部屋でノルとサンディはキラに話していきます。
「今日お伝えすることは、昨日話しました目を閉じて何かみえるかについてです」
そう言いながら、ノルは昨日と同じようにこの小さな部屋のカーテンを閉めていきます。
その薄暗い部屋の中でノルは、キラに
「目を閉じると見えている光です。これを昨日話しましたようにまず呼吸を追ってください。そうするとこの光が目の上方に留まるハズです」
「その光を追わずに、無視し呼吸を追い続けると集まってきます」
「では一緒にやってみましょう。光が上方で固定したら、目を開けてください」
そう言って、ノル、キラ、サンディは円形に座りながら、目を閉じ始めたのです。
ノルとサンディは経験がありますので、すぐに目を開けたのです。
そして程なく、キラもその閉じた目を開けたのです。
ノルとサンディは驚きの顔です。
「キラ様は、もう光輪があることがおわかりになるのですね」
「ハッキリと私のすぐ上にあります。でもこれって…」
そのキラの返答に
サンディは
「ものすごく早いです。私たちは初めてこれができあがるまで、数十分はかかりました」
ノルも
「今は慣れましたから、すぐに形成できますが、こんなに早いなんて…」
「これほど早く出来るようなら、次の課程に行けます」
「今度はこれを広げるのです。少し難しくなります」
キラはやってみようと目を閉じましたが、しばらくの間その目を閉じた顔には、ちょっとよくわからない苦悶の表情があらわれたのでした。
ノルはその表情をみて、
「では私たちが行なう事を続けておこなってください。これはアンナより教えてもらった方法です」
そういってノルは左手を上にして、胸の前に置きました。
「光輪をこの左手の上に持ってきます。心臓からも左手を通じて支えてくれます」
「それが出来たら、その左手の上にゆっくりと右手を置いていき、光輪を包むようにして
ゆっくりと回転させ胸の前で花のつぼみを作ります」
「つぼみの手の間に何かがあることを感じられるはずです」
「そして、花が開くように指先を広げ、上に向かって手を伸ばし上方を見て光輪を拡げるのです」
पद्म मुद्रा
3人の聖女は、胸で閉じられた手が広がり始め、花が開くかのように、手が上方にゆっくりと広げられたのです。
その手が下ろされたとき、ノルはニコニコしながらキラに問うのです。
「どうでしたか?」
「花の中の光輪が広がっていき拡大して、全身を包むように見えます」
「目の前がとても明るいのです。光輪が全身に被ったかのようです」
サンディは
「出来ましたね さすがキラ様です。これが全身が光輪につつまれるようにする方法なのです」
「さあそれが出来たら、これをさらに拡大します。方法は大きくしようではなく自らが小さくなることです」
「全身が上方に向けさらにその光に包まれるように感じるはずです。それが出来たら、その光の中に上がっていってください」
「この部屋を超え、可能な限り上方です」
「ではやってみましょう」
ノルのその言葉が終わると、椅子に座るキラは眼を閉じました。
しばらくして、ノルがベルを鳴らしました。
その合図でキラは眼を開けます。
「どうでしたか?」
そのノルの問いに、キラは
「光が私を包み、その中を上がることが出来ました。この部屋の中で飛んでいるような感じですね」
その答えを聞いていたノルは、うなずきながら
「次は私たち二人と一緒に行ってみましょう。もっと高く行けるはずです」
今度は、キラとサンディとノルの三人が眼を閉じます。
キラは、左右に二人が居ることを感じました。
そして光輪ができはじめると、それはさらに強く高く立ち上がっていく事が感じられ、先ほどより高く持ち上げられるのです。
しばらくして、ノルが合図のベルを鳴らしました。
眼を開けたキラは、
「驚きました。力は増し、さらに高くこの部屋を超えて行くことが出来ました」
ノルはその言葉を聞いて、
「出来ましたね。これは私たち二人が協力した結果です」
それを聞いてキラは
「これが、あの競技会で私を助けてくれた事なんですね」
「そうです」サンディは答えます。
「お二人の力でこれですから、4人だともっと大きくなるんですね」
「その通りです。これが私たちが行った方法なのです」
「さらにまだ先があると、アンナは言っています」
キラを前にして、サンディは最後に
「これが終わった後、今日の夜に大聖堂へお越しください。ベアトリス様も来られます。
そこでアンナとお待ちしております。私たち聖女だけで最後にお伝えする事があります」
そう言って、この宰相邸の会合は終わりました。
その日の深夜の大聖堂です。
そこに集まったのは、ベアトリス、キラと東地区のアンナとトリーとベルとサンディとノルの7名の聖女です。
お付きの者たちは、階下に待たせ、7人の聖女が大聖堂の塔の階段を上がり、塔のテラスに集まりました。
そこは風も無く、月が輝いています。
集まった聖女達を前にして、アンナは
「これから行う事を、明日の夜にマルゴット様に披露することになります」
そう言って、この7人の聖女達は、長い時間不思議な動きを始めたのです。
パドマ ムドラー 蓮の花の手




