邂逅
アンナは「こんにちは、マール」
その言葉にその女性の顔が変わります
その言葉を聞いて、マルゴット聖女は、アンナの顔を穴が開いたような目でみるのです。
そして「あなたは……」 次の言葉はありません。
アンナはベッドのそばに寄り添い、マルゴット聖女の手を取ります。
そしてアンナは答えます。
「そうですよ」
しばらくその顔をみていましたが、次第にゆっくりとマルゴット聖女の目に涙があらわれていました。
「帰ってこられたのですね」
アンナはうなずきます。
マルゴットは心の中で
(何十年も待っておりました。私のいのちはもう長くありません)
(支えが無くなっていることからそれはわかります。教えていただいた通りです)
(そうだったね)とマルゴットの心の中に昔のように声が聞こえてきました。
もうその姿は、少女とでも言うべき聖女が、100歳になる老大聖女を
まさに母が我が子を見るがごとく会話している姿なのです。
この老いた大聖女は、その枯れたからだから出てきたとは思えないほどの涙にあふれています。
(死にゆくことは恐れておりません。それは避けられないことはお教えいただいた通りです)
(でも今一度お合いしたかったのです)
(聖女の仕組みを作り上げ、競技会の本当の意味はよくわかっていましたよ)
(はい、その中に私と同じ聖女が出てくるはずだと思っておりましたから、でもそれから70年以上もその様な方は現れませんでした)
「ただ、わたしはあなたにもう一度お会いしたかったのです」
「もうこの年では無理とあきらめておりました。もう時間は無いとおもいました」
「でも今回の競技会は優秀な聖女が多数輩出したとのことで、一縷の望みをかけてみました」
「その最後の聖女が、わたしの待っていた方だったのです」
「あなた様が去られたように、私も去ると思います」
「でも私はうれしいのです」
「また帰ってこられたように、私もまた帰れる事がわかりました。そして、最後にまた会えたのですから、次も必ずあえると思っています」
(戻ってきても苦労するだけだよ)
「かまいません。あなたが一緒であれば、どんな苦労もいといません」
「それは今の私が証明してくれています」
(わたしに会えるとはかぎらないよ)
「それでもかまいません。今また会えたのです。次も会えるに決まってます」
(そうだね。マールは強情だからいったことは引っ込めないからね)
と心の声は言っています。
アンナの顔はずっとその間微笑んでいます。
マールはマルゴットの幼名なのです。
いつもその様に呼ばれて来たからなのです。
マールというその言葉に、マルゴットはいろいろな思い出が心の中に走馬灯のように駆け巡ります。
(初めてお会いしたのは、私が小さい頃、水を汲みに川に行ったときでした。
その最中にまばゆい光がわたしの前におりてきて、私を包み消えていきました。
そのことは今の事のように覚えています)
(そして、マールと呼ぶ声が)
(あなたが去られたとき、それは王太子であったあの人との結婚式の後でした。その夜その時も綺麗な満月がかかっていました)
(それをテラスで見ていたとき、不意に)
(さようなら、いつかまた)
という言葉が私の心に沸き起こり、そしてあなたと共にいるという思いが、ゆっくりと消えていきました。
(どこを探しても、もう見当たらないのです。夢中でさがしました。でも見当たりません)
(その時でしたか、夫となった王太子がやってきて、テラスで一人ぼっちでぼうぜんと立っている私の所にきました)
(「あの方が行ってしまわれました」 私は泣き顔でそう告げました。)
(彼はちょっと驚きの顔をしましたが、月を見上げながら「そうか行ってしまわれたのか」
「どれほどのことをしていただいただろうかな」)
それは王太子と共に聖女として戦ってきた日々を思い出すのです。
その働きは鬼神とでもいうべきめくるめく年月でした。
(「あの方が行ってしまわれた私は、もはやあのときの私ではありません。」そう言うと)
(あの人は、「それでいい、自分にはマールが必要だから、何も変わらないよ」そう言うと
ただ月を見上げて涙する私を彼は抱き寄せ「もうかえっては来られないのか」と言いました)
(「いえ、(いつかまた)とおっしゃいました」そう言われたように思います。)
(「では待とう、マールが伝えるあの方のおっしゃることは間違いが無かった。間違い無く会えるよ 必ず、きっとだ」)
すこし冷たい風がでてきました。ぶるっと震えた私を彼は抱き寄せ、キスをして私を抱き上げました。アッと思いましたが
(「ここは寒くなってきた この奥で一緒にあの方を待とう」とそう言いました。
抱き上げられたわたしは 夫となった彼の広い胸の中でただうなずくだけでした。)
(すぐに彼との子供達ができ、私は母として、王妃として、大聖女としての日々が続きました。
聖女達の競技会も始めました。しかし、その力は年々弱まるばかりでした。
私の夫の王も亡くなり、私の息子の王も、そして孫に当たる王までも、私を残して去って行きました。
息子の王妃も、孫の王妃も聖女のなかから選ばれましたが、もう誰も残っていません)
その思いが大聖女マルゴットのこころに駆け巡るのです。
(それはよかったのよ それは無駄じゃなかったのですよ)
(長い平和は聖女の思いを、すこしづつ人々の中にひろがっていったんだから)
(それをマールに見せるために戻ってきました)
(それを今マールに見せよう、いいかい)
(はい、ぜひ)
アンナはマルゴットの手を離し、ベッドのそばに座っていた椅子から立ち上がります。
そばにあるベルを鳴らしますと
「失礼致します」という声と共に部屋のドアがあけられ、外にひかえていたあの女性の執事が一礼して
入ってきました。
「ご用でしょうか?」
「マルゴット様がお会いになりたいとおっしゃいますので、下に控えております私の従者である、トリー見習い聖女をここにお連れください」
アンナはそう述べるのです。
女執事は、その異例の行動に驚いた顔をしてマルゴット様をみました。
マルゴット大聖女は、執事を見てそうだとうなずいています。
「それではそのようにいたします」と述べ一礼して、階下の控え室に降りていきました。
トリーはデント執事と控えの間で座っていましたが、この執事がトリーの前に立ち軽く一礼し
「トリー様、マルゴット様がお会いになるとの事ですので、おいでください」
と告げるのです。
その言葉に、付き添いのデント執事は驚いた顔を見せます。
それは異例中の異例の出来事だからです。
従者ごときがあの方に会えるとは、当然本人のトリーはびっくりした顔で、なんで私がとおもいますが、「はい」と答えて、この女性の執事の後についていきます。
そして階上の部屋に上がり、部屋に通されました。
執事はトリーが部屋にはいると、部屋から退出して、ドアを閉めました。
そこでトリーが目にしたものはベッドに上半身を起こしたマルゴット大聖女と
その横に座ってマルゴット様の手を取っているアンナ聖女
光輪をもつ二人の聖女です。
いえ、そこにいるのは光輪をもつ三人の聖女なのです。




