月輪
ベルは目を閉じて答えました。
「なにもみえません、真っ暗です」
ほかの二人も同じ答えです。
「そうですよね」
「ではまず身体をリラックスして、力を入れずに座ってください」
「目を閉じて、その止まった体で唯一動いている呼吸を観てほしいのです」
アンナは指示します。
「呼吸を観る。この前、馬車で言われたことですよね」と不思議そうに聖女達は返答します。
「鼻の先を空気が流れていきます。出たり入ったりしています」
「前も言いましたように、目を閉じてずっとそれを鼻先の一点で追い続けてください」
「では始めます」
といってアンナは机に置いてある小さなベルに手を伸ばします。
「このベルをならしますので、目を閉じてその観察を続けてください」
「では」
アンナはチリン!!とベルを鳴らしました。
4人は言われたように、静かに座り直し、静かに目を閉じました。
しばらくして、ベルを鳴らすと目を開けた聖女達に問います。
「呼吸を最後まで追い切れましたか?」
「馬車の時に言われたことを続けていましたので、なんとかできました」
「考えが出てきましたが、気がついて戻ることが出来ましたけど」
とベルが、
「ずっと呼吸を観ていると、ちょっと何か光っている様なものが、ぼんやりと見えすぐ消えました」ノルが続けて答えます。
「同じ様に、呼吸を観ていると何かがサーと走ったような」
サンディはこう答えるのです。
アンナはゆっくりと微笑みます。
「では次にこうしてください」
「呼吸を観て、考えが出たら気がついて戻ります」
「もしそれを繰り返している途中で、先ほど言われたように何か光るものが見えましたら、それは気に止めずに無視して呼吸をずっと見続けてください」
「そうするとだんだんとその光るものが近寄ってくるはずです」
「あるところで、そのものはだんだんと大きくなり動かなくなります」
「そうなったら息の流れから切り替えてその光を観てください」
「すぐに消えるかもしれません。もしそうなったら、再度呼吸を観てください」
「それを繰り返します」
「もしそのひかりが留まるようでしたら、目をあけてください」
「ではまた始めましょう」アンナはまたベルを鳴らします。
1分くらいでベルが目をあけました。続いてサンディが、ノルが
3人が目を開けたところでアンナは再度ベルを鳴らしました。
アンナは微笑みながら、3人に問います。
「見えましたか?」
「なにか光るものが確かに見えます」
「すぐ消えてしまうものですが、ボーとしてとかですけど」
「動きますけど、無視してると寄ってきます」
異口同音に3聖女は話し始めます。
アンナは再度問います。
「目を閉じて、何がみえますか?」
「光るものが見えます。光っている様なものが、なにか雲のようなものが」
と3聖女は口々に答えるのです。
「トリーもそうですよね」とアンナは横のトリーに確認しました。
「はいおっしゃるとおりです」
それを確認して、よしという顔をして
「今日はもう遅くなりますのでこれで終わりますが、このことは忘れないでください」
「寝るときに座らなくもいいですので、今やったことを寝た状態で行ってください」
「光が見えても見えなくてもかまいません。寝てしまってください」
「また、朝起きる前にも目を開ける前に同じ事をしてみてください」
「もし光がみえる様でしたら、出来る範囲で追ってみてください」
「少し休むと良いですね。だいぶ力を使っているようなので、ではみなさんおやすみなさい」
そう言い終わると、アンナはテラスから出て行きました。
その後をトリーも付いて退出していきます。
残された3人は座ったまま、お互いに目を会わせます。
(なんなのかしら)
(どうみてもあれはいったいなんなの?アンナもよくわからないことするわ)
(あの光はいったい……)
朝が来ました。今日も清々しい朝が始まっています。まだ朝は早い時間ですが、3人は起きてテラスに集まりました。
アンナそれを待ちかねたように先に座って待っています。
3聖女はおのおのその横に座っていきます。
「おはようございます。今日も良い天気ですね」
「まだ競技会までには時間がありますね」
「その前に朝食ですがまだ用意までしばらくありますから」
そう言いながら3聖女を前にして、
アンナは微笑みながらお茶を入れて勧めます。トリーもそばに控えています。
「どうでしたかあの後」
開口一番 「なんなんですか、あれは???」
「出来ましたか?」
「何度か言われるようにやってみました。確かに見えます。その後すぐに眠ってしまいましたけど」
「わたしもベッドに行くとさすがにバタンキューで、すぐに寝てしましました。でも起きる前に言われたことをしてみましたら、たしかに見えます」
「わたしも何か見えます。でもこれって???」
3聖女は口々にそう話すのです。
「さすがですね、各地から選ばれた方々です」
「いままでに全く聞いたことがありません」「これも秘されていたものなのですか?」
その問いにアンナは、ゆっくりと無言でうなずきます。
三人を前にして
「目を閉じてください 何が見えますか」
「なにか光るようなものが見えます」
3人は異口同音にそう答えます。
「それはどこに?ありますか?」
3人は目の前の少し上の方を手で示し指さします。
「このあたりです。そうこんな感じで、間違いない」
それを聞いてアンナは微笑みながら話を続けました。
「この姿どこかで見たことがありませんか?よく見ているはずなんですけど」
「あー女神様の壁画、頭の部分から光を放っています。そう言う画があります」
「また、古い聖人様の画にも同様なものがあります」
「そういえば、古い神々の像や画にもそういえば、そればかりです」
聖女達は気がついたようです。
「でもこのことはなぜ秘されたのですか?」
アンナはしばらくその問いに対してしばらく無言でいましたが、意を決したように話し始めます。
「ここにいる方は、たぶん大丈夫だとは思いますが、実は危険なのです。相当に」
「聖女というものを考えてみてください」
「素晴らしい能力を持ち人々に崇め尊ばれる存在だと思います」
「しかし、その力は逆に見るとどうでしょうか、何か思いつきませんか?」
「光の女神」その反対なもの………「悪魔、魔物」
3人はその言葉に震い出します。
「悪魔魔物達はなぜ世にでたのか、です」
「光があれば、闇があらわれますから」
その言葉に3聖女は互いに見合わせます。
アンナは続けて話します。
「このものを良きものとするか、悪しきものにするかは、それを扱うあなたがたにかかっているからです」
「このようなことがありました。ずっと昔これに気がついた人がいました」
「これを使うことで、多くの信奉者を集め、引き連れ大きな力となったようです」
「しかし、その指導者は自分が認められないとわかると、それを怨み、この地において認めてくれない人々を皆殺しにする毒物をつくり、それを実行しようとしたとのことです」
「それで、何人かに被害がでましたが、未然に阻止されたと言うことです」
「そして、それに従った者たちには悲劇的な結末がありました」
「悪魔魔物は恐ろしいモノですが、それを使おうとする人間の欲望、富、地位、名誉などの私心が先鋭にあらわれてそして作り出すものです」
「魔物はその多くは封じられ今は無く、姿を見せなくなっています」
「でも悪魔達がが見えなくなったのは、実はもっと良い住処をみつけたからです。それは人間の心の中です」「たやすく手に入れたモノには、簡単に飽きてしまうのです」
「心に新しい欲望がうまれると、より強い力を求めて行きます」
「そしてそれを手にいれた人はその力を恐れず、むしろ更なる力を求めるようになっていくのです。それが次の魔物を生み出していきます」
「もうおわかりと思いますが、魔物を目覚めさせることが出来るのは人です。人の欲望です。それがみえるのはその方の心の鏡だからなのです」
アンナは、その話を静かに終えました。
「危険を伴うので秘されていた訳ですね?」
とノルは言います。
アンナは無言でうなずきました。
「でもそこまでそれがわかっていて、なぜ私たちにそれを伝えようとされるのですか?」
3聖女はそう問います。
アンナは話を続けます。
「女神様が去られたあと、封じられた以外の魔物達は身を隠すようになりました。それは潜む場所を見つけたからです」
「何度でも言います。魔物に打ち勝った勝利者である人の心の中にです」
「その後に起こったのは、今度は人間達によるこの大陸の戦争でした。殺し合いの恐怖です」
「おそらくこのあとの時代、人の力はもっと強大になり、人ももっと増えていくでしょう。この世界の勝利者になります」
「しかしその結果、今とは比べものにならない大きな争いと死者の山があらわれるでしょう」
「恐ろしいことです」
「だからこそ、その対極にある聖女の持つ根本を、今に残し伝えていく必要があるのではと思い、あなた方に伝えたいのです」
今回の競技会では参加だけすればということで、ついでに物見遊山や、いい嫁ぎ先を見つけたいという気持ちで参加したこの3人の聖女は、まだ気がついてはいませんが競技会とは比べものにならない、大きな使命を与えられる事になります。
この後、伝道の3聖女として長く記憶される聖女達の話が語られる事になります。
聖女達が行なった方法をなぞってみてください。
遠からずあなたにも、おなじ物が現れるはずですから
止観(śamatha-vipaśyanā)