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いつか見たあの日に  作者: 夜霧ランプ
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いつか見た笑顔を

 退社後、スマホ型の端末に、連絡が入る。リクからの通信だ。「今日はビーフシチューだよ」と書かれている。

 私は「パックご飯を買って帰ろうか?」と返信を返した。

「お願いするね」とのメッセージを受け、私はデパ地下でレンジで温めて食べるタイプのご飯を手に取った。

 リクはまだ長時間水に触れるのに慣れていない。防水機能は付いているので、ショートするわけではないが、生米を水で研ぐにはまだ不向きな作りだ。

 パックご飯と一緒に、次にリクが練習するための料理の食材を選ぶ。

 煮込み料理はほぼ作れるようになってきたから、次は揚げ物の練習が良いかな、と思いながら、天ぷら粉と野菜やエビをショッピングカートに放り込んだ。


 玄関のドアを開けると、廊下までビーフシチューの香りが漂って来ていた。

 LDKのドアを開け、キッチンの方で作業をしているリクの後姿を見つける。服を着た小柄な少年のような姿をしているが、背後から観ると、首の後ろの皮膚に配線や体を支えるスチールの輪郭が見えて、人間ではない事が分かる。

「おかえり。丁度、煮詰まってきたところだよ」と、リクは振り返って明るい表情を浮かべ、非常に人間に近い発音で話しかけてくる。

「ただいま。次の課題を買って来たよ」と、私は買い物袋を椅子に置き、歯を見せてニヤッと笑いながら言う。

「わーい」と、然程喜んでない声でリクは返事をする。「『先生』が、家事代行ロボットが作れそうだって言ってた」

「本当に?」と聞くと、「本当に。冗談のつもりかもしれないけどね」と言ってから、リクはコンロの火を止めて、買い物袋の中身を確認する。

「化粧落としたいから、先にお風呂入るね」と伝えて、私はキッチンから自分の部屋に移動した。

 そこには、人間だった時の陸の写真がある。陸のお母さんから譲り受けたものだ。私が、事故の後で入院していた病室で、陸のお母さんが見せてくれた写真。七五三のお祝いの時の写真なので、陸は子供用のスーツを着ている。


 夕食後、チューハイを飲みながら、リクを相手に仕事の話をする。別に世に不満があるわけじゃないけど、これもリクを育てるための過程だとして、必ず一時間以上は喋る。

 今の所、リクには私の記憶をインストールしてあるだけの状態で、より「『陸』らしく」なるためには、彼の両親の協力も必要かもしれないとされている。

 五歳以前の陸の事をよく知っていると言えば、両親からの記憶の提供も必要だろう。だけど、陸の両親は記憶の提供を拒んでいると言う。

 何せ、リクに搭載されているのは、主に「私が十年間の記憶の中で育てて来た陸」のデータだ。血縁者であるが故に、彼の両親にとって、リクは決して「村崎陸」ではないのだ。

 私は、自分の、鍛えた覚えも無いのに筋肉質に引き締まっている手腕を観て、いつも違和感を覚えていた。

 私の頭の中に居た「陸」が、私を守るために体を鍛えていたと言う経歴なんて、五歳までの陸しか知らない両親からしたら、寝耳に水って言うものだ。

 陸は、私が「リク」の保護者をするようになってから、私の意識の中には現れなくなった。

 私が、「意識の中の『陸』」を必要としなくなったと言う事だろうか。


 土曜日には、雨合羽を着せたリクを連れて電車に乗り、「先生」の所へ行く。一週間分の整備と、人工知能のデータの整頓を行ない、リクの内部で新しい発達があったら記録を取る。

 その日は、リクは「好き」と「嫌い」と「どちらでもない」を区別するテストを受けた。

 幾つかの写真を見せられて、それを「好き」なら赤いボタン、「嫌い」なら青いボタン、「どちらでもない」なら緑のボタンを押すように指示された。

 整備とテストの帰り道、電車の中でリクは言う。

「なんで楓の写真が無かったんだろう」と、照れる風もなく。「真っ先に赤いボタンが押せるのに」

「何? 紅葉が好きなの?」と言うと、「そう言う事にしておいても良いけど」と返ってくる。

 ナチュラルに告白をされたわけだが、リクの言う「好き」は、子供風の「楓ちゃんが好き」みたいな感じに思えてしまう。

 そんな疑問を分かってるかのように、「楓は、僕の作る料理、好き?」と聞いてくる。

「うん。いつも美味しいご飯をありがとう」と答えると、「美味しいかどうかじゃなくて、好きかどうかだよ」と、リクは素っ気ない風に言う。

 私はしばらく口を真一文字に結んでから、「嫌いじゃない」と答えた。

「ああ、そう言うのか」と、リクは一人で納得している。「ツンデレって言うの、そう言うのでしょ?」

「何処でそんな言葉覚えたの?」と聞くと、「楓の持ってるラノベって言うのに書いてあった」だそうだ。

 変な所だけ情緒が発達しましたねと思って、思わずため息が出た。

「楓は僕のこと…」と、まだ何か言おうとするので、「はいはい。好きですよ」と答えておいた。

 雑に答えたのに、リクは顔の皮膚の下にあるはずの表情パーツをいっぱいに使って、目を大きく開いてにっこり笑った。

 いつか見たあの日の、陸とそっくりの笑顔だった。

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