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いつか見たあの日に  作者: 夜霧ランプ
4/5

陸の居ない日々

 頭の中で、電子音がする。それはたぶん、頭蓋骨に反響している外部端子の音だ。

 私の頭の中には、今、電極が差し込まれている。脳に傷をつけない部分に、そっと。

 折角伸ばした髪を剃って、まつエクすらしてない尼さんみたいに成った自分を観た時は、思わず笑っちゃった。

 小さな頃から、私の壊れかけた脳を使って実験をしていた「先生」は、いよいよその大詰めに辿り着いた。

 私…三河楓の中に残っているはずの、村崎(むらさき)陸と言う人物をデータ化し、別の人物として「機器」の中に取り出すと言う大実験だ。

 この実験が上手く行けば、記憶の中に居るだけの故人を、「機器」を通して現世に蘇らせると言うことが出来るようになる。「先生」は、そう言っていた。

 幽霊と言う、人類がずっと抱えていた概念を、転覆させるための大きなプロジェクトだと聞かされている。

 本当に、私の意識の中に、陸は生きているんだろうか。


 私は、ずっと、「陸の幽霊が、私の周りに居るんだ」って思ってた。

 六歳の頃の事故で、私を助けて死んじゃった陸が、幽霊ではない状態で私の中に生きているって、「先生」に聞かされて、私は訳が分かんなくなった。

 陸と私の事はカウンセリングの間も秘密にしてたし、その秘密を守るために、催眠療法も受けてなかった。なのに、「先生」が陸の事を知ってた。

 十三の頃に「ストーカー紛いの手紙」を受け取ってから、私は「変な奴の思い通りになってたまるか」って思って、普通の高校生が通るべき道から、ちょっとそれていた時期がある。

 だけど、夜遊びを覚えても、人間としては間違えないように生きて来てたつもりだった。

「このまんま、つまんない大人になって行くのかな」なんて、煮え切らない物を抱えていた十八の頃、中学校の頃の手紙の主が、もしかしたら陸だったのかなって思って、最初はノートの端っこに、悪戯のつもりで陸への手紙を書いた。

 それから、毎日返事が返ってくるようになった。

 私は陸が幽霊として私を守ってるんだって思った。なんてしつこくて健気な奴なんだろって思って、捨てられた子犬に話しかけるみたいに、陸に短い手紙を書き続けた。

 陸と私は十年以上の長い「仲違い」を経て、親友に成った。

 でも、大学に通うようになったある日、陸は「遠くに行く」と言い出した。私がカウンセリングから帰って来て、少し昼寝をしていた間に、その手紙は残されていた。


 大学を卒業して、何処の企業が拾ってくれるだろうと、就職戦線に踏み出そうとしていた時、「先生」から待ったをかけられた。

 そして、「(きみ)の意識の中に、陸は生きている。彼を修復するデータをずっと組み立てていた。その最終段階の実験に参加してくれ」って言われた。

 私は、しばらく考える時間をもらった。

 家に帰ってから、今までの「幽霊のはずの陸とのやり取りの手紙」を読み返した。

 陸の細かい事はそんなに書かれていない。私の愚痴とか、私の持ってる危機感とか、十八歳女子の悩みとか、そんな事ばっかり話しかけていたようだ。

 私は、手紙を書くときの自分の右手を観て、いつも「変な感じ」って思ってた。


 二十歳になった時の危機を覚えている。成人式の帰りに、居酒屋で二次会を開こうってなった。酒を飲んで浮かれてた連中の中で、女子を「キャバ嬢」みたいに扱おうとする奴等が現れた。

 その時、危険を感じた私は、頭の中で陸に助けを求めた。そしたら、右手が勝手に動いて、私の胸に触ろうとしてきた奴の人中をぶっ飛ばした。

 そこから、体が勝手に動き出した。

 掃除するみたいに、不届き者達を「成敗」して行って、他の女子や、不届き者を止めようとしてた男子達から拍手をもらった。私は、陸が私に憑依して「守ってくれたんだ」と思った。

 私達は、伸びてる奴等を放って、居酒屋を後にした。


 本当に、速攻で助けに来てくれたのは嬉しかったけど、お礼の手紙を書いても、陸は返事をくれなかった。

 それから三年の間、私は陸の居ない人生を歩んだ。大学に通って、キャンパスライフを満喫して、十八だった頃の自分を思い出したりもした。あの頃は怖いもの知らずだったけど、それはいつも周りに陸が居たからだったのかなと思った。

 七日先輩との一方的な失恋を経験してから、私は「恋」って言うものに対して非常に過敏になって、自分が好きになる人には、必ず別の意中の人がいるような気がしてしまっていた。

 だから、告白って言うのをした事もないし、告白って言うのを受け入れた事も無い。なんとなく仲良くなった男子とも、手をつなぐ以上の関係になった事がない。

「そろそろ、準備は良いかい?」と、先生の声が聞こえた。

 脳波を見てるから、私が何か考え事をしているって言うのが分かったんだろう。

「これから、君は眠くなるよ。瞼が重くなって、水に体が浮かんでるみたいだ」

 ああ、これが催眠ってやつか…と思いながら、私は眠りに就いた。

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