表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

社会人二人の百合生活

お姫様にたくさんの目覚めのキスを

作者: ピッチョン

【登場人物】

永瀬(ながせ)香緒里(かおり):28歳社会人。大学卒業後、同期の結美とずっとルームシェアをしていたが結美から告白され交際を始めた。以降ずっとラブラブ。

御園(みその)結美(ゆみ):香緒里とは大学時代からの同期。クールに見られがちだが、甘えたがりの尽くしたがり。料理担当。

「なんでお姫様が出てくるような童話ってキスをきっかけに色々起こったりするんだろうね。眠りから目を覚ましたり、変身が解けたり」

 テレビを眺めていた永瀬ながせ香緒里かおりはお箸を握ったままふとそんなことを呟いた。

 リビングでのいつもの晩ごはんの光景。テーブルの向かいに座って箸を進めていた御園みその結美ゆみが「んー」と唸って言葉を続ける。

「遺伝子情報を口から摂取することで脳になんらかの信号が送られて、結果覚醒したり体組織が変化したりする、とか?」

「そう聞くとSFっぽいね」

「知ってる? SFって『すごいファンタジー』の略なのよ」

「……いや絶対嘘でしょ」

「さすがに騙されなかったか」

 結美がいたずらっぽく笑う。

「本当はサイエンス・フィクションの略。でもファンタジーも結局フィクションではあるし、キスっていう特別な行為が奇跡を起こすのはむしろ自然なんじゃない? 実は白雪姫は棺が揺れた拍子に毒リンゴを吐き出して助かりました、とか夢がなさすぎるし」

「確かに。ていうかそうなの?」

「一番最初の白雪姫がそんな話だったはず。あとは死体性愛ネクロフィリアの王子様が楽しんでるときに生き返って、みたいなバージョンも」

「それはヤダなぁ……」

「でしょ? そういう大衆ウケのしない諸々のあれやこれやがキスひとつで解決! っていうのは歓迎されるべきだと思うの。子供は観て楽しい、大人は『本当は怖い童話』系の本を読んで楽しい、制作会社や出版社は儲けられる――ほら、全員ハッピー」

「急にビジネスなお話になったんだけど……でもまぁ」

 香緒里がコップに手を掛けて結美に視線を投げる。

「ファンタジーとかは置いといて、運命の相手とのキスで人生が変わるっていうのはあるよね」

 結美が小さく笑ってその言葉を受けた。

「ちょっと夢見がちな気もするけど。最近の子だったらキスくらいさっさと済ませてそうじゃない?」

「違う違う。そうじゃなくて」

「?」

 香緒里が右手の人差し指で自分の胸元をトントンと叩いて見せた。

「ここにいるから。運命の相手とのキスで人生が変わった人」

「あ……」

 結美は香緒里が何を言いたいのかをようやく理解した。二人が付き合うきっかけ――キスと告白をしたのは他ならぬ結美だったことを。

 かすかに頬を染める結美の表情は恥ずかしい、というよりは幸せそうなものだった。

 香緒里は目を細めて最愛の恋人に微笑みを送る。

「そういう意味では童話のお姫様の気持ちは結構分かるんだよね、私」

「……言い方がかっこよくて王子様っぽい」

「あはは、まぁどっちの気分も味わえてお得ってことで」


 などという会話があった翌日。

「ただいまー……ん?」

 仕事から帰ってきた香緒里はリビングに入るやいなや違和感を覚えた。

 結美の姿がない。いつもなら晩ごはんを作っているか、準備を終えてテレビを観ているかなのに、パッと見た限りどこにもいない。手洗いついでにお風呂とトイレも確認したがおらず、寝室で寝ているわけでもない。

(晩ごはんは出来てるっぽいし、コンビニにでも行ってる? でも靴はあるしなぁ)

 連絡した方がいいだろうか、と香緒里が家の中を歩きながら考えていたとき、ソファで仰向けになって眠っている結美を発見した。胸の上で手を組んでいて妙に寝相がいい。

(なんだ、こんなとこで寝てたのか)

 安堵の息を吐き、もう少し寝かせておいてあげようかなと頭を上げると視界に妙なものが映った。

「リンゴ……?」

 こたつ机にぽつんと鎮座したリンゴ。しかも何故か一口かじった跡がある。

「なんでこんなとこに」

 近づいてみるとリンゴの横に一枚の紙が置かれてあった。香緒里はその紙に目を通して最初の見出しを読み上げる。

「カップルの為のキスの種類とやり方……」

 眠った結美。食べかけのリンゴ。キスの種類が書かれた紙。ここまでのヒントがあったら誰だって名探偵になれる。

(あぁ、白雪姫ね)

 ふっと笑って香緒里は結美の顔の側に腰を降ろす。

(どうせ『私もお姫様みたいにキスされたい』って思ったんだろうけどさ、こっちは毎日お姫様とキスしてるつもりだっての。まったく)

 香緒里が結美のほっぺを指でなぞった。一瞬だけ結美の眉あたりが動いたのに声ひとつ出さないし、やっぱり寝たフリをしているようだ。

(家に帰ったら妻が死んだフリをしています、ならぬ、家に帰ったら彼女が白雪姫ごっこをしています、か。このためにわざわざリンゴ用意して、キスの種類を調べて印刷して、私が帰るタイミング見計らってソファに横になって……ぷっ、その様子を想像したらにやけてきた。じゃあ一刻も早くお姫様を起こしてさしあげますかね)

 先ほどのキス一覧の紙を見ながら、さっそく上から順番に試していくことにした。

「えっと、最初はライトキスか……」

 唇を軽く触れさせるだけのキス。場所は相手の唇でもそれ以外でも構わない。外国でする挨拶のキスはこれに該当する。

(キスなんていつもしてるけど、いざこうやって身構えるとなんか変な感じ)

 すぅ、と呼吸を整えてから香緒里は結美に顔を近づけ、そのほっぺたに唇を軽く当ててすぐに離した。

(……うん、なんか海外ドラマでよく見る感じのやつだ。ていうかお姫様へのキスなら唇にした方がよかったかな)

 などと考えながら次のキスを読み上げる。

「プレッシャーキス……?」

 聞き馴れない言葉だがこれは、お互いの唇と唇を押し付けてキスをし合う、言い換えれば普通にするキスのこと。ただし力加減には気を付けて。

(お、これ王子様がするキスっぽいんじゃない?)

 待ってましたとばかりに香緒里は結美の唇に自らの唇を重ねた。

 リップクリームを塗っていたのだろう。唇の表面はしっとりとしていてぴたりと香緒里の唇にくっついた。慣れ親しんだ弾力とぬくもりに香緒里の胸の奥がくすぐられる。

(あぁもうこのまま抱き締めてめっちゃキスしたい。でも我慢我慢。まだ他のキスもしてあげないと)

 物足りなさに後ろ髪を引かれつつ香緒里は唇を離した。結美が目を覚ます気配は当然ないので、次のキスの項目に目を通す。

「バードキス、か」

 鳥がついばむように何度も連続でするキス。ただし、クチバシのように唇を突き出すのは見た目が悪いので注意。

(まぁこれもいつものやつだね)

 香緒里は唇を結美の頬に寄せると、そのまま顎のラインに沿って唇を細かく押し当てていく。小さく吸ってチュパ、と音を出すのも忘れない。

 二人にとってこのキスは唇にではなくそれ以外の場所にすることの方が多い。ベッドに入って気分を高めるときや、普通のキスをしてから唇を移動させるときによくしている。

(私よりも結美の方がよくやってるんだけど)

 とはいえお互いにどこをどうキスすれば悦ぶのか分かりきっている。香緒里の唇は首筋から喉の付近を通り、鎖骨へと到達する。

 その頃には上半身を乗り上げるような体勢で結美にバードキスを繰り返していた。

(……やば、結構ノってきちゃったかも)

 キスだけじゃもったいない。所在無げにしていた香緒里の手が自然と結美の頭を撫で下ろし、その指先が耳たぶを摘まみ優しくさする。

「……っ……」

 結美の吐息が聞こえ、香緒里のキスに一層と熱がこもった。先程より激しく唇を動かし、けれどキスマークがつかないように力加減をしながら、頬を結美に擦り寄せる。

(このまましたらダメかな)

 湿った熱い息を吐き、結美のシャツの裾に指を掛け、めくり上げようとしたところで。

 ぺちん、と胸のあたりをデコピンされた。香緒里の体の下に敷いていた結美の手が放ったものらしい。

 目を閉じたままの結美の表情は何も変わっていない。しかし香緒里には恋人の言葉が聞こえてきた。

『書いてあるキスを全部するのが優先!』

(はいはい、分かってますよ。お姫様をキスで目覚めさせるのが目的だからね。寝込みを襲うなんてもってのほかですよ、と)

 香緒里はいそいそと結美の上からどいて、キスの続きに取り掛かった。

「スパイダーマンキス。これは知ってる、映画であったやつだよね」

 片方が顔の上下を逆さまにした状態で行うキス。スパイダーマンの映画で同様のシーンがあり話題になった。

 香緒里は結美の頭側に場所を移し、両手で結美の頬を挟んでキスをした。

(うわ、鼻とか顎の当たる感じがいつもと違う! んー、新鮮なんだけど、個人的には体がくっついたままでしたいなぁとか思ったり)

 不意打ちでする分には面白そう、と感想を抱きつつ香緒里は唇を離し元の場所へ戻った。

「お次は……スライドキス」

 互いに口を少し開いて、唇を触れさせたままゆっくりと上下させるキス。キスをする前のスキンシップとしても行われる。

(んー、これどうやればいいんだろ)

 馴染みが無いキスなのもありいまいちどうするのが正しいのか分からない。

(でもまぁ、とりあえずやってみよっか。もうお姫様がやりやすいように口をちょっと開けてくれてるし)

 くす、と笑ってから香緒里はいつの間にか少し開いていた結美の唇に自分の唇を触れさせた。感触を唇で確かめつつ探るようにキスをしていく。

(ふんふん、唇を動かすっていうより顔の向きを変えて相手の唇の上をなぞるって感じかな。唇で唇を甘噛みするのはちょっと楽しい)

 そしてその甘噛みをしたまま左右に振ると『スウィングキス』となる。

(時々吸いながら、たまに結美の唇の裏側をめくるように、はむはむはむ……)

 香緒里が結美の唇を唇で挟めるなら逆も同じ。結美もされるばままではなく香緒里の唇を挟み、その感触を存分に堪能していた。互いにし合うことで伝わる官能も二倍になる。

 唇で戯れる遊びのようなキスではあるけど、キスの仕方なんて関係ない。相手が大好きな人だから唇も体温も鼓動さえも愛おしい。

(でもいい加減こればっかりだと生殺しだよね)

 顔を離して一息ついた香緒里は、薄目が開いた結美と目が合い微笑みを返した。

(分かってるって。私もそろそろ我慢出来なくなってたところだから)

 ディープキス。主に舌を使ってするキスのこと全般を指す。深いキス、と言われているのも当然で、よほど仲がいいか相手を受け入れてないとディープキスはしないだろう。

 もちろん香緒里たちが普段するキスは挨拶でするものを除くとほとんどがディープキスだ。

 香緒里は残りのキスの項目にざっと目を通すと、結美の手を握って体を密着させるようにして唇を重ねた。

 まずは相手の唇を舌でなぞったり舐めたりする、ニプルキス。

 舌先で結美の唇をぐるりと一周したあとは。

「……結美、舌伸ばして」

「ん……」

 舌先同士をくっつけて舐めたり絡ませたりする、ピクニックキス。

「ん、む――」

 相手の舌を自分の口に入れて吸うように刺激を与える、スロートキス。

 聞こえてくる粘ついた水音は二人の気持ちをますます高ぶらせていく。

「はぁ……」

 香緒里は鼻先が触れる距離で一度呼吸を整えてから、再び結美に強く唇を押し付けた。

 離すまいと深く結び付いた二人の唇の中で舌が生き生きと動き始める。

 互いの舌を入れたり引っ込めたりする、インサートキス。

 口に入ってきた舌を口蓋や舌で優しく包み吸い付く、オブラートキス。

 伸ばした舌で相手の口内――歯茎や舌の裏などを舐める、サーチングキス。

「ふっ、ぁ、んむ、ん……」

「は、っ、ぁ……」

 もう二人の頭からは○○キスなんていう言葉は消えていた。

 唇を押し付け、吸い付き、離して、また押し付け、最愛の人を最大限に味わおうと舌をひたすらに動かす。味覚を感じる鋭敏な器官で触れ合うからこそ、キスというのは特別視され、また人を夢中にさせるのだろう。

 香緒里たちが交際を始めてから今まで数え切れないくらいキスをしてきた。一分間に一回キスをする、なんていう遊びもしたことがある。それでも二人はキスに飽きたことは一度もない。

 だって好きな人とキスをしたくなるのはごく普通のことだから。

 色んな愛の形はあるし恋人としての付き合い方もたくさんあるけど、これから何年、何十年経ったとしても自分たちはこういう関係でいたい、香緒里はキスをしながらそんなことを思っていた。

「……お目覚めになられましたか、お姫様?」

 キスの余韻を噛み締めつつ香緒里は結美の体に持たれたまま尋ねた。もう結美も寝たフリはしていない。ゆっくりと胸を上下させて息を整えている。

「えぇ、もうばっちり」

「それは何より。まぁ最後はもう好き勝手にキスしてただけだけど」

「いいんじゃない? 一応カクテルキスに該当するだろうし」

 言われて香緒里はキスの種類の書かれた紙に手を伸ばし、一番下のキスを読み上げる。

「カクテルキス……唇を吸ったり舌を絡ませたりして、さながら二人の唾液でカクテルを作るように行うキス……なるほど」

「唾液でカクテルっていうのは今のご時勢的にちょっとアレだけどね」

「まぁそこはほら、私は結美としかキスしないし。結美も……私だけだよね?」

「当たり前でしょ!」

 もっと自信満々に言えとばかりに、結美が香緒里のほっぺたを指でぐりぐりした。

「疑ってるわけじゃなくてぇ、ただ確認しただけじゃぁん」

「分かってるけど言い方が引っ掛かったの!」

「ごめんってぇ~」

 ひとしきりじゃれ合ってから結美が体を起こした。

「それじゃ晩ごはんにしよっか」

「え?」

「どうかした?」

「いや、その……」

 さっきまであんなに激しくキスをしてたのにこのまま終わりというのは高ぶった気持ち的にちょっと、と目線だけで香緒里が訴えかける。

 しかし結美は動じずに言い放った。

「香緒里、晩ごはんが遅くなればなるほどお腹にお肉が付くよ」

「う゛……」

 香緒里の肩をぽんと叩いてから結美がソファから降りた。立ち上がり際に項垂うなだれる香緒里の耳元で囁く。

「晩ごはん食べてお風呂入ったら早めに寝室行こ? 私まだまだキスし足りないから」

「――――」

 香緒里が嬉しかったのは、結美がそう言ってくれたことだけじゃなく、自分と同じ気持ちを相手も抱いていたことが分かったから。

「じゃあおかず軽くあっためるから香緒里はお皿の準備してて」

「了解」

「あ、あとごめん、そこのリンゴラップして冷蔵庫入れといてもらえる?」

「おっけー。今日のデザートはこのリンゴかな?」

「そうそう」

「これかじったら私も眠っちゃったりして」

「もしそうなってもキスで起こしてあげる」

「頼もしいねぇ」

「そしたらまた私がリンゴかじる番ね」

「なにその無限ループ」

 二人で談笑しながら食事の準備を進めていく。

 これが日常の光景なら、キスをするのもまた日常の光景だ。

 毎日運命の人とキスをしていると考えたら、なんて幸せな日常なんだろうか。

 童話のお姫様たちも、お話が終わった後の語られていない未来で、最愛の人といっぱいキスをしていて欲しい。

 そうじゃないと貴女たちをダシにキスがしづらいじゃないか。

 香緒里はひとりで小さく笑ってから、さて今夜はどんなキスをしようかなと考え始めた。



  終


普通の投稿がかなり久しぶりになってすみません。

キスをいっぱいするお話が読みたいというお声をいただいていたので色々考えたんですが、気楽に書けるこの二人に任せることにしました。

キスの種類や内容についてはネットで調べたものを色々参考にして書いていますので間違い等があったらすみません。

静電気を使ったキスは難易度高いなぁと思いました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ