【2:清楚系ビッチの女子大生】
【2:清楚系ビッチの女子大生】
4人の男達は、目をランランと輝かせながら監督の話を聞いていた。
彼女はずっと、恥ずかしそうに下を向いていた。
男達が母娘に「よろしくお願いします!」と、就活生のような挨拶をする頃、監督が僕たちの方へ歩いてきた。
「君たちは帰りなさい。」
僕たちは静かに頷いた。
「夢を壊して申し訳ないね…」
去り際にポツリと、全く申し訳ないと思っていない、乾いた口調で監督はそう呟いた。
薄暗い廊下に出ると、今までのことが夢のように感じた。
入学式でとなりにいた清楚な女の子は煙のように消え、最初から存在していない気さえした。
僕たちは無言で、エレベーターの駆動音が聞こえるほど静かだった。
来たときより明らかに広くなったエレベーターで、ホコリっぽいとか、なんだか寒いとか、どうでもいいことが気になった。
僕はふと、渡された封筒を開けた。
金額が気になったし、ここの照明は明るかった。
中から5000円と、一筆箋が出てきた。
桔梗が描かれた小さな便箋には「ジュリとお友達になってくれてありがとう ヒメ」と、綴られていた。
僕がこの時どんな顔をして、どんな気持ちだったのか、僕にも分からない。
ただ、エレベーターの扉が開いても、僕は立ち尽くしたままだった。
我に返った僕は、エレベーターの開くボタンを押し続けてくれた前畑と、ラーメン屋に行った。
合コンに繰り出す前、歯みがきとマウスウォッシュをした口に、にんにくマシマシラーメンを突っ込む。
新品のジャケットにスープが飛ぶのも気にせず、分厚いチャーシューに噛みついた。
途中で腹が一杯になり、前畑に助けを求めた。
「任せてよ!」と、頼もしい返事が聞こえ、麺が吸い込まれていった。
噛まずに飲み込んでいるように見えるのだが、どうなっているのかは分からない。
思わず前畑の腹に目をやった。
いつも通り出っ張っていたが、今日はVネックのシャツにジャケットで、ホスト…には見えないがホスト風だった。
今日のために、ジャケットが必要かとか、スニーカーじゃダメかとか話すの、楽しかったな…。
その後カラオケに行って、子供みたいにドリンクバーを全種類とってきた。
馬鹿野郎ーー!と叫びまくって、声が枯れた。
家に帰るのは寂しかったが、ひとりになりたい気持ちもあった。
滝修行のようにシャワーを浴び、やたら長時間歯を磨いた。
心を整理するためにも、ゴールデンウィークは誰にも会わず、静かに過ごそう。
そんなことを考えながら眠りについた。
僕の考えは甘かった。
朝から三島のライム「昨日、ヤバかった!」が届いた。
聞きたくない!
「あーー、もーー!」
何も言うなと打ち込む途中で「親子丼!」と送られてきた。
「何も言うな」と送った後、「新歓コンパで狙われた娘を、母親が庇って…」と、聞きたくもない内容が送られてきた。
「やめろ」
「スゲー良かった」
「やめろって」
「お前いなかったから知りたいと思って。」
本当に聞きたくないんだ!
僕はスマホをベッドへ投げたが、通知音は止まなかった。
机に向かい、考えを振り払うように、読もうと思っていた本をがむしゃらに読み、資格試験の勉強もたくさんした。
ゴールデンウィークが終わって大学へ行くと、佐藤ジュリがセクシー女優だという噂が、すっかり広まっていた。
「一緒にいるとセクシー女優だと思われる」と、女子達は遠ざかり、「頼めばヤらせてもらえる」と、男子達は近づいた。
その度、入江がニヤニヤしながら適当に追い払っていた。
彼女の背中を触りながら、「俺は君のこと、理解してるからね!」と言っていた。
彼女は、迷惑そうに「大丈夫」と言った。
入江と違って、悲しそうな顔だった。
僕は、ジュリと入江をぼんやりと見つめた。
できることはあったはずなのに、何もしなかった。
おかしなやつが多すぎて、誰に何を話しても無駄な気がした。
僕の背後から前畑が現れ、こう言った。
「いや~惜しかったな~。」
「えっ、何が?」
「ジュリちゃんと、やることやっとけば良かった!」
前畑はジュリを見ていた。
「いや……」
はっきりと、否定できなかった。
前畑とは、普通の話ができると思ったのに…。
「失格とか言われたけどさ、カメラが回っていないところでちょっとヤらせてくれても良かったよね。」
「いや、駄目だろう。」
僕は、はっきりと答えた。
佐藤ジュリがセクシー女優だとみんなに知られたからって、前畑までヤらせろとか言い始めたのか?
「でも僕はヤるよ、ジュリちゃんと。」
「何で…」
前畑が、僕の目を見て言った。
「だってセクシー女優なんて、好きでもなければやらない仕事でしょ?」
「……。」
僕は沈黙した。
彼女なら、他の方法でも金を稼ぐことができると思ったからだ。
「監督に話してみようっと!」
そう言うと前畑は、足取りも軽くその場をあとにした。