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紙の竜

作者: 蒼真まこ

2000字程度の短編です。

 澄んだ青空に舞い踊るは、竜の群れ。

 それは竜を長年研究してきたラルフにとって、夢の光景だった。


「夢ならどうか、醒めないでおくれ」


 ラルフは夢中で走り、空の竜のたちを追った。竜たちはラルフの存在を知っているかのように、天空で止まり、堂々たる姿を見せつける。


「ああ、なんと美しい。これが竜か」


 ラルフは必死に手を伸ばした。届くはずもない空に、懸命に。


 夢はそこまでだった。ラルフがまどろみから目覚めたのだ。


「やはり、夢か」


 夢とわかっていた。それでも夢の中にいたかった。竜たちと共にいられるのなら、たとえ喰われても本望だ。ラルフはそれほどに、竜に恋い焦がれていた。


「うう、体が痛い。歳をとると、こうも体の節々が痛くなるものなのか」



 ラルフは世に名高い魔法士であり、高名な学者だった。専門は竜学。

 かつて存在していたといわれる竜を研究する学問である。しかし、名を馳せたのは昔のこと。老いた今となっては遠い世界の話に思える。


「結局、竜の姿を見ることは叶わなかったな」


 竜は遥か昔に滅亡したといわれている。化石となった骨は見つかるので、存在していたのは間違いと思われるが、生きた姿を見たものは誰もいない。


 ラルフは竜を復活させようと努力してきた。どれだけ研究を重ねても、魔法で作り出そうとしても、無理だった。竜の姿を保つことができないのである。


「夢に出てきた竜たちを、表現することができたら」


 机の上に無造作に置かれた紙を掴むと、ゆっくりと折り始めた。それはリハビリに良いといわれた紙人形作りである。ラルフは人形でなく、竜を折ろうとしていた。それもまた簡単なことではなかった。まして老いたラルフには、指の動きもままならず、一向に形にならない。


「はぁ、はぁ、ふぅ、ふぅ」


 息を乱しながら、必死に折っていく。


「で、できた」


 よれよれではあったが、なんとか竜の形になった。


「一匹ではかわいそうだな。仲間を作ってやらねば」


 ラルフは疲れをふり切るように、また折り始めた。体はとうに悲鳴をあげていたが、竜を折ることを止められない。


「さぁ、できたぞ」


 それは紙の竜の群れであった。


「夢の竜の美しさには遠く及ばないな。だが数だけは同じぐらいできた。さて」


 ラルフはゆっくりと立ち上がった。


「おおっと」


 体がふらつく。このところ食事をまともに食べていない。何を食べても美味くないのだ。


「まさに紙を食べているかのようだな」


 誰に問われたわけでもないのに、ひとり呟いた。机の引き出しを開けると、愛用のペンケースを取り出した。


「さぁ、紙の竜たちに目を入れてやらねば」


 それはラルフが若い頃に愛用していた魔法のペンである。そのペンで、いくつもの呪文を創り出したり、紙製の従者を作って従わせてきた。


「目を入れてやれば、おまえたちは生きることができるのだそ」


 それは魔法によって作り出される、かりそめの命。よくわかっていた。老いたラルフにとっては、自らの命を注ぎ込む行為であることも。


「ふぅ、はぁ、うぅ、うぅ」


 もはや動物のような声をあげながら、ラルフは紙の竜たちに、ペンで目を入れていく。


「さぁ、完成だ」


 目を入れられた竜たちは、その時を待っていたかのように、部屋の中で飛び始めた。

 舞い踊るは、紙の竜の群れ。小さいものの、ラルフが夢で見た光景だった。


「ああ、なんと美しい」


 紙の竜たちは、ラルフに感謝するかのように、彼を中心に踊り始める。


「そうか、そうか。嬉しいか。わしも嬉しいぞ」


 静かに微笑んだ瞬間、ラルフの胸に矢が刺さったようた痛みが走った。終わりの時が近づいている。胸の痛みに耐えながら、ラルフは紙の竜たちに、最初で最後の命令を告げた。


「竜たちよ、わしを天空に連れていってくれ」


 命令を受け入れた紙の竜たちは、一斉にラルフの体を持ち上げ、窓から天空へと躍り出た。空の風が優しい。ラルフを歓迎してくれているようだった。住み慣れた町が小さくなり、遠く思えていた山々が見える。 紙の竜たちはラルフを支えながら、空を舞う。一時の命を喜んでいるようだった。


「ああ、わしは竜と共に踊っている」


 ラルフは満足だった。もう何も思い残すことはない──。

 空に溶け込むように、ゆっくりと眠りについた。もう2度と目覚めることのない、永遠の眠りに。

 ラルフの生涯は竜と共にあり、竜と共に終えた。彼らしい最後であった。


 紙の竜たちはラルフの命が尽えたことを悟ると、守るように寄り添った。そして、太陽に向かって進んでいく。紙の竜たちの体が、陽の光りで少しずつ燃えていく。自らの体が燃え始めても、紙の竜たちは主の亡骸の側を離れなかった。

 ラルフの体も火で包まれていく。紅く燃える太陽のように光り輝くと、陽の光りの中に消えていった。


 ラルフと紙の竜たちは、何処にいってしまったのか。それは天の竜だけが知っている──。




            了

読んでいただき、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんという静かなお話でしょうか。 ラルフの息遣い、紙を折ったりペンを走らせたりする音、竜の羽ばたく音が聞こえてくるようで、息を詰めて見守ってしまいました。 [一言] 『花ひらく妃たち』…
[良い点] こういう風に生きたいって指標になる優しく愛おしいストーリーでした♡ [気になる点] こういうお話も読まなきゃ!! [一言] 先立ってレビュー書かせてもらいました! その返信メッセージありが…
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