第三話 「中野緑は心配する」
月曜日が訪れた。
来週の土日に文化祭があるせいなのか、HR前の朝の教室はいつもに増して騒がしい。
クラスで何をやるかはもう既に決まったらしく、そのための役割分担やら何やらで盛り上がっているようだ。
一方、俺はというと昨日と一昨日で力を使い果たし、机に突っ伏している。
トップリア充の弟だという黒木という名の後輩に変な話を聞かされてから、既に三日が経つがその間に何か特別なことがあったりはしなかった。
陰山さんはやはりいつも通り土日に遊びに行っていたし、リビングからは電話の声がいつも通り聞こえてきた。
要するに、あの話は全てただの勘違いだったのだ。まあ別にその勘違いのせいで俺になにか影響があったのかと聞かれれば何もない。
「あの、黒人君……」
声をかけられたことに気づき、ビクッと肩が跳ねる。振り向くと、そこには中野が立っていた。周りがうるさかったせいで、全く近づいてきたことに気付けなかったのだ。
「中野か……。何か用か?」
そう問いかけても、中野はすぐには答えを返さなかった。口を開いて閉じてを何度か繰り返す。たっぷり三十秒ほど過ぎてから、彼女はようやく声を発した。
「あのさ……、赤音ちゃんに何かあったの……?」
中野がこれまでに何かそれ関係の話をしていたのを聞いたこともないし、陽川と黒木とその話をしていた時にも中野はいなかった。
だから、彼女がそんな話を振ってくるのは完全に予想外のはずなのに、俺は逆にこれっぽっちも驚いていなかった。
「陽川から、聞いたのか?」
中野が突然陰山さんの話題を振ってきたことに驚かなかったとはいえ、なぜその話を知っているのかは少し気になった。
俺は話してないし、陰山さんが直接そんな話をするわけがない。第一、それなら俺に質問する必要すらないはずなのだ。
だから、順当に考えて陽川から聞いたものだと考えたのだが、予想に反して中野は首を横に振った。
「誰かから聞いたわけじゃないのよ。ただ、赤音ちゃんと電話してる時に何か変だなって感じたの」
言っていることは黒木弟とほぼ同じ。だから、三日前のように『そんなわけない』と答えるのが普通なのかもしれない。
でも、中野の思い詰めたような表情を見ると、そんな風に何も考えずに答えていい話じゃないような気もしたのだ。
「それにしても、そう言うってことは、陽川さんはその話を知っているのね?」
「ああ、まあ。この前、少しそういう話になって」
「どういう話?」
「いや、だから……陰山さんの話」
「だから、赤音ちゃんのどんな話なのよ?」
「陰山さんがいじめられてるんじゃ……」
そこまで言ったところで、中野がダン!と俺の机を叩いた。
「それ、本当なの?」
「いやいや、違うと思う。土日遊びに行ってたし。遊びに行っているのに、いじめられてるなんてことはないだろ」
「分からないわよ、女子って怖いから」
お前も女子だろ、と思いつつも、中上がどんな奴だったのかを思い出し、少し納得してしまう。
「てか、お前は何かあったのか聞かなかったのか?電話中に、様子が変だと思ったんだろ?」
「そりゃ、聞いたわよ。でも、『なんでもない』って言われちゃったわ。そう言われたら何も言えなくなったのよ」
「コミュ力のせいだな」
「それは認めるけど、あなたには言われたくないわ。それより、黒人君、ちょっと赤音ちゃんに聞いてみてくれる?何かあったのかどうか。いじめかどうかは分からないけど、何かしらあったと思うの」
「いや、でも……お前に言わないことを陰山さんが俺に言うとは思えないけどな……」
「ほら、あまり関係のない人なら何も気にせずに話すことができる可能性もあるじゃない?」
いや、関係ばりばりあるんだけど。同じ家に暮らしててなおかつ血まで繋がってるけど。
「ま、それは冗談だけど、頼まれてくれる?」
「……」
さすがの陰山さんでも、俺が質問をしただけでキレることはないだろう……いや、キレるな。陰山さんはそういう人間だ。
やるのは嫌なので、無言のままでいると、中野は頷いた。
「やるってことよね。じゃあ、お願いね」
そう言いながら、俺の席を離れようとする。
「いやいや、やるなんて一言も……」
「でも、黒人君だって気にしてるんでしょ?」
「いや、そんなことは……」
「あるわよ。黒人君だって気にしてる。じゃなきゃ、赤音ちゃんが出かけたことなんかに気づくはずがないわよ」
何も言い返せない。
普段の俺なら、陰山さんが出かけたかどうかなんて確かに気づかない。玄関の扉が開いたのに気づいても、わざわざ確認しなければ誰が出入りしたのか分からないのだから。
「確かに、気にしてなくもないかもしれない。でもなぁ、どうせ俺が聞いたところで陰山さんが話すわけがないんだよ」
「なら、様子を確認したり、電話の声を少し聞いてみるとかでもいいわ。それくらいなら、いいでしょ?」
「分かったよ。やってみる」
「お願いね」
「何をお願いしたの?」
俺と中野の会話に割り込んできたのは、案の定陽川だった。
HR前ぎりぎりで到着した陽川は、少し息を切らしている。学校に来て机に荷物を置いてから、この席に直行したらしい。
「そこまで急いで来るのは珍しいわね。朝何かあったの?」
陽川が息切れしているのに気づき、怪訝な顔をした中野はそう尋ねた。
「いや、ちょっと面倒なことがあって……」
「面倒なことって?」
陽川はぶんぶんと首を横に振った。
「その話はいいの。それより、二人とも何の話をしてたの?」
「陽川さん、あなたも聞いたのよね?赤音ちゃんの話」
「あー、その話ね……。私も気になって日曜日に聞いてみたんだけど」
そこまで言ったところで、ポケットの中の陽川のスマホが鳴った。
「あー、ちょっとごめん」
と言ってから陽川はスマホを取り出す。
「ど、どうしたんだ?」
スマホの画面を見てから、あまりにも陽川の顔が曇ったものだから、思わずそう聞いてしまった。
「はあー」
一度そうため息をついてから、陽川は口を開いた。
「最近、色んなところから勧誘が来るの」
「勧誘?」
「そう。文化祭で劇やるから出てくれ、とか踊るから出てくれ、とか色々と。朝もそれのせいで家出るのが遅れちゃって……」
「へー、大変だな、リア充も」
そう言うと、陽川は俺のことを睨んできた。
一学期のごたごたでカーストは下がったらしいが、それでも人気はそこそこあるらしい。なので、陽川はまだ十分リア充のはずだ。
「あ、それで赤音ちゃんは……」
と、陽川が言いかけたところで、ガラガラーと扉が開けられ、先生が入ってくる。
そうなるとさすがに騒ぎまくっていた生徒たちも黙り、各々席についた。陽川も自分の席に向かっていく。
「さっき頼んだこと、お願いね」
「お、おう」
そうして中野も自分の席へと戻っていく。
◇◇◇
「あ、陰山さん……」
HRが終わってからは、何も特別なことは起こらず、普通に学校は終わり、俺は帰宅した。
本当に何も起こらず平和だった……だというのに、帰った途端、緊急事態発生だ。
開けたドアの先に陰山さんがいたのだ。
選択肢は二つ。
陰山さんに捕まるか、それとも見逃してもらえて、逃げることに成功するか。
どっちも結局陰山さん次第だが、捕まると色々と面倒なことになるので、俺としては後者であって欲しい。
そんなことを思いながら、俺は、陰山さんは見ていた。すると、少しして、ため息と共に陰山さんが目を逸らし、リビングに入っていく。
要するに、見逃されたわけだ。
ならば気が変わらないうちに、とそそくさと廊下を歩いていく。いや、歩いていこうとした。
途中で、俺の足が止まったのだ。
別に、陰山さんに何かされたわけではない。ただ、俺の足が止まり、口が開いたのだ。
せっかく見過ごしてもらえたんだからやめておこう、という俺の叫びも無視し、口は勝手に言葉を紡ぎ出す。
「なあ陰山さん、今いじめられてるのか?」
二日も投稿できず、すみません。
ブクマと評価をありがとうございます。




