第二話 「現カーストトップ」
「陰山さんが……いじめられてる?」
俺は、黒木の言った言葉をそのままに返した。
それを聞き、黒木は首を縦に振る。
「多分、そうです」
と言われた所で、俄かには信じ難い話だ。
俺から見た陰山さんは、女王様のようで、いじめることはあっても、いじめられるようなことはない気がする。
仮にもしいじめられても、いじめ返す位のことをするのが陰山さんだ。
だから、いじめられていると聞かされても、有り得ない、と思う気持ちが大きい。
「何か理由はあるのか?」
「いえ、特に」
真顔で理由がないことを告げる黒木に、俺は呆れてため息をついた。
「特に理由もなく、そんな変な話をするなよ」
大体、特に仲良くもないのに話しかけるなよ、と言いたいところだ。しかし、この学校で俺が仲が良いと自信を持って言える相手なんて、二人くらいしかいないのだが。
そう言って、俺は立ち上がり、この話を終わらせようとした。
ついでに、さっき貰ったパン代の百三十円も、強引に握らせる。
なぜか分からないが、早くこの場から立ち去りたかった。それが、この黒木という男が嫌だからなのか、それともこの話が嫌だからなのかは、分からなかったが。
しかし、そんな俺の気持ちが相手に伝わるわけもなく、お金を財布に入れながら、なおも黒木は話し続ける。
「理由っていう理由はないですけど、見ていて思ったんですよ!なんだか、いつもより周りと距離があるなって」
さっき思い出したが、この黒木という男、始業式の後に俺に話しかけてきたやつだ。
その時も、いきなり俺に近づいてきて、『赤音さんのクラスメイトです』なんて言って話しかけてきたのだ。
大体、陰山さんのことを赤音さんと呼んでいるのも気になる。リア充の場合その限りではないのだろうが、普通の男は余程仲良くない限り、女子を下の名前で呼ばない。
そして、こいつはリア充特有のオーラがないし、俺と会話が成立していることから、多分リア充ではないことが分かる。
それに、今の言葉で、常日頃から陰山さんのことを見ていることも分かる。
そして、なぜか俺とも距離を詰めようとしてくる。
それらを合わせて考えてみると、もしかしてこいつはいわゆるストー……
「あ、黒人、ここにいたの?」
俺の思考を中止させたのは、後ろからかけられた陽川の声だった。
振り向くと、そこにいたのはやはり陽川で、俺を見てから、視線を黒木へと移した。そして、キョトンとした顔で首を傾げる。
「あれ?君って、黒木君の弟君だよね?黒人と仲良かったの?」
黒木君の弟君?陽川がそう呼んだということは、この訳がわからない変な後輩には、陽川と知り合いの兄がいるということだろうか。
まあ、正直ほとんど関わり合いのない後輩に兄がいたところで、別にどうってことはない。
「陰山先輩とは最近知り合ったんです」
黒木がそう言ったのを聞き、陽川は少し珍しそうな顔をした。
「黒人に後輩なんてものがいたんだ……。しかも、その子があの黒木君の弟君なんてね……」
「何その言い方。その黒木君ってヤバイ人なの?」
陽川がそんな風に言うとは、その黒木君とやらは陽川でさえ近寄りにくいということだろうか。
俺の脳裏に、黒木君という男がヤンキーしている映像が思い浮かんだ。しかし……
「あ、そういうわけじゃなくてね。黒木君って今、多分この学校のカーストトップにいる人だから。弟っていっても、そんな人と仲良いなんて意外だなあって」
「え……?カーストトップ?でも、それって陽川なんじゃ……」
「いえ、兄は今、多分陽川先輩以上の権力者ですよ」
いや、そんなの初耳だし。しかし、ということは、この弟も……
「リア充が俺に何の用があったんだよ?」
カーストトップの弟に、少し棘のある言い方で疑問を口にする。
「勝手にリア充だと決めつけないで下さい」
黒木はため息をつき、そう口にした。
「いや、でも、兄貴はカーストトップなんだろ?なら、お前もリア充でしょ」
「あんたねぇ、その言葉そのままお返ししますよ。あんたの妹も、トップカーストの人間でしょうが。僕は、リア充どころか、先輩と同じ低カースト民ですよ」
黒木が少し苛立った声でそう反論するのを聞いたら、俺もなるほど、と納得せざるを得ない。
確かに、陰山さんはカーストトップの住人だが、その兄である俺は、まずカーストに入っているのかすら怪しいほどだ。
「それじゃあ、そのリア充じゃないリア充の弟が、俺に何の用だったんだよ」
「だから、それはですね……」
と、黒木が答えようとした時に、新しい疑問が頭に浮かんだため、黒木の返答も待たずに、口に出してしまった。
「この学校の男子のトップって、上沢じゃなかったのか?」
「もう、そうじゃなくなったのよ」
俺の疑問に答えたのは、黒木ではなく、俺の後ろに立っていた陽川だった。
「大体、黒人でしょ?そうしたのって。黒人のあの放送があったから、上沢の人気は落ちて、代わりに黒木君の人気が上がったのよ」
なるほど。それにしても怖い話だ。誰かがカーストトップから落ちた途端、新しい人間が取って代わるというのだから。
つまり、カーストの高い奴らは、誰もがカーストトップの座を虎視眈々と狙っているということなのか。
「はい。しかも、岩崎とかいう後輩の、これまたカーストトップの彼女がいたりして、本当のリア充なんですよ」
今までのリア充――陽川とか陰山さんとか上沢とかは、リア充であっても付き合ってはいなかった。
つまり、今この学校の頂点にいる黒木という男は、リア充の中のリア充とでも言うべき存在なのだろう。
正直、多分一生関わり合いを持たないはずなので、怖いとさえ思えない。
「そういえば、黒木って高二?」
「えぇ、そうよ。C組」
それにしても、上沢、黒木、陽川、中野、中上と、みんな高二だが、高三の方々には、下級生なんかに負けない、と思う人はいないのだろうか。
まあ、それも俺にはこれっぽっちも関係のない話だけれど。
「あ、それで、黒木弟は俺に何の用だったんだ?」
最初にしていた質問があったことを思い出し、再度質問した。
「あー、それはですねえ、赤音さんがいじめられてるんじゃないかって……」
「えぇ!赤音ちゃんがいじめられてる!?」
「え、あ……」
陽川がその話に食いついたため、黒木弟は再び自分がそう思う理由を話し始めた。
最初は緊張感のある顔で話を聞いていた陽川も、特に理由がないことを知ると、勘違いだと思い、安心したようで、ほっとした顔になる。
「確かにいじめられてるのかもしれないけど、でも、まあ、大丈夫じゃないかな」
聞き終わった後に発せられた陽川の言葉を聞き、黒木弟は少し納得いかない、というような顔をした。
「ま、まあ、そうだといいんですが……」
と言いながらも、黒木弟は顔を曇らせる。
「夏休みの最後、家で聞いたんですよ。少し、危ないなって話を……。いえ、やっぱり、なんでもありません!」
そう言うと、黒木弟は「陰山先輩も陽川先輩もさよならです」とだけ言って、去っていった。
「ちょっと不安だね、黒人。赤音ちゃんがいじめられてるかもしれないなんて……」
そう陽川が言ってきたが、俺はぞんざいに首を縦に振っただけだった。
黒木弟の最後の言葉が気になっていたのだ。
家で聞いた、と確かに黒木弟はそう言った。しかし、もしあいつが非リア充で俺の仲間だと言うなら、自分が人を家に呼んだわけじゃないはずだ。
ならば、家で聞いたのは、黒木兄ないしは黒木兄が家に呼んだ人の会話。
自身が高いカーストにいて、さらに強気な性格とはいえ、現在トップカーストの黒木兄にいじめられたら、陰山さんはどうなってしまうのか……。
俺のさっきからの沈黙を、陰山さんを心配しているからなんだと考えたのか、陽川は慰めるかのように俺の肩をポンポンと叩いた。
「大丈夫だよ。あの赤音ちゃんだし。それに、もし困ってたら、私も助けるし、それにほら!緑だっているじゃん」
そうだ。
可愛いランキングがそのままカーストというわけではないが、一位と二位と三位が味方なのだ(三位は本人だが)。
心配する必要もないだろう。
大体、あんなに俺に色々してきた陰山さんが相手なのだから、少しいじめられるくらい、むしろざまあ見ろとでも思うべきだ。
なのに……なのになぜ、今すぐにでも何とかしなくては、という焦燥感がこの身を満たすのだろう。
用事があり、三週間振りの投稿になってしまいました。
これからはちゃんと投稿しますので、読み続けて頂ければ幸いです。




