第二六話 「言ってはならない想い」
金曜日の夜から、私は一つ考え事をしていたのだ。
どうして、私は陰山君を助けたのか?
陰山君が言ってたみたいに、『間違っているから』なんて答えじゃないことは確かだ。
だって、私はスクールカーストのトップという立場上、様々ないじめの現場を見てきた。
もちろん、大体のいじめは止めようとした。陰山君が、私のせいでリコーダーの犯人になり、更にそれが悪化して、陰山君が下田君に殴られそうになった時にはちゃんと止めたし、他の時もそうしてた。
でも、それでいじめが止まることもあったが、いじめが続くことの方が大半だった気がする。
そんな時、私はどうしていたか。
少なくとも、校庭の真ん中で叫んだことはなかった。
自分のこれからが左右される、ここまでの大きな行動に出たことは一度もなかったのだ。
なら、なんでそんな危ない行動をわざわざ私がやったのか。
なんで私は陰山君だけを特別扱いしたのか。
その答えが出なかったから、延々と悩み続けていたのだ。
私は、確かに最初は陰山君のことが嫌いだった。
なにせ、陰山君が私のリコーダーを盗んでいたんだと勘違いしていたんだから。
でも、それは私の勘違いだと分かって、その後私のピンチも助けてもらった今、私は彼のことをどう思っているんだろうか。
嫌いでは、ないと思う。
凄い人だし、良い人だし、優しい人だとも思う。
でも、それだけだろうか。
やっぱり、恋なのではないだろうか。
女子高生の恋愛脳に、そんな考えが浮かんできたのは、そう遅いことではなかった。
いやいや、違う違う。
大体、好きになる理由が見つからない。
大してイケメンでもなければ、社交性にも難がある。
それに、過去にあった中野さんとの出来事や、合唱コンクールでの出来事を考えると、陰山君はかなりおかしい。
特に私の時なんて、十回にも満たない程しか話していない相手を助けたのだ。
そんなの、優しさだの勇気だのではなく、狂気だと言っても過言ではない。
そりゃあ、助けてもらえて嬉しかったし、とても感謝した。
でも、そんな少し危ない人を好きになるかどうかと言われれば別である。
大体、助けてくれた人を好きになるだなんて、どこぞの御伽噺でもないんだから有り得ない。
これは恋じゃないんだ。
そう私が結論付けたのは、恋ではないかと考え始めてからすぐのことだった。
そして今日。
今日は青海は来ないようなので、机の上にお弁当を広げて食べ始めた。
珍しく誰とも話さずに食べた昼食だったので、いつもより早く食べ終わる。
そして、暇だったので、屋上に行こうと思い立ち、教室を出て行った。
途中、中野さんに会ったが、特に何も言葉を交わさずにすれ違った。
そのまま、屋上への階段を上り始めた。屋上の階段の前まで来た時に、思いもよらない人と会った。
「陽川!?」
「陰山君!」
陰山君は、お弁当袋を持っていた。
ここで昼ごはんを食べていたの?
でも、なんで?
あ、そう言えば中野さんもお弁当袋を……ってことは、もしかして、二人で一緒に?
いや、それ自体は変なことでもなんでもない。でも、わざわざここで食べるというのは、あまりにもおかしいように思える。
男女二人きり、他の人がいない場所で、ご飯を一緒に食べていたのだ。
違う、違う!
二人は付き合ってなんていない……はず!
大体、付き合ってたところで何にも問題はないんだから!
陰山君の過去について聞かされた日、中野さんは陰山君のことが好きなんだ、と確信した。
だから、その二人が結ばれるのは祝福すべきことであるからして……!
私は、そんな思考を頭から追いやり、一言口にした。
「じゃ、じゃあ……私、屋上に用があるから」
「お、おう。それじゃあな……」
私は、逃げるように陰山君の横を抜け、そしてポケットから出した鍵で屋上の扉を開けた。そして、屋上の扉を開けて中に入ろうとしたその時、
「おい、陽川!」
と、陰山君が声をかけてきた。
何か用かな、と訝しみながら、私は振り返って、陰山君の顔を見た。
真っ赤だ。
そして、何かを言おうとしている。でも、何かとても言いづらそうだった。
…………!
え?これってもしかして!
だって、今二人きりだし、こんな状況で行われることといったら……!
バクバクと心臓が早鐘を打ち始める。
そんな中、私は無言で次の言葉を待っていた。
「あの……ありがと、な」
それは、期待してた言葉ではなかった。
私が陰山君を助けたことに対しての、ただの感謝の言葉であった。
なのに、それだけなのに、その言葉がとっても嬉しくって……
あれ?なんで今、嬉しかったんだろ?それに、期待してた言葉って……
いや、もうやめよう。そんなことを考えるのは。
『私はなんで陰山君が中野さんと一緒にいるのが嫌なんだろう?』とか、『どうして私は陰山君だけ助けたんだろ?』とか、そんな事ばかり考えてる。
でも……
これ以上、自分を誤魔化し、自分に嘘をつく必要はない。
もう、分かってるじゃないか。
どうしようもなく、知ってしまったじゃないか。
理由だなんだと遠回しに考えて、認めないようにする必要なんてない。
理由なんてなしに、ただ好きなんだと、そう認めてしまえばいいんだ。
恋に落ちるのは劇的、なんてのは子供の頃だけの幻想だ。
恋バナを話していても、好きになったきっかけなんて大したものじゃなかったりする。
だからさっさと認めてしまおう。
私は、陰山君が好きなんだと。
この気持ちが本当なのかどうか、確信はない。でも、多分本当だと思う。だって今、こんなにも私の心は熱く動き出したのだから。
「どういたしましてっ!」
私は、返答がなく少し不安げな表情の陰山君に、満面の笑みを向けた。
「お、おう。それじゃあな」
「うん」
陰山君は、そのまま階段を降り始めた。
私も屋上に入ろうとした時、足が止まった。
ガチャ!とドアの閉まる音を後ろで聞き、私は無意識の内に陰山君の後を追っていた。そして、これまた無意識の内に陰山君の裾を掴んだ。
陰山君が振り返る。
そして、「何か用か?」と尋ねてきた。
なんでだろう。
どうして、私は今陰山君を引き止めたんだろうか。
いっそのこと言ってしまおうか。
ついさっき自覚した、この気持ちを。
でも……
「ううん、なんでもないっ!じゃあね!」
「え?お?ああ」
戸惑いながらも、陰山君は階段を降りて行った。
私は、陰山君が好きだ。
でも、それは言わない。
いや、言えない。
今、陰山君は危ない状況だ。何かあれば、すぐにまたいじめの対象となるだろう。
それならば、できるだけ注目を集めないのが正解だといえる。
でも、学校で一番有名な私が告白したら?
不要な注目を集め、いじめが再発するかもしれない。というか、確実に再びいじめは起こる。
陰山君は、私を助けるために自分を犠牲にした。
ならば私は、陰山君を助けるために自分の心を犠牲にしよう。
好きという気持ちを免罪符にして、後先考えずに告白なんて、そんな無責任なことは出来ない。
私は、自分でもいまいち分かんないけど、多分陰山君の、自分を犠牲にして私を助けるその姿に恋に落ちたんだと思う。
なら私も、そんな彼に少しでも釣り合えるように、自分の気持ちを封じ込んで、彼を助けよう。
そう私は、心に決めた。
あと二話で二章終了です。
うーん、読者様方が納得できるような理由が書けたかどうか不安で仕方ないです。
恋に落ちる理由とか書くの難しすぎますって!
ブクマと評価と感想をありがとうございます。




