第二五話 「たまには報われたっていい」
「それにしても、あれは凄かったな……」
「えぇ、そうね……。私が望んでいたこととはいえ、ああも全てが丸く収まるというのは予想外だったわ」
「やっぱ、学校一の人気だから説得力みたいのがあったのかな」
「まあ、それもあるでしょうけどね……」
月曜日。
金曜日の陽川の叫びから、土日を挟んだ週明け。
俺と中野は、既にお決まりの場所となった、屋上の扉前で弁当を食べていた。
こんなことができているというのは、つまり俺と中野は仲直りをし、俺へのいじめは事実上収束した、ということだ。
仲直り、といってもお互いに謝ったとか、そういうわけではなく、自然に合唱コンクール前の関係に戻ったってだけだ。
そして、俺へのいじめが突然終了したその原因は、もちろん金曜日の陽川の行動だろう。
あの時、俺は陽川の負けを確信し、誰も救われないバッドエンドを頭の中に思い描いた。
事実、そうなる可能性は、上手くいく可能性よりも高かったと思う。
しかし、実際はそうならず、俺がやったことの全てが灰燼に帰す、という懸念はただの杞憂に終わった。
結果的には最良なのだろうが、あんな危ない賭けをした陽川と、俺を止めた中野に多少の怒りがないわけでもない。
しかし、そんなものはこの全てが丸く収まった状況を鑑みれば、些細なことだ。
それにしても、やっぱり陽川白乃は凄かった。
俺は、自分の全てを犠牲にし、格上の存在の力を何度も借りてようやく、陽川の救済という結果をもぎ取った。
それに対し、陽川は一瞬の羞恥と引き換えに、俺を簡単に救った。
この明確な差は、陽川と俺の、積み上げてきたものの大きさの差だろう。
「陽川は凄いな……。あいつ一人で、俺が他の奴の力を借りてもできなかったことをやったんだからな」
箸を止め、ぽつりとそう溢すと、中野は少し不機嫌そうな顔を見せた。
「陽川さん一人だけの力じゃないわよ。青海さんや赤音ちゃん、私も協力してようやくできたんだからね」
中野は、そう言って、自分も貢献したんだとアピールしてきたが、その中に一つ聞き捨てならない名前を見つけた。
「陰山さんが、俺を助けたっていうのか?」
「ええ。赤音ちゃんも頑張ってくれてたわよ」
何か天変地異の前触れかもしれないな。帰りに防災グッズでも買っておくか。
「まあ、なんといっても一番役立ったのは、陽川さんの一言でしょうけど」
「確かにな。あんなデカイ声、俺にもでないぞ?」
「それは、あなたが多対一になると突然声が小さくなる人種だからでしょ?でも、正直声はあまり関係なかったでしょうね。まあ、マイクで話すよりは効果が大きかったと思うけど」
「なら、一番の要因は?」
「彼女という存在自体だと思うわ」
ほら、やっぱり。
学校内の王たる彼女だからこそ、あんな無茶な行動で上手くいったのだ。
「俺って必要だったのか?正直、あいつなら俺が合唱コンクールで何もしなくとも、いずれ自分の力で解決してたぞ」
あの時は、彼女は一人では何もできない、という前提で動き出したが、考えてみればそんなはずはなく、彼女一人で全てを変えられたのでは、とさえ思う。
「それは流石に無理でしょう」
そんな考えを、中野はばっさりと否定してくれた。
「あの時の陽川さんに、それだけの力はなかったと思うわ」
「それなら俺がやったことも意味はあるか。でも、最底辺から一週間で、一人で学校をひっくり返す力を手に入れるなんて、別世界としか言えないな」
「そうでもないわよ」
「は?中野が校庭の真ん中で叫んだところで学校は変わらないと思うけどな」
いくら人気二位とはいえ、それは流石に無理だと思う。
「違う違う。私にそれだけの力があるんじゃなくて、彼女にそれだけの力はないのよ」
「ますます意味が分かんないな。あいつは、事実学校をひっくり返しただろ?」
「それは、陽川さんが被害者でもあったからよ。もし他の人が被害者で、その犯人を庇おうとしてたなら、陽川さんだろうと上手くいってなかった。実際、今回のことだって、陽川さんが言った通り、黒人君が犯人じゃないって全校生徒が信じたわけじゃないのよ」
「全校生徒が俺の無罪を信じたわけじゃない?なら、どうして俺へのいじめは止まったんだ?」
「全校生徒はこう考えたのよ。あの優しい陽川さんが自分が被害に遭ったというのにそれを水に流して、黒人君を助けようとしてあげてるんだって」
「要するに、俺が無罪だと分かったわけじゃなくて、陽川の優しさに免じて、有罪だけど見逃してやろうってそういうわけか……?」
「そうよ。まあ、そういうわけだから、そんなことは関係ない、ネット上の誹謗中傷は当分消えないと思うわ」
「当分ってことはいつか消えるわけか」
「ネット上には叩く相手なんて山程いるしね。でも、あなたの名前とかは特定されたから、将来就職の時なんかに後悔するかもね」
こいつ、さらっと凄い怖いこと言ったぞ。でも……
「そん時はそん時だな」
「はぁー、黒人君らしいわね。それじゃ、私、もう戻るわよ?」
「え?あ!」
中野の弁当は既に空になっている。俺も急いで食べるか、と思ったが、やめておいた。
男女二人で弁当片手に戻ってくれば、変な噂がたちかねない。そうならないために、今日もここを集合場所にして、わざわざ一緒に行かずに集まったのだから。
俺は中野の後ろ姿を見送ってから食事を再開し、数分かけて食べ終える。
「んじゃ、戻るか」
と、教室へ向かおうとしたその時、上ってきた人物と鉢合わせした。
「陽川!?」
「陰山君!」
二人で会うのは、金曜日以来初めてだ。
二人とも見つめ合い、無言の時間が流れ出す。
気まずいぞー。
何か言うべきか。
でも、言うとしたら何を?
「よくも勝手なことを!」と怒るか?
「よくやったな!」と褒めるか?
「さすが学校一の人気者だな!」とおだてるか?
どれも違う。
どれも俺が一度は思ったことではあるが、俺の本心はもっと別のことだ。
陽川は、手をもじもじとさせている。
そりゃ、いづらいよな。
俺と陽川の関係はよく分からない。
助け、そして助けられた。さらに、片やカースト最底辺で、片やカースト最上位。
こんなよく分からない関係じゃ、何を話せばいいのか分からないのも当たり前だ。
「じゃ、じゃあ……私、屋上に用があるから」
「お、おう。それじゃあな……」
俺は階段に、陽川は屋上に、それぞれ向かおうとする。
でも、これでいいのか?
リスクまで冒して俺を助けた彼女に、何の言葉も言わないのか?
人を助ける時に見返りを求めるな、というのは確かにそうだと思う。
だけど、俺はそう思えなかった。陽川を助けた時、俺は中野なら分かってくれて、俺を称えてくれるとそう思っていた。
そして、想像と違い、中野に弾劾された時、俺はかなり傷ついた。
ならば、俺がここで言うべきは……
「おい、陽川!」
既に鍵を開け、ドアを開けようとしていた陽川の背中に俺は呼び掛けた。
「なに?」
陽川は振り向き、俺の顔を見つめる。
「あの……ありがと、な」
暫しの沈黙。
あれ?言葉選びミスったかな?
と思ったのも束の間、陽川はすぐに顔を綻ばせ、笑顔を咲かせた。
「どういたしましてっ!」
「お、おう。それじゃあな」
「うん」
俺は、階段を降り始めた。
後ろではガチャン、という音がした。多分、陽川が屋上に入り、ドアが閉まったんだろう。
俺は、階段をまた一段降りると、何かに引っ張られたように感じて、後ろを向いた。
そこにいたのは、陽川白乃。そして、陽川は俺の服の裾を掴んでいた。
ドアが閉まったのは、彼女が屋上に入ったからではなく、彼女が俺を追いかけたからだったのだ。
無言のままの陽川に俺は、
「何か用か?」
とぶっきらぼうに尋ねた。
すると陽川は……
そろそろ二章も終わりですかね。
ブクマと感想と評価をありがとうございます。




