第二四話 「叫び」
私が真相を知ったのが、先週の金曜日。
そして、そこから丸一週間が経った。
今は四時間目だ。
しかし、今は先生はいるにはいるが自習なので、クラスは休み時間以上に騒がしかった。
そんな中、私は一人机に突っ伏して寝たふりをしていた。
陰山君が私を助けた理由も分からないし、私がどうしてこんなことにこだわり続けているのかも、自分でも全然分からない。
でも、だからと言って、逃げるのも違うのだと思う。
私の頭の中で、色々な光景が浮かんでは消えていく。
陰山君に、中野さんに、中上に、青海。
それぞれの言葉がフラッシュバックした。
私は、どうするべきなんだろうか。
そんな時、ふと他のグループの人たちが話す声が聞こえてきた。
「陰山ってさー、キモくない?」
「それな。よくあれだけのことして学校来れるよね」
「ほんと、帰れっての」
なんてそんなありふれた会話。
なのに、それを聞いた途端、耐えきれなくなって私はガタッと立ち上がる。
そんな私に驚き、クラス中が私を見ていた。
どうするべきか、なんてことを考える前に、口が勝手に動き出す。
「あ、あれ?ここ、学校?」
と言うと、特に面白くもないはずなのに、クラス中が笑いに包まれる。まさに、人気者の特権だ。
「白乃、寝ぼけすぎー」
「どんだけ熟睡してんだし!」
なんて声に、あははーと適当に返す。
一通りいじりが終わると、私は座り直して再び考え始めた。
さっきのは、ありふれた会話。高校とかでは本当に、よくある会話だと思う。
でも、それを聞いた途端、いてもたってもいられなくなって……。
それなのに実際立ち上がった所で、私には何かをする勇気がなくって……。
ただ、私は見ていられなかったのだ。
冤罪で陰山君が傷つけられるのを。
でも、私には冤罪から陰山君を逃れさせる覚悟も勇気もなかった。
再び机に突っ伏す。
自然と、視線は陰山君の方に向かった。そして、その状態で数分経った時。
それは、さっきも笑いながら陰山君の悪口を言っていた人達の一人。
「あ、消しゴムー」とか言いながら、消しゴムが落ちているわけでもないのに立ち歩き、自分の足を陰山君の机にぶつけた。
その時、キャハハなんて笑い声がさっきのグループの所からあがる。多分、じゃんけんで負けた奴が机を蹴る、とかそういうゲームだろう。
これだってありふれた光景。つい最近まで、私が餌食になっていた光景。
今までは見て見ぬ振りできてた。なのに、なのに今は辛くて仕方がない。
気付けば、私は拳を硬く硬く握りしめていた。
私は、何をしたいんだろうか。
陰山君がいじめられるのが見ていられなくて、でも自分では何もせず、怒ってるだけ。
なんて見苦しいんだろうか。
でも、なら私はどうしたらいいの?
ううん、違う。
バチンッ!と大きな音を立てて、私は自分の頬を叩いた。
「どうした!?」なんて声がかけられるけど、今度はそれを無視する。
違う、違うんだ。
なんで私はずっと、私のことを考えていたんだろうか。私はただ、陰山君のことを考える振りをして、ずっと私のことを考えているだけだった。
でも、それは違う。
私は今までずっと私中心に、『なんで助けてくれるんだろう?』とか『私はどうしてそんなこと考えているんだろう?』とか、そんなことを考えてた。
だけど、それは本当に自己中心的は考えだ。
向き合うことから逃げて、簡単な方向へと逃げていただけだ。
結局、私は怖かったんだ。
一度なくし、そして奇跡的にもう一度手に入ったもの。それらを、自分の手で切り捨てるのが怖くて、ただ怯えてた。
そして、それを考えないように、別のことを必死に考える振りをして……
私はバカだ。
私が考えるべきは恋だとか何だとか、私のためのものじゃなくて、陰山君のためのことだったんだ。
そして、それには理由なんてない。
理由なんていらない。
助けてもらったことへの恩返しでも、よく分からない感情からでもない。
ただ、私がやりたいから、それだけ。
私がやりたいから、やるんだ。
上手くいかないかもしれない。
陰山君の努力を無に帰す結果となるかもしれない。でも、やるべきなんだ。
できるとしたら、この学校の中で私にしかできない、ある事を。
◇◇◇
俺は目の前の相手を見た時、ふと、不安に駆られた。
この状況が、あの日と重なったからだ。
あの日――今まで何もなかった俺の生活が狂いだした日。
あれから、一年の頃は殆ど誰とも話していなかった俺が、中野、陽川、上沢、中上などと知り合い、色々とあった(半分以上ろくなことじゃあない)。
そして、なぜだか今、あの日のようなことがまた起きる気がしたのだ。
なにか、変わってしまうような、そんな気が。
俺は、ごくりと唾を飲み込み、陽川の言葉を待った。
すーっと陽川は息を吸った。
「あなたが私のためにしてくれたことは知ってる。だから次は、私にやらせて」
「はぁ?」
以前のように大声で何かを言ってくると思いきや、彼女は幼子に教えているかのような、優しい声音でそう言ってきた。
そんな彼女の様子に、俺は度肝を抜かれ、何か言われた際のために用意していた言葉は全て頭から吹っ飛んだ。
だから俺は何も考えず、ただ頭に浮かんだ言葉を口から出した。
「はぁ?」
「いや、二回も『はぁ?』って言われても困るんだけど……」
そう言うけども、『私にやらせて』って言われた所で、「はぁ?」位しか言いようがない。
「まあ、いいや。私が言いたかったのはそれだけ」
「いや、どういうことだよ?」
「話は、後で」
そう言って、駆け出そうとする陽川を見て、俺は思わずその手を掴んでしまう。
なんだか、ここで行かせてしまったら取り返しのつかないことになるような気がする。
「――!!ちょっ、ちょっと何してんの!」
顔を赤くしてそう怒鳴り、陽川は全力で俺の手を振り解いた。
そんなに怒る?そんなに嫌?
さすがに俺だって傷つくよ?
「いや、悪い……。なに、するつもりなんだよ?」
「陰山君がしてくれたことと同じだよ」
「それって……」
俺が言い終える前に、陽川は走り出していた。
なんなんだ、本当に。
そして、追いかけるべきなのか否か。
追いかけたら変な目で見られ、変な噂がたつかもしれない。
しかし、追いかければ……
「ああ、もう!」
俺は乱暴に思考を断ち切り、教室を出て走り出す。
なんだって俺がこんなことを……!
俺が陽川の背中を追って校舎から出た時、陽川は既に校庭を走っていた。
何をする気なんだ?
陽川を追いかけただけで既に息は上がっている。少し苦しい。
でも、それでも走って止めようとしたその瞬間。
「ダメ、だよ……」
これまた息を切らした中野が、俺の手を掴んでいた。
「お前は、陽川が何をするか知ってるのか?」
もしかしたら、陽川と中野が裏で何かをしようとしていたのかもしれない。
「知らない。それに、これが原因で黒人君が自分を犠牲にしてまでやったことが、無駄になるかもしれない……」
どういうことだ?
俺が自分を犠牲にしてやったこと……?
「まさか……おい……。中野、どうして止めるんだよ。お前があれに納得してないのは知ってる。でも、それでも俺のやったことを無駄には……!」
「分からないでしょ!黒人君がやったことが無駄になるかもしれない。でも、黒人君が救われるかもしれないのも確かでしょ!」
「でも、そんな……!」
「私は、納得してない!認めない!いつも、いつもあなただけが傷つくなんて、そんなのは認めない!」
「なに、言ってんだよ……。俺だって認めたくはない。でもなぁ、何も捨てずに何かを変えることなんてできっこないんだよ!」
暫しの沈黙。
これで諦めたのか、と思い、俺はそのまま陽川を追いかけようとした。
しかし、その瞬間さっきまで以上の強さで俺の腕は掴まれた。
「そうかもしれないわ。でもね。私は、黒人君が救われる可能性が少しでもあるなら、賭けたいのよ。あなたは、絶対に救われるべきだから」
こいつは、さっきから何を言ってるんだ?
いつも傷つく?
俺が、いつお前の前で傷ついた?
なんでこいつは、そこまでして俺のことを……!
俺はそんな考えを断ち切り、陽川の方を向いた。
彼女は今、校庭の真ん中に立っていた。校舎の真下にいるため、校舎の中がどうなっているのかは分からない。
ただ、騒がしいのは分かる。そして、その理由はきっと陽川だろう。みんなが、彼女の一挙手一投足に注目していると分かる。
やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ。
俺に、俺にまたあの景色を見させないでくれよ。
確かに、辛かった。
元々が上辺だけ取り繕った、中身が豆腐メンタルな俺には、この一週間は辛かった。
悪口は聞こえてくるし、軽いいじめのような状態だった。唯一の救いといえば、みんなが陽川のことを気遣って、俺をいじめの対象というより禁忌のように扱っていたことぐらい。
でも、辛かったけど、同じくらいの達成感があった。
以前の俺にはできなかったことができたんだと。俺は成長してたんだと。俺は、あの誤ちからようやく抜け出せたんだと。
陽川が少しずつクラスに馴染み直すのを見て、俺は自分のことのように嬉しかった。それは、まさに俺の努力の成果だったのだから。
だから、奪わないでくれよ……。
俺なんかには何にもできないなんて、現実を見せつけないでくれよ……。
そんな俺の切なる願いは届かず、時間は動き、彼女も動く。
「みんな、聞いてー!」
およそ美少女から発せられたとは思えない大声に、全生徒の集中は集まったと思う。
でも、そうなった所で意味はないだろう。
これは現実。
アニメでも小説でもないのだ。
たった一人の少女の叫びで世界がひっくり返るほど、この世界は甘くない。
俺は唇を噛み、拳を握りしめた。
これで後戻りだ。
変な奴、と烙印を押された陽川は、再び中上とかの策にはまっていじめを受けることになるだろう。
俺がそんな暗い思考にとらわれる中、再び彼女は叫んだ。
「陰山君はー!私のリコーダーを盗んでないの!全部、私のためだったの!」
やめろよ、無意味だ。
「本当に、私のためを思ってやってくれたの!だから、みんなもお願いだから!」
バカなのか、お前。
お前がいくら凄い奴でも、そこまでの力はないんだよ、分かんないのか。
「だからさー!みんな!陰山君と、仲良くしてあげてー!」
俺は、沈黙に包まれた校舎を見て、俯きながらその中に戻っていった。
ブクマと評価と感想をありがとうございます。
昨日は忙しく、更新できず本当に申し訳ありませんでした。もしかすると、明日も難しいかもしれません。
陽川をパーフェクトヒロインと呼称していることに対しての批判が多いですね。
原因は多分、私自身がパーフェクトヒロインという言葉をあまり重要にかんがえていなかったからだと思います。
私は、「とりあえず陽川は人気があって、凄い人だよー」ということを伝えるための言葉として使ったのですが、パーフェクトヒロインというのはそのレベルではないんだな、と痛感いたしました。
パーフェクトヒロインという言葉は、訂正したいと思っています。




