第二二話 「陰山黒人の本質」
青海に告げられた言葉に、私は呆然とした。
陰山君が、あれを仕組んだ?しかも、それが全部私のため?
私もそれを考えなかったわけではない。
一昨日、中野さんと陰山君の口論を聞いた。
その時は、陰山君が自分に都合の良い嘘を中野さんについたんだって思った。
でも、都合の良い嘘をついたなら、中野さんがあんなに怒ってた理由が分からない。
昨日、青海に一昨日の話を聞いた。
なぜか、私と陰山君の会話が、最初から体育館に流されていたらしい。そんなこと、誰かが意図的に仕組んだとしか考えられない。
だって、私と陰山君の会話を流すには、あの教室に盗聴器でもつけて、それを体育館に流すくらいしか方法はないんだから。
それにもし、あの会話を最初から最後までツイッターで流そうとするなら、いつ会話が行われるか正確に知っていなければいけない。
そこまで考えたら、おかしな所が次から次へと見つかった。
例えば、先週の水曜日のこと。青海にツイッターで私の行いを否定して、と陰山君が頼まれた時のこと。
あの日、私が止めなければ、陰山君はツイッターで私の噂を撤回しようとしていた。
あれも、私の好感度稼ぎ?でも、あそこで私が来るなんて、陰山君は知らなかったはず。
それより何より、あの日の出来事は全て私に都合が良すぎた。
まるで、誰かが私のために動いたようで。
そこまで分かれば、あとは自ずと考え出された。
あれは、陰山君が仕組んだんだって。
昨日の夜、私はそこまで思い至った。
でも、すぐにそれはあり得ないと分かった。だって、体育館に会話を流すことも仕組んで、ツイッターにあげることも仕組んだのなら、一つ腑に落ちないことがあるのだ。
それは、陰山君自身のこと。
あんなことをすれば、ネットで名前を特定されて晒されることは分かるだろう。実際にそうなっている。そして、そんな状況になれば人生が詰むこともわかっているはずだ。
それに、私と陰山君は話したことなんてほんの数回しかなくて、そこまでする義理はないはず。
だから、私は状況的に一番あり得る選択肢を、意識的に除外していた。
なのに、なのに……
青海は言ったのだ。
赤音ちゃん(元の作戦では中野さんだったらしい)が靴を変えて、青海が私を教室に向かわせた。そして、赤音ちゃんが陰山君と通話していてその音声を体育館に流し、それを青海がツイッターにあげた、と。
私が陰山君がそんなことをした理由を聞くと、『分かんない』って言って、青海は首を傾げた。
ほんとに、意味分かんない。
少し時間が経ち、その日の夜。
陰山君のこととかを考えている内に、長風呂をしてしまった。
私はお風呂を上がって、タオルを体に巻き付け、ドライヤーで髪を乾かし始めた。
ブオォォという音を聞きながらスマホを手に持つと、ラインが数十件来ているのに気づいた。
お風呂に入っている間に来たみたいだ。
スマホを開いて内容を確認する。
「え?」
『明日遊びに行こ!』
『明日映画見に行かない?』
『明日空いてる?』
『日曜どっか行こー』
『白乃、明後日暇?』
『日曜遊ぼ?』
『白乃!結婚しよう!』
なんてラインがずらーっと並んでいる。
いや、最後のはなんだこれ?青海からか。既読スルーしとこ。
私は、明日と明後日の遊びの誘いのラインに、一つ一つ返していく。
十日間くらいの空白を埋めるために、できるだけたくさんの人と遊びたかった。
そんなこんなで大人数で遊ぶことを決め、土日は両方忙しくなりそうだった。
久しぶりに埋まったカレンダーに、私は笑みを浮かべた。
でも、その一方でずっと頭の中に何かが引っかかっていた。
その何かとは、勿論陰山君のことだ。
青海が言ったことだし、陰山君がやったことは本当だと思う。でも、それは何のため?
それがまだ、私には分からなかったし、聞きたかった。
それにもし、全部私のためだって言うなら。戻ってきた私のこのささやかな幸せが、陰山君のおかげだと言うのなら、一言言いたいことがある。
『ありがとう』と、そう伝えたい。
◇◇◇
カラオケ行って喉が痛い。ボウリングやって腕が痛い。ヒールで歩きすぎて足が痛い。
まさに、満身創痍。
そんな状態で、私は二日振りの学校への向かったのだった。
もう関係を失いたくはないし、私自身楽しみだったからいっぱい遊んだけれど、やはり陰山君のことは気がかりだった。
そして今日、私はあることをすると決めていた。
それは、陰山君に話しかけること!
……ってこれじゃ、なんだか恋する乙女の目標みたいになってしまってる。
少し不安なのは、ちゃんと陰山君が応じてくれるかどうか。最近、私は教室で陰山君が話しているのを見ていない。
まあ、元々話しているところなんてほぼ見たことなかったけど。
時刻は昼休み。
今日は珍しくお弁当だったらしい陰山君は、食べ終えるとそのまま流れるように寝ようとした。
他にやることあるでしょ!
流石に、寝ている人を起こして話しかけると、周りから変な目で見られるかもしれない。そう思った私は、ご飯を食べるのを中断し、今口に入っているものを噛み砕いて胃の中に落とし込む。
小走りで陰山君の席に向かって、前に立ち、そして
「陰山君、先週の水曜日のあれって、もしかして私のためにやったの?」
と聞いたものの、陰山君は誤魔化して、そうじゃないと言っていた。
青海が嘘をついていたわけでも、陰山君が正義の味方気取りだったわけでもないと思う。
ただ陰山君は話すかどうか真剣に考えて、その上で話さないことを選んだんだ。
なら、私はその陰山君の選択を尊重しようと、そう思った。
陰山君が望まないならば、私は踏み込まずにいようとそう思ったのだ。
しかし、その後『本当の友達とは何か』みたいな重い話を振られ、それに真剣に答えちゃったりして、色々あって陰山君との会話は終了した。
そこで、私はあることを言ってないのに気づいた。
そう、私の予定では陰山君が自分のやったことを認め、その流れで感謝を告げるつもりだったのだ。
でも、最初の前提が崩れてしまったので、元から言おうとしていたことが言えてない。
言うべきか?
いや、それではあまりにも不自然すぎる。
でも、言わないのは……なんだか嫌だ。
「ありがとう」
と、私は聞こえるか聞こえないかの音量で言って(反応がなかったから、多分聞こえてない)、陰山君の席を後にした。
その後、昼休みの残り時間に気づいて急いでお弁当を食べる。
その時、私はまだ彼女の視線に気付いていなかった。
放課後。
私は、五、六人に誘われて、一緒に帰ろうとしていた。
しかしその時、私は彼女に引き止められたのだ。
「陽川さん、少しいいかしら?」
そう言って、中野さんは私のことを見つめていた。
帰るか、それとも中野さんについて行くか逡巡する。
でも、聞きたいことがあったのだ。
私が知る限り、陰山君と一番仲がいいのは中野さんだ。そう、実の妹の赤音ちゃんよりも仲がいいように思える。
それに、中野さんはあの日の真実を知っているようだし、先週の水曜日に何か意味深なことを陰山君と言い合っていた。最後にビンタもしてたし。
「ごめん、みんな。帰るの、また今度でいい?」
みんなと帰るチャンスなんて、これから何度でもあるのだ。そう、彼のお陰で。
「じゃね〜」とかみんな口々に言い、私もそれに返事を返す。
そして、みんなの姿が見えなくなると、私は中野さんに向き合った。
「それで?中野さん、どうかしたの?」
「少し、来てもらえるかしら?」
「え、うん。いいけど」
中野さんは、てくてくと歩き出した。どこへ向かってるんだろう、と訝しんでいると、中野さんは階段を登り出す。
「もしかして、屋上?」
「そうよ。でも、屋上の扉は開かないから、屋上の扉の前までね」
「それなら大丈夫。私、鍵持ってるから」
「あ、この前黒人君もそう言ってたわね……」
そう言えば、中野さんには屋上関係で色々と困らされたものだ。
中野さんは、よく屋上に来たがるくせに、チャイムぎりぎりまで出て行こうとしない。でも、私は屋上の鍵を閉めないといけないため、彼女が出て行くまで待ち、その後ダッシュで教室に向かわないと行けないのだ。
それにしても、私と中野さん。
珍しい組み合わせだけど、それ以上になんだか凄い組み合わせだ。
自覚はないけど私は人気一位らしく、中野さんは二位なのだという。
この学校の人気一位と二位が並んで歩いているのだから、少し凄い光景かもしれない。
そんな益体のないことを考える内に屋上の扉前につき、私は鍵を開ける。
そして、扉を閉めると、中野さんに向かい合った。
「それで?何か用があるの?」
「そうよ。あなた、昼休みに黒人君と話していたでしょう?何を話していたのよ?」
少し、棘のある言い方。陰山君を心配しているのだろうか。
確かに、合唱コンクールにあったことを私が知らないと思っている中野さんからしたら、私が陰山君を責めていたと勘違いしてもおかしくない。
「違う、違う。私、あの日あったこと知ってるもん」
「え?あの日あったことって……あの日って水曜日よね?」
私が頷くと、中野さんは驚いたようで、私の肩を掴んできた。
「誰から聞いたの?」
「青海から、全部」
そう私が言うと、中野さんは安心からか疲れからか、ふーと息を吐いた。
「ごめんなさいね、陽川さん。私、勘違いしちゃってたみたいで……」
「ううん、全然大丈夫だけど……なんで、何が知りたくて私を呼んだの?」
「あの……その、あなたが黒人君を責めてるんだと思って。もしそうなら、本当にあったことを話そうかと思って」
「そう、だったんだ……」
「うん。それにしても、それなら陽川さんは何を黒人君と話してたの?」
「あの日のことのお礼を言おうと思ったんだけど、陰山君は自分のしたこと認めなくって」
「黒人君らしいわね……」
「ねぇ、中野さんはさ、黒人君がどうしてあんなことをしたのか分かる?」
私は少し聞いてみたくなった。
中野さんなら、知ってるかもしれないから。
「大体分かるわ。黒人君、前も同じことしてたもの」
「前もって?」
二人は高校二年生になって初めて会ったわけではないのだろうか。
「私ね、黒人君の幼馴染みなの」
「え!?そうなんだ。そんな風に、全然見えなかった」
「当たり前よ。当の本人の黒人君が気付いてないくらいだもの」
二人は幼馴染みで、でも陰山君は気付いていなくて。だけど今も二人は仲が良くて。
あれ?訳わかんない。
「ねぇ、中野さん。その前あったっていう話、聞いてもいい?いや、別に話したくないならいいの!ていうか、こんなの陰山君の許可無しで話せないよね?ごめん!」
自然に口から洩れていた言葉を、後から私は必死に訂正する。
「別に良いわよ。黒人君の許可もいらないと思う。それに、どうして黒人君があなたのことを助けたのか、知りたいんでしょう?」
「う、うん」
「昔――私と黒人君が小学四年生の時のこと。私は、いじめにあっていたの。色んな人から無視されてて、でもそんな私を黒人君は見放さなくて。そんな時、私は…………
それから聞いた話は、可哀想で、切なくて、辛くて、苦しくて。それでいて、どこかで体験した話のようで……
そうか、と私は気づいた。
そうだったのか。
陰山君は、過去の辛い記憶、苦い思い出を繰り返さないために、忘れるために私を助けたのか。
でも、それだったら。中野さんの代わりってだけの私のために、どうしてあそこまでしてくれたの?
私には、分からないよ。
陰山君、教えてよ、君のことを。
君のことを、もっと知りたい。
ブクマと評価と感想をありがとうございます。




