第十四話 「頼み事」
「やってくれるか?」
「正直、あなたの言ってることは信用できない。何より、あなたはその計画っていうのの全部を話してくれてない」
「ああ、そうだな。その通りだ。俺とお前が会うのは二回目だし、何より一回目の印象はお互い最悪だったはずだ。その上、俺はこの計画を全部話すこともできない」
「それを知った上で、あなたの言う通りに行動するかどうか決めろっていうのね?」
「その通りだ。やってくれるか?」
目の前の黒髪の少女は黙り込んだ。
今は、火曜日の昼休み。場所は、昨日と同じく屋上の扉の前だ。
そして相手は、以前俺の胸ぐらを掴んで怒鳴り、生徒手帳を落としたあの少女だ。
昨日ある作戦を思いつき、生徒手帳からクラスを知って、彼女を呼び出した。
何で昨日作戦を思いついたのに呼び出したのが今日なのかって?いや、作戦を細かいところまで考えてただけだし!別に怖かったわけでも、前に胸ぐらを掴まれたのがトラウマになったわねでもないから!
「……ねぇ、最後に確認していい?」
長い沈黙を破ったのは、彼女の声だった。俺は、首を縦に振った。
「これは、絶対に白乃のためになるんだよね?」
難しい質問だ。
いや、勿論、この作戦は陽川のための作戦だ。とはいえ、この作戦で本当に救えるのかどうかと言われると、少し疑わしい。
なにせ、この作戦は前とは違い俺一人で考えたものなのだから。そして、自分を完全に信用し切れるかと聞かれれば、頷き難い。
だとしても、ここは頷くしかない。今は、一番信用ならない人間を信じるしかないのだ。
「ああ、この作戦は、絶対に陽川のためになる」
そう言うと、黒髪の少女は、うんうんと何度も頷いた。そして、口を開く。
「分かった。やる」
「ありがとう」
「何で、あなたが感謝するのよ?感謝するべきは私でしょう?だから、ありがとう。そして、よろしくお願いします」
と言って、彼女は俺に頭を下げてきた。
え。なんだか、いきなりそんなことをされると照れる。
「あ、あの、お、おう。こ、こっちこそよろしく」
と吃りながらも言い切って、俺は頭を下げた。
え、何これ?告白し合って晴れて結ばれた二人、みたいな絵面になってるんだけどー?
その後、彼女に先に行ってもらい、俺は少ししてから下へ降りていった。
これで、一つ目の準備は完了した。
後は、陰山さんと中野だけだ。前者は少し難しいかもしれないが、後者は快諾してくれると思う。
この作戦の大体は、中野と黒髪の子にかかっていると言っても過言ではないだろう。
いや、もちろん俺も陰山さんも大きな役割を果たすのだが、前提としてあの二人の行動が上手くいかなければ成り立たない。
「あ、すみません」
俺は階段を降り切った時に誰かにぶつかりそうになり、謝った。考え事をしていて、注意力が散漫になってしまっていた。
「いえ、別に……ってあんたか」
「ん?げ、陰山さん」
「いや、『げ』ってなんだし」
俺がぶつかりそうになった相手は、陰山さんだったのだ。
どうしようか。陰山さんにも頼み事はあったが、家ではなくここで話してしまおうか。
ここで話せば、少なくとも蹴られることはなさそうだし。いや、どうだろう。蹴るかもしれないな……。
「あのな、話があるんだけど……」
嫌そうな顔をするか、殺さんばかりの顔をするかだと思っていたが、予想は外れて陰山さんは少し呆れ顔だった。
「やっぱりか……」
「は?」
「ねぇ、それって中野先輩にも頼むの?」
「お、おう。え、何?俺が何を頼むか知ってるのか?」
陰山さんには俺の作戦について一言も話していないはずだ。それとも、知っていると言うのだろうか。
「まあ、さっきある先輩に会って。それで、あんたが陽川さん関係の何かをしてるって」
ん?どういうことだ?
さっきの黒髪の子が、陰山さんに自分から話したって言うのか?俺も誰にも話すなとは言っていなかったが、こういうのは普通は話さないだろ!
「あ、違うし。あの先輩が自分から話してきたわけじゃなくて、私の方から聞いたの」
「どうして?」
「あんたと先輩が一緒にいるのが見えたから、何かあったのかとついて来たの。あ、先輩にね」
「あっそ。でも、それじゃあまるでストーカー……」
「あ?」
陰山さんは、半眼で睨みつけてくる。怖い怖い怖い。
「ああ、もう!話がズレたし。で、あんたは中野先輩にも手伝わせるの?」
「ああ、そのつもりだ」
「なら、私があんたを手伝う条件は、中野先輩にそれを頼まないこと、それだけ」
「は?中野に頼み事をしたら、お前は手伝ってくれないのか?」
「そう言ったでしょ?」
いや、待て待て待て。
どうしたらいい?中野がやってくれるはずだったことは、前提条件だ。それがないと成り立たない。
しかし、陰山さんが手伝ってくれないなら、中野だけが何をしても無意味だ。
どうすればいい?どっちを取ったって、この作戦は上手くいかないぞ。
「中野先輩に頼むはずだったことは、私じゃできないの?」
そう言われて、少し考えてみる。
考えてみれば、できないことはない。しかし、とても難しい。なにせ、これは同じクラスでないとかなりやりにくいのだ。
クラスが違うどころか、学年が違う陰山さんには無理だろう。
ならば、同じクラスの中野以外の人は?
まず俺のクラスの中で、俺が名前を知っているのが陽川と中野と上沢と中上だ。無論、中上と陽川は論外。そして、中野が無理になった。
なら、上沢か?だが、あいつに頼むのは……
「おい!私ならできる。だから、任せろ」
そう、いつになく男らしく言ってくるのは、俺の妹(?)である陰山さんだ。
「できる、か?」
「できるし」
「任せるぞ?」
「任せるし。てかさ、なんであんたがそんなに上から目線なわけ?」
「お、おう。悪い」
「まあ、これについては家に帰った後で」
とだけ言って、陰山さんはくるっと回転し、どこかへ歩いていってしまう。
不安要素はあるが、なんとかなりそうな気がする。
「あ。そう言えば、何で中野に頼んじゃダメなのか聞くの忘れたな……」
◇◇◇
少し前から、そんな気はしてた。
最初におかしいと思ったのは、木曜日。
私が、陽川さんの話をあいつにした日の夜。なんでか知らないけど、あいつは一晩中なんかの作業をしてた。
静かになったタイミングを見計らい、入ってみると、あいつの机の上には、なんかよく分からない黒く塗りつぶされた紙があった。
不気味で不思議だったけど、また中二病にでもかかったのかな、程度に考えていた。
でも、金曜日にはなぜか神妙な顔で、さらになぜか鞄も持たずに手ぶらで帰ってきた。気になったけど、別に大したことでもなさそうだったから話しかけなかった。
そして、土曜日。
緑姉から電話がきて、あいつの電話を教えてって頼まれた。
そう頼んだ緑姉の声は、どこか不安そうで私も不安になった。
そして、昨日にも、何か変化がないかどうか緑姉に電話をされた。なんか、昨日の朝、あいつと中上が二人で話していたらしい。
私も何かおかしいと思っていたから、今日の昼休みにあいつの話を聞こうと思ってた。
でも、なんでかあいつはパンを買いに行くわけでもなく、他のクラスへと向かった。
そして、あいつはある先輩を連れて屋上の方へと向かっていった。
幸運にも、その先輩は私とちょっとした関わりがあったから、少しだけ話を聞くことができた。これ以上は話せないって言われて、あまり聞くことはできなかったけど。
でも、少し聞いただけで確信した。
――あいつは、自分を犠牲にしようとしている
だから、私はあいつが降りてくるのを待ち、緑姉にあいつが頼み事をする前に、それを阻止した。
緑姉ならば、作戦の全貌を聞かなくても、あいつに協力するだろう。そして、それがあいつにとっては望ましいはずだ。
でも、それでは駄目だ。
あいつは理解できてない。自分も経験者だというのに、理解できていないのだ。
――好きな人を自分で傷つけることが、どれだけ辛いのか、あいつには理解できていない。
次回から、合唱コンクール当日です。
当日の話は、結構長いですかね。
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