第十二話 「迷い」
「取り返しのつかないことって何だ?」
突然放たれた意味不明な言葉に、俺は言われた言葉をそのままに聞く。
「あなたがまたこの前のようなことをするんじゃないのかってことよ」
何か説明してくれたらしいが、そう言われても理解できない。
「もう少し詳しく」
中野は、そんなこともわからないの?って目でこちらを見てくるが、今の言葉だけで分かる方が凄いだろ。
「陽川さんのいじめの原因は分かってるわよね?」
「中上のツイートだろ?」
「ええ。それが直接の原因。でも、その前に一つあったでしょう?」
「俺……のことか」
正直な話、中野に陽川のいじめの原因を聞かれて、先に思い当たったのはこちらの方だった。
「えぇ。そのことよ。あなたの放送――といっても発案者は私だけどね――によって、陽川さんは周りから疑念の目で見られるようになった。と同時に自分の正しさが信じられなくなった」
こうして俺が原因で作り出された、陽川の隙。そこを、元から陽川のことが嫌いだった中上が突いた、ということなのだろう。
なら、やはり陽川は俺のせいでいじめられたといっても過言ではない。だから、俺が責任を……
「違うわよ。元々、中上は陽川さんを狙ってた。黒人君のせいじゃない」
「あ、いや、ちょっと待て。話がズレてる。取り返しのつかないことが何かって話だっただろ?」
今は陽川のいじめの原因についての話になってしまっている。
「別にズレてはいないわよ?同じ話をしてるわ」
「陽川を助ける時に俺がする取り返しのつかないことと、陽川のいじめの原因に何の関係があるんだ?」
「ここまで言ってるのに、何で分からないのよ。あなたが自分を守るためにした行動があの放送。そして、その放送によって生まれたのが陽川さんへのいじめ」
「な、なるほど。つまり、俺が陽川を助けることで、また誰かが傷つくってそう言いたいわけだな」
「ええ、そうよ。それでも……それでもあなたは、陽川白乃を救うの?」
「それは……分からない」
実際に俺が陽川を助けることで誰かが傷つくだなんて証拠はない。放送が原因になったのは、単なる偶然なのだから。
それならば、なぜ躊躇うのか。中野が言っているのは根拠のない嘘だと、なぜ一蹴しないのか。
それは、あの子が原因なのだろう。
俺が助けようとしたことで更に傷つくこととなった彼女。その結果、本人からもう関わるなと言われた。
その過去があるからこそ、今中野が語った、俺が助けようとすると誰かが傷つくという話が真実に聞こえてしまうのだ。
あの子への負い目から陽川の救済を決意し、あの子への負い目から陽川の救済の決意が揺らぐ……。
緑、俺はどうするべきなんだ?
「ま、いいわ。あなたのが冷めてもいけないし、食べましょ?食べ終わったら、買い物再開ね」
「お、おう」
そう言って、俺の昼食のラーメンに目を向けると、もう麺は伸びてしまっていた。
ん?そう言えばこいつ、冷やしうどん頼んでたぞ?もしや、ここで長話をするの見込んで?てか、こいつから話しかけてきたんだから見込むも何もないか。
ここでの長話を考慮して昼飯を決めてたとしたら、俺にそれを先に言えよ、中野。
◇◇◇
「結構、疲れたわね」
人で混雑している駅から出て、中野はそう言ってきた。
なんか疲れた感出してるけど、疲れたのはお前じゃなくて荷物持ちの俺だぞ?てか、お前買いすぎだろ。
「はぁー、本当に疲れたぞ」
「ありがとうね。荷物持ち、してくれて」
「い、いや、まあ、暇だったから別に構わないんだけどな」
「もう結構な時間になってるわね」
「そうだな……もう四時か」
「ええ。だから、寄り道しないで帰りましょうか」
「そうだな」
てか、俺には寄り道なんて選択肢は元々なかったけどな。
だってここもう俺の家の近くだし。てか、そのこと考えて歩いてたんじゃないのか?適当に歩いてたら俺の家の近くだったってだけ?
「あ、てか、お前の家どこだ?荷物重いから運んでいってもいいぞ?」
「え、あ、じゃあ、そうしてもらおうかしら。えーと、私の家は……やっぱりいいわ!」
途中まで普通に俺に家への道筋を教えようとしていた中野は、突然何かに気づいたかのように、慌てて断ってきた。
「え?ど、どうした?」
「別に、なんでもないわよ。お母さんと鉢合わせしたらバレてしまうもの……」
中野が何かごにょごにょ言っているが、聞こえない。
しかし、俺の少ない経験上、中野はここで何て言ったのか聞いても教えてくれないし、ここは聞かないでおこう。
「それじゃあ、私はここで」
「あ?そうか。なら、ほらよ」
俺はドサドサ、と荷物を地面に下ろす。
かなり重いわね、と言いながらも中野は荷物を全部持ち、そして俺とは反対方向に向かう。
「じゃあね、黒人君」
「あ、ああ。じゃあな、緑」
「え?緑って?」
「あ」
思わず、口から溢れでた『緑』という名前。
「ねぇ、もしかして黒人君……」
「あ、いや、違う。言い間違えただけだ」
「中野と緑をどうやって言い間違えるのよ?ねぇ、黒人君、あなた……」
「違う、違う。お前の名前が緑だろ?だから、思わず緑って言っただけだ」
「でも、あなたはこれまで緑なんて呼んだことなかったでしょ?」
「違う。そういうことじゃ……ない。俺は帰るぞ。また明日な」
そう言って、俺は中野の返事も聞かずに歩き出した。少しずつ、早歩きになり、途中から俺は走り出していた。
しばらくの間、中野の視線を感じていたが、俺が角を曲がると、中野も家へ向かったようだった。
それにしても……
「俺は、なんで『緑』なんて言ったんだ?」
俺が、中野のことを『緑』だと思ったから?
「違う、違う、違う。そんなわけがない」
あいつの名前が、中野緑だから、それで緑って呼んでしまっただけだ。俺は、『緑』と呼んだわけではない。
そうだ。
あいつは、『中野』なのであって、『緑』ではないのだ。
だから、これはただの言い間違い。そうだろ?
そうに決まってる。
それに、今はそんなことよりも陽川のことを考えなければならないんだ。
俺が陽川を助けるべきか、否か。
そんなことを考えながら、俺は帰路についたのだった。
◇◇◇
月曜日。朝。HR前。
俺は、普段とは違う行動をしていた。
普段の行動とは、勿論学校に来てすぐに机に突っ伏して寝ることである。
それでは、今日は何をしているのか。
俺は、自分の机の前に来ても座らずに、そのまま歩き出す。一度座ってしまうと、決意が鈍りそうだからだ。
そして、俺はある目的の人物の机の前で立ち止まる。
そいつは、俺が目の前に現れたのを見ると、少し驚いたかのような顔をした。
それはそうだろう。俺だって、自分がいきなりリア充に話しかけていることに動揺している。
「何しに来たんだ?」
そいつは、中上黄花は、そう問いかけてきた。
「中上、少し来てくれ。話したいことがある」
そう言うと、中上の取り巻きたちは、クスクスと笑い出し、『え、告白〜?』とか茶化している。
しかし、今はそんなこと無視だ。
「中上、少し来てくれ」
「いいけど?別に」
俺は、今決めるのだ。
陽川白乃を助けるのか否か。その決断を。
昨日は更新できず、申し訳ございませんでした。
しかも、事前に予告もできませんでした。本当に申し訳ない。
ブクマと評価と感想、ありがとうございます。




