第九話 「覚悟」
「すみません、遅れました」
日付は変わらず、木曜日の放課後。俺は、そう告げながらある部屋に入った。
「あーーー、君は……陰山君だったかな」
「はい、そうです。昨日の会議に参加できなかったので今日……」
「そうだったね。取りあえず、座って」
俺は、そう促されて席に腰掛けた。ここは学校内のとある会議室だ。
それなりに広いこの会議室の中にいるのは俺と、最初からいた俺に返事をする男の二人だけだ。
「君は、一度も会議に出席してないから知らないだろう。僕の名前は、御郷銀次。合唱コンクール実行委員会会長だけど、同学年だからタメ口で構わないよ」
「お、おう。それで、俺の役割について……」
「君、昨日の会議に参加しなかったんだから、何の役職に決められても文句はないよね?」
「あ、はい」
「良かった。駄々をこねられてもこちらが困るからね。それで、君の役割は当日の裏方だ」
「というと?」
「いや、裏方だけど」
え。は?
そう言われても意味が分からないからわざわざここに来たんだけど。こっちは、お前が五時半に会議室って言ったからわざわざ二時間近く学校に残ってたんだからな?
頭の中だけで、御郷という男に暴言を吐いていると、御郷はフッと鼻で笑う。
「裏方と言われても分からないっていう顔をしているね。まあ、仕方ないか。それと、まだ君の詳しい役割は決まってないしね」
は?
当日の裏方ってだけ決まってて、他には何も決まってないのか?こいつ、何のために俺を五時半に呼び寄せたんだよ。
「うん。だから、明日、またこの時間にここに来てくれ。君の詳しい役割を決めるから」
「そうですか。それで、俺は今日、何のために呼ばれたんだよ」
「え。裏方って伝えるのと、明日の集合時間を伝えるためだけど?」
は?そんなこと、俺に今日ここに来いって伝える時に出来ただろ?馬鹿なの?
「それに、君がちゃんと来るのかどうか確かめたかったからね」
そっか。明日は来ない。
◇◇◇
「た、ただいま……」
そう小さく口にし、俺は階段を目指して廊下を進んだ。
一歩一歩、ゆっくりと。音を立てないように。しかし、階段に一歩踏み出した時、ミシッと床が軋んだ。
バタン、と居間の扉が勢いよく開く。予想通り、そこから飛び出して来たのは、陰山さんだ。
俺は、そのまま階段を駆け上がろうとしたが、服を掴まれ、身動きが取れなくなる。
俺は運動神経悪いから仕方ない。陰山さんは逆にスポーツ万能である。
普通、兄妹なのにここまで差が出るか?
「ねぇ」
陰山さんはそのまま俺の服を引き、俺は後ろに倒れそうになりながらも、廊下に再び戻る。
「な、なんですか……?」
「ねぇ、あんたこれ見た?」
そう言いながら陰山さんが見せてくるのは、スマホの画面。しかも、それはツイッターだ。
この時点で、何が映ってるのかを見なくとも、何が言いたいのかを大体は理解した。
「……陽川の話か?」
「ん?あ、うん。そうだけど。てか、なんであんたが知ってんの?」
「昨日、陽川の友達に何か文句言われたからな」
「てことは、やっぱり……。この陽川さんがいじめた人ってあんたの事なんだよね?」
「多分そうだと思うけど」
「あんた、本当にいじめられたわけじゃないでしょ?」
「お、おう」
そう返すと、なぜか陰山さんは居間に戻っていった。
え?何?これもう戻っていいの?戻るよ?
と考えている間に、陰山さんは居間から椅子を一つ持ってきて、俺の前に置き、座った。
うわ、長くなりそう。
「あんたが本当にいじめられたわけじゃないなら、撤回したらどうなの?」
陰山さんは、脚を組んでそう問いかけてきた。
しかし、その件については既に昨日答えが出ている。
「陽川本人からやるなって言われた。俺がやった所で、あいつの熱狂的なファンかあいつ自身がやったと思われるだろうってさ」
「あっそ」
「それにしても、なんで陰山さんが陽川のことを気にしてるんだ?」
「ま、あんたよりは関わりが深いしね。私、高一だけど先輩たちと結構親しいから」
「そうか」
「まあ、確かにあんたが撤回した所で、誰も信じたりしないか……」
多分、陰山さんが陽川のことをここまで真剣に考えているのは仲がいいから、というだけではないだろう。
きっと、あの放送が原因だと知っているから。そして、その放送が自分のやったものだから。
それを言ってしまえば、俺にだって責任がある。
元はと言えば、俺のための放送だったわけだし、陽川がいじめたと疑われているのだって俺だ。
考えれば考えるほど、俺に責任があるように思える。俺が何かしなければならないように思える。
でも、俺では何もできないということも、分かりきっているのだ。
だから、俺には何もできないから、気休めなんてことは言えないが……
「陰山さんが気に病む必要はないんじゃないか」
「はぁ?ウザ。キモい。早くどっか行け」
陰山さんの逆鱗に触れてしまったのか、陰山さんは急にキレだして椅子から立ち上がる。
そして、俺に思いっきり、膝蹴りをかましてきた。
「痛い、痛い!蹴らないでください!」
そう言いながら、俺は階段を駆け上がっていった。
◇◇◇
「はぁー」
部屋の中で、何度目とも知れないため息を漏らす。
合唱コンクール、陽川と考えるべきことが多い。いつもなら、ただ自分に向き合うだけでいいというのに。
ふと、スマホを手に持った。この行動も、この一時間で何回もしている。
そのままフォロー0フォロワー0のツイッターを開き、陽川のあの噂について書かれたツイートを表示する。
そして、返信の画面を開く。特に、何を見るわけでもなく、ただ下に下にスクロールしていく。
すると、ある返信が目についた。
『誰か、助けてあげてよ』
ああ。聞き覚えがある。
なんだったか?誰の言葉だったか?
そうだ、他ならぬ自分の言葉だ。忘れるはずもない。
あの時に、自分から動かず、ただ祈った。
自分には何もできないから、という都合のいい免罪符を使い、何もしようとしなかった。
だから、誰かが何とかしてくれる、という都合のいい幻想を抱いて、自分を庇った。
『何もしない』と『何もできない』を同じだと考えていた。
自分に何かができないのなら、他の行動を取ればいい。祈るのではなく、自分から助けてくれる人を探しにいけばいい。
そうだ。あの後、あれほど後悔した。
あれだけ、もうしないと心に誓った。
なのに、俺はまた繰り返すのか?
いや、そんなことは許されない。それは、ただの侮辱だ。あの子への。いや、緑への。
その後、俺は半ば狂ったかのように、紙に考えを書いては塗り潰し、書いては塗り潰しを繰り返した。
そして、夜中の三時を回ったくらいに、俺は電池が切れたかのように眠りについた。
ブクマと評価と感想をありがとうございます!
あと5話程で、合唱コンクール当日を迎える予定です!




