第四話 「面談」
走って階段を降りていくも、体力がないせいで息が切れて立ち止まった俺に、中野は難なく追いついた。
そして、無言で二人で歩くこと数分。
既に授業が始まっているだろう教室に、後ろのドアから音を立てないのうに静かに入る。
しかし、気付かれないはずもなく、クラス中からの視線が集まった。
俺という人間は、三人以上からの視線が集まるだけでキョドるというのに、今は三十人以上からの視線が集まっている。
その状況に俺がキョドらないはずもなく、というかキョドることもできずにその場で地蔵になる。
その固まった俺を動かしたのは、先生のある言葉であった(この言い方だと、めっちゃドラマっぽい。だが、実際はそんなことはない)。
「おっ。中野と陰山がやっと戻ったか。停学組がわざわざHR前に出て行って、何をしてたのかなー?ま、それはいいとしてだな。お前ら、合唱コンクール委員会に決まったから。そこんとこ、よろしく」
は?
合唱コンクール委員会だと?
「あ、お前らには言ってなかったか。なにせ、停学してたからな。来週の水曜日、つまり十日後に、合唱コンクールあるから。それと、お前ら実行委員だから」
ここで陽キャであれば、「えー、うっそー。嫌なんだけどー。誰か代わってくんない?」みたいなことを言うだろう。
正直、俺も同じことを考えている。しかし、俺の代わりになってくれる奴などいるはずもない。だから、言うだけ無駄なのだ。
「嫌よ。誰かと代われないんですか?」
しかし、中野は言った!
さすが、ファンがいるぼっち。ただのぼっちじゃないとは思ってたぜ!
でもね、中野さん、それじゃ聞こえないよ?半径五十センチ以内にいる俺ですら聞き逃すところだったからね?
そんなわけで、中野の抗議は先生には届かず、先生はそのまま話を続ける。
「まあ、お前らはこの一週間停学していたから、歌の練習ができていないしな。それに、HR前に勝手に出て行ったことと、停学したことへの罰もかねている。適任だろう」
最初の二つの理由は分かる。でもね、先生。停学は罪ではなく、罰ですよ?
正直に、誰もやりたがらなかったから、その場にいなかった隠キャに決めた、と言いなさい。
まあ、そういうわけで、俺と中野はめでたく合唱コンクール実行委員に決まったのであった。
◇◇◇
「それで?赤音ちゃんは、休日どうやって過ごすの?」
「えーっと、やっぱり?友達と遊びに行ったり、みたいな感じかなー?」
「こら、赤音。先生には敬語を使いなさい」
合唱コンクール実行委員に決定、という意味不明なことがあり、そこから時間が経って既に放課後。
俺は、停学前から言われていた五者面談をしていた。
しかし、ここで一つ言わせて頂きたい。
五者面談で、なんで陰山さんの私生活について話してるの?なめとんのか。
勿論、最初はあの日の話だった。「放送部の備品を勝手に使っちゃ駄目だよねー」みたいな、そんな話だったのだ。
しかし、その話は次第にずれていき、いつの間にか陰山さんとお母さんと陰山さんの担任の三人での世間話になっていたのだ。
あれ、俺の担任は?
さっきから一言も話さない後藤先生が気になり、そっちの方を向く。
彼女は、乾いた笑い声を漏らしながら、たまに頷き、適当な相槌を打っている。
うーん。確かに、陰山さんは後藤先生からしたら知らない生徒であるし、『停学・ギャル・俺の妹』と三拍子揃えば、気安く話しかけることもできないだろう。
そうして会話に上手く入れずに、気まずげにしている先生を見て、俺はどこか親近感を覚え、少し気の毒には思ったが、助け舟は出さない。
だって、あの先生ったら俺がいない時に勝手に実行委員会に決めたし。ぼっちの力を借りたければ、まずはぼっちを助けるべきである。
大体、俺みたいなコミュ力モンスター(悪い意味)が助け舟を出せる筈もないのだ。
俺がじーっと見ていたことに後藤先生が気づき、目が合った。
後藤先生は、引き攣った笑みを浮かべている。その目が『助けろ』と雄弁に語っていた。やっぱり、この蚊帳の外な感じはかなり苦しいのだろう。
ま、この人口調的に根は陽キャそうだからなー。
しかし、さっきも言ったが助けたくても助けられる筈もない。だから、俺はそっと目を逸らした。
もう少しの辛抱だ。俺は、この面談が15分で終わると見積もっている。俺の読み通りならば、あと五分足らずで終わるだろう。
それまで耐えればいいだけの話だ。俺はこの道のプロだ。気まずい空気に耐えることには慣れている。
しかし、後藤先生にはそれが出来なかったらしい。いるよなー、何か話していないと落ち着かない奴。
陰山さんとその担任との世間話が一区切りつくと、先生は、
「そういえばですね!黒人君と、私のクラスの中野さんという生徒が、今朝HR前に抜け出しまして、その後二人で帰って来たんですよー」
というどうでもいい話をしてしまった。
必ず白ける。陰山さんの話で盛り上がっていた今、誰も興味がない俺の話をしたところで白けるに決まっているのだ。
事実、一瞬この部屋は静まり返った。しかし、その後その静けさを取り戻す勢いで、
「緑ね……中野先輩が!?何しに!?」
「緑ちゃんが!?何しに行ったんですか!?」
と、お母さんと陰山さんの二人は、予想以上の食いつきを見せたのだった。
「え!えぇ?!」
自分からその話を振った後藤先生ですら、この驚きようである。
その後、五者面談は俺の予想を15分オーバーして続き、俺と陰山さんの担任は、お互いに苦笑いを浮かべ、気まずい20分を過ごしたのだった……。
俺は、後藤先生への復讐をこの胸に誓ったのであった……。
◇◇◇
五者面談が終わった後、お母さんと陰山さんは俺の数歩先を、帰りに何を食べるかなんて話をしながら歩いていた。そして、俺はその後ろをとぼとぼとついて行く。
すると、突然二人の歩みが止まった。
何かあったのか?と二人の視線の先を見るに、そこには中野が立っていた。
「あ、中野先輩!」
「緑ちゃん!?」
と口々に叫び、陰山さんとお母さんは、それぞれ中野の所へと駆け寄っていった。
「こんにちは、赤音ちゃん。おばさんも、お久しぶりです」
と、中野は恭しくお母さんに一礼する。
それにしても、久しぶりということは、中野にはお母さんと面識があったのだろうか。
陰山さんの友人として家にやってきたのだとは思うのだが、この自宅の守り人たる俺に気付かれないとは、中野さんはまさかの忍?
なんて益体のないことを考えていると、突然お母さんに声をかけられる。
「黒人、あなた、自分の鞄取ってきなさい」
陰山さんの方を見ると、彼女は自分の鞄を持っているようだ。ならば、従わない理由もないので、俺は自分の教室に向けて歩き出した。
早く戻って女だらけの場所に再び放り込まれるのも嫌なため、せめて中野が帰るまで、とゆっくりと俺は歩いていった。
そしてのんびりと十分ほど時間をかけてさっきの所まで戻ってくる。しかし、そこにはお母さんと陰山さんの姿はなく、あるのは中野の姿だけであった。
「あら、黒人君、遅かったわね」
「お、おお。あの二人は?」
「ご飯食べるって言って、先に帰ったわよ」
なんて自分勝手な……。
「それで?何でお前は残ってんの?」
「あなたと食べて帰れって言われたのよ。ほんとに、良い迷惑」
と、なぜか微笑みながら中野は言った。
え、なんで俺が夕食を誰と食べるか勝手に決めてんの?まあ、いいや。とりあえずここは。
「俺、お金持ってくるの忘れたから」
と、断りを入れておく。お金が理由なら、無理に行かせることはできないはず。
「大丈夫よ。おばさんから、あなたのご飯用のお金は頂いているわ」
そう言って千円札を取り出すと、そのまま中野は歩き出した。本当に、このまま俺と夕食を食べるつもりなのだろうか……。
えー。というより、なんでお母さんってばここまで用意周到なんだよ。
ま、いっか。自分の金を使って飯を食べずに済むなら、それはそれで。そう考えると、お得なことに思えてくる。
でも、あれ?このお金後で請求されたりしないよね?
俺は、ちょっとした不安を抱きながらも、先に歩き出した中野の後を追って、俺も歩き始めたのだった。
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