第三話 「屋上には入れない」
「中上さんとは、何の話をしていたの?」
と、後ろから声がかけられる。
後ろを振り向くと、そこにいたのは中野緑だ。鞄を手に持ったままで、登校してきたばかりなのが分かった。
「あー、少し世間話を……」
陽川白乃へのいじめがどうとか、そんなことを言えるはずもなく、俺は適当に誤魔化す。
「へー」
中野は、白けた目で俺を見てくる。明らかに信じていない。ま、それも当たり前といえば当たり前のことなんだけれど。
「で、本当は?」
中野は再び聞いてくる。その視線は、俺が先程まで見つめていた先――陽川白乃に向けられている。
「ちょっと来て」
そう言うと、中野は俺の服の襟を掴み、引っ張ってきたが、俺はそれに応じない。
「HR始まっちゃうだろ?」
「えぇ、そうね。じゃあ、少し付いてきて」
あ、こいつ人の話聞いてない。というか、俺の意思など気にしていない。
「いや、でも、ほら?」
「さっさと来なさい」
「あ、はい」
中野は自分の鞄を俺の机に置き、その後堂々と教室後方の扉へと歩き出す。
追いかけないという選択肢もあるが、まあ、ここは追いかけるべきだろう。ていうか、俺の机は荷物置きじゃないんですが……。
「おーすっ。みんなー、もう全員いるか?席につけー」
という、先生らしくない言葉遣いと共に教室に入ってきたのは、このクラスの担任の後藤先生である。
「おい、中野、HR始まるぞ」
小走りで中野に追いつき、耳打ちする。
「別に大丈夫よ。あの先生、HRでは雑談しかしないもの」
そういう問題じゃねぇだろ……。と思いつつも、取り敢えず中野の後を追う。
「今日の一時間目は私だから、一時間目の最初までHRを延長しまーす。前々から言ってあった通り、今日は……」
そこで、後藤先生は言葉を切る。
「おーい。中野と……陰山?席に戻りなさい。HRを始めるぞー?」
おいおい、担任この野郎。
何で俺の名前だけ疑問形なの?うろ覚えなの?
まだ6月の頭とはいえ、自分のクラスの生徒くらい覚えようね?
俺は、そのことについて文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、中野は気にしていないらしい。中野は、そのまま一度も先生の方を向かずに、ドアを開けて廊下へ出た。
というわけで俺も、先生の「ま、まさか反抗期⁉︎」という声を背中に受けながら、廊下へ出て行ったのだった。
◇◇◇
「え!?何このドア!開かないのだけれど!壊れてたの!?」
中野は、屋上へと続く扉を開けようと、一生懸命引っ張っているが、それが開かない理由を俺は知っている。
「いや、そこの鍵は陽川しか持ってないらしいぞ」
「え。そうなの?これまでは何で入れたのかしら?」
もしかしたら、案外陽川はずぼらなのかもしれない。こいつが来るときはいつも開いているというのなら。
「あ、でもそうかもしれないわね。陽川さん、私が来る時はいつもいたし。それに、私がチャイム直前まで屋上にいても、私の方をじっと見て、私が戻るまで残っていたし」
いや、それ大して仲良くもないお前に屋上から出て行けというのも気が引けて、お前が出ていくまでずっと待っていただけだから。
めっちゃ迷惑かけてるぞ?
「まあ、いいわ。ここで話せばいいわ」
といって、中野は屋上への扉を背にして座る。俺も、少し距離を空けて隣に座った。
「ああ、そうだな。それで?何で俺をここに呼んだんだ?何か理由があるんだろ?」
俺は、できるだけ早く教室に戻りたくて、早く本題に入ろうとした。
今日はさっきの後藤先生含む五人で、面談を行うのだ。さっき抜け出したことで、何か言われたりしたら嫌だ。
とはいっても、面談では九割近くが俺ではなく陰山さんの話になるだろうが。
「だから、あなたが中上さんと話していたことよ。何についての話だったの?もしかして、こくは」
「実はな、陽川についての話をされてた」
ここは、早く戻るためにも焦らさずに単刀直入に中上との会話を言うべきだろう。
「陽川さん?もしかして、あの、陽川さんがいじめられたとか?」
「ま、そんなとこだ。それより、何で知ってたんだ?」
「クラスラインで、なんだかいつもよりも陽川さんの発言が少なかったから」
え?引くわ。なに、こいつ陽川のファンか何かなの?陽川ラブなの?
その考えが顔に出ていたのか、中野はぶんぶんと首を振る。
「今までは、全部の話が陽川さんに振られてたのよ」
「ん?どういうことだ?」
「例えば、『これどう思う、陽川さん?』とか、『そう思うよねー?陽川さん』みたいな感じでね。それで、その度に陽川さんが返事をしてたんだけれど……」
「それがないってことか」
「ええ。嫌われたって感じではなくて、触れてはいけないみたいな空気があるみたいな感じね」
「そうか」
「大体、黒人君も気づかなかった?」
「俺は、クラスライン入ってないから」
そう軽く言ってみると、中野は『あ、えーと』と、頑張ってフォローしようとしてくる。
「入れてあげてもいいわよ?」
何で上から?いや、まあ確かに入れてもらう側ではあるんだけどね……。
「いや、別にいい。というより、大体俺とお前ってライン繋がってないだろ?」
「それなら、ライン交換しても……」
中野の声が、段々と尻すぼみになっていく。
「いや、いらん。で?話は終わりか?戻る?」
「黒人君、あなたどれだけ早く戻りたいわけ?何?何かあんの?」
え。何か急に言葉遣いが荒いですわよ、中野さん。俺何か間違ったこと言った?ラインの交換拒否しただけなんだけれども。
「まだ、陽川さんの話をしただけよ。あなたが中上さんに何を話されたのか、聞いてないわ」
早く戻る必要はあるし、中上との会話は人に話すべき内容でもないだろう。
でも、まあ、こいつになら、本当のことを話してもいいかもしれない。
今朝の出来事を全て包み隠さず話した。すると、聞き終わった後の第一声は、
「上沢って本当に気持ち悪いわね」
であった。
いや、わかるけどね?気持ち悪いけどね?俺がメインに話したのはそっちじゃないぞ?
「でも、中上さんと陽川さんの話なら、可哀想とは思うけれど、私たちにはどうにも出来ないわ。私たち、ぼっち同士だもの」
クラスラインにも入っていて、ファンまでいるような奴がぼっちだと!?ぼっちについて、一から教えてやるぞ、こらぁ!
と少し怒りたくなったが、実際彼女はぼっちなのだ。
俺とは全然違うが、今の陽川とは少し似ている。嫌いではないが、話しかけるべきではないという空気があるのだ。
本当に面倒くさいね、そういうのって。その点、俺は空気なんて読まずに済むから楽である。
「なら、戻りましょうか」
「ああ。それにしても、俺をここまで連れてきて、俺が中上に何を話されてると思ったんだ?」
「わ、私は、中上さんが黒人君に告は……いえ、なんでもないわ。あなたみたいな隠キャぼっちがいじめられてるのかと思ったの」
「ああ、そうかよ」
「ええ、そうよ」
と言って、中野は立ち上がった。それを見て、俺も立ち上がる。
中野は、そのまま階段を降りて行こうとする。しかし、その光景を見て、この前の出来事を思い出した。
「おい、中野!そこ滑るから気をつけ……」
何も知らずに歩き出す中野を止めようと、走り出したが、不幸にもそのせいで滑る床に足を取られる。
ツルッ。
「へ?」
ドン、ガタ、以下略。
そのまま踊り場まで転がっていった俺を、中野が冷めた目で見ている。そして、ため息をついた。
「私が、何回ここに来たことがあると思っているの?それと、人を注意するなら、まず自分が気をつけなさい」
その言葉を受け、俺は赤面し、声を叫びながら階段を駆け下りていったのだった……。
だから、
「黒人君ったら……」
という、中野の呆れる声が俺に聞こえることはなかった。
五時台投稿できませんでした。ごめんなさい。
というより、これからも投稿時間は少し前後するかもしれません。
ブクマと感想と評価をありがとうございます。
これからも頑張って参りますので、どうかこれからも読み続けてください。




