第一話 「上沢灰悟という野郎」
これからしばらくは日常(?)な回が続くかと思います。
ジリリリリ、という目覚ましの音に起こされる。
朝だ、ということは分かったが、起きる気力がこれっぽっちも湧かなかった。
停学の四日と土日を合わせ、六日間の休みがあったため、登校は実に一週間ぶりだ。そして、一週間も自堕落な生活を送っていると、学校に行くのが嫌になる。
しかも、停学前最後の月曜日、俺はトップカーストの上沢灰悟に復讐をした。
このぼっちの代名詞とも呼べる陰山黒人に、その後どうなったか聞く友人がいるはずもなく、俺はこの一週間、逆ギレされて復讐されるのでは、なんて考えてビクビクしていた。
さらにさらに、今日は母と陰山さんと俺の担任と陰山さんの担任と俺の、五人で面談をするのだ。それが憂鬱で憂鬱で仕方なかった。
しかも、停学中に5月から6月に入った。6月は、ジューンブライドなどというが、しかし、マリッジブルーなんて言葉もあるわけで、要するに6月はブルーなわけである(自分でも意味不明)。
だから、サボってもしかたない。
俺は、今日ずる休みすることを決心した。
◇◇◇
朝のHRが始まる前の空き時間、俺は少し拍子抜けしていた。
誰もあの日のことを気にしていないようだったのだ。誰も俺に話しかけないし、まず誰も俺のことを視界に入れようとしない。
結局は元通りになると感じていたが、停学あけ初日である今日は、好奇の目に晒されたり、調子に乗ったリア充が絡んできたりするかな、とは思っていたのだから、僥倖だ。
それにしても、こんなことなら今朝あんなに気負う必要は無かったな。
今日はサボる!と宣言した途端、陰山さんが『中野先輩が可哀想だろ!早く行け!』とマジギレしてきたのである。
そのせいで、今日は朝飯も食べずに涙目で家を出てきたまである。
俺は、特にすることもなく、机に突っ伏して寝たふりをしていた。
今日は陰山さんのせいで早く家を出ることになったため、HRまではまだかなり時間がある。しかし、やることは一つもないのだ。
そんな時、ぼっちな陰キャラが取ることのできる行動は、寝るか、寝たふりをするか、本を読むか、瞑想するか、トイレに行くかの五択である。
俺は、トイレに行くをほんの二分前に選択したばかりなので、寝たふりをするを次に選択することにしたのだ。
俺の席は窓際の列の、前から三番目である。冬の時期には寒いが、夏が近い今の時期は涼しいため、結構当たりの席だったりする。本来ならば。
しかし、実際はこの列の一番後ろに、名前は忘れたが(元々覚えていない)、ある陽キャラがいるため、後ろから喋り声が聞こえ、俺的にはうんざりだったりする。
でも、そんなことはどうでもいいのだ。正直、俺の周りに誰も近づかなければ別に構わない。
で、実際俺が、近づくなオーラを普段から出していることもあり、いつもはあまり人が近寄らず、十分満足なのだ。
しかし!なぜか、今日は俺の周りをうろちょろしている奴がいる!
誰も俺のことを気にしていないと安心し、寝たふりを始めたらすぐこれだ。
とりあえず、寝たふりを続ければ消えるだろう、とそのまま寝たふりを続行する。
しかし。うんんん、げほ、ごほ、ガハッ、ゴホッと鬱陶しい咳払いの音が聞こえて来る。ていうか、途中からマジで咽せてたよね……。
なんだ?と不快感を目に宿し相手を睨みつけると、目の前の男は、
「やぁ」
と片手を上げ、声をかけてきた。
男の格好を見て、俺はほぼ全てを悟った。
分厚い眼鏡に、ボサボサの黒髪。特に特徴と呼べるものがない男。つまり、ド陰キャラである。
おそらく、今のこいつなら友達になれるのでは、とか浅ましい考えを抱いて俺に話しかけてきたのだろう。
しかし、世の中そんなうまくない。
元いじめられっ子だからといって、別に友達を求めているわけではないのだ。
俺は、「ああ」とだけ返し、再び机に突っ伏した。
あからさまに興味がない感を出せば、向こうは勝手に消えてくれるはずだ。
「いやー、つれないなぁ。ねぇ、君、話さない?」
という独り言が聞こえて来る。断じて俺に話しかけているわけではないため、俺が言葉を返す必要性は皆無だ。
しかし……
「え〜……っと、ね〜ぇ、ねぇってば。えい!やっ!とう!」
と、『ワタシがやってきたぞっ』ばりにうるさくされると、流石に無視しきれなくなる。
「何だよ?鬱陶しいな?」
と半眼で睨みつけながら、男に問いかける。
「僕だよ、僕」
「ああ、そうね。僕ね。久しぶり。それじゃあ、さようなら。おやすみなさい」
と、三度机に突っ伏す。
「分かってないだろ、君。僕だよ、僕!上沢灰悟だよ!」
と言われると、無視できず、はぁ?と顔を上げ、まじまじと男の顔を見る。
上沢灰悟と名乗った男は、分厚い眼鏡をかけているし、髪もボサボサだ。うん、別人。
「ほら、どうだい?」
と、上沢(自称)は眼鏡を外す。
確かに、似ている。しかし、世界に同じ顔の人は三人もいるというし、髪がボサボサだ。うん、別人。
「別人だな。髪がボサボサで、ドがつくほどの陰キャラだからな」
「君は髪で人を判断するのかい!?僕は、正真正銘上沢灰悟だよ」
「そうだと仮定する。でもな、だとしたら何しに俺に話しかけてきた?」
俺は、上沢が俺に話しかけてくると半ば確信はしていたが、それはこんな風にじゃない。
もっと、逆ギレして『絶対に許さない』とか言ってくるものだと思っていたのだ。
「いや、友達になりにね。ほら、僕ってさ、ぼっちになっただろ?」
いや、知らねぇよ。どうでもいいよ。ついでに死んでこいよ、上沢(自称)。
「大体、お前が上沢だとすると、俺は被害者でお前は加害者だ。なんで、被害者と加害者が友達になるんだよ?」
「それは誤解だ。僕は確かに君に害を及ぼしたが、君もあの放送によって僕を孤立させた。要するに、僕は加害者であり被害者。君も被害者であり加害者。な?同じ立場だろ?友達になろうっ!」
刺し殺す!
これほどまでにカッターを持っていないことを悔やんだことはない。俺がまだ中二病を発症しており、カッターを常に持ち歩いていたならば、刺し殺せたというのに。
まさか、中二病卒業を悔やむ日が来るとは。俺の中二病ノートを母親の前で読み、無理やり中二病を卒業させた陰山さん許すまじ。
「お前と友人とか、悪い冗談だな。お前はどうか知らないが、俺はまだお前を許しちゃいない。だから、出直してこい。というより、一生俺の目の前に現れるな」
「そうか。でも、君には僕の友達になってもらうよ?君は中野さんと仲がいいみたいだからね」
ほほう、それが色々言って本当の理由か。
あれだけこっぴどくやられて、まだ好きだとは、こいつドMか?しかし、この一途さだけは評価すべきだろうか。
いや、俺は完全に嫌いなんだけどね。
「それに、僕は君が嫌いじゃない」
「おいおい、ルビを見ろ、ルビを。本音がだだ漏れだぞ?それにな、今は陰キャラになりきってるが、本性は陽キャラだろ?そんな奴とは関わりたくないね」
「いいや、そんかことないさ。僕は、いわゆる高校デビューというやつでね。元々はこんな感じの奴だったんだよ。だから、逆に陽キャラから元に戻れて晴々とした気分さ」
「あっそ」
「僕は諦めないよ。中野さんとも仲良くなりたいし、友達が一人もいないしねっ!」
と、全く格好よくない決め台詞を残して、上沢(自称)は自分の席へと戻っていった。
それにしても、図太い奴だ。俺を先々週にあんな目に遭わせた奴が、直接フレンド申請してくるとは。
もちろん、一秒の思考の余地もなく、申請は拒否だが。
時計を見ると、HRまであと10分あった。微妙な時間だ。まあ、寝たふり続行といくか。
と、本日何度目か分からないが、机に突っ伏そうとした。しかし、それは上からかけられた声によって止められることとなった。
「陰山君」
目の前の少女を見て、ハッと息を呑む。
いきなりこれを見せられるのは心臓に悪い。どうしたってドキッとしてしまう。
そこに立っていたのは、陽川白乃だった。
ブクマが怖いくらいに伸びている!ありがとうございます!
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