幕間 「姉妹」
「あー、一つ聞いていい?」
私の前に座る赤音ちゃんは、そう聞いてきた。
ここは、とあるファミレスである。私と赤音ちゃんは、二人でこのファミレスに訪れていた。
理由は、明日月曜日に決行する私の作戦の詳細を赤音ちゃんに話すためだ。
さっきまでいたスタバで話すこともできたのだが、あそこには黒人君がいたから却下である。明日バレるとはいえ、自分の告白を組み込んだ作戦を話すのは少し気が引けた。
だから、一度解散した後、赤音ちゃんと再びこのファミレスに集まったのだ。
既にファミレスに来てから三十分が経過していて、明日の作戦の全てを赤音ちゃんに話してあった。
とはいっても、赤音ちゃんにやってもらうのは放送だけなんだけれど。
「なに?」
我ながら良くできた作戦だと思ったが、不備があったのかもしれない、と思いながら尋ね返すと、想像していなかった質問が飛んできた。
「中野先輩ってさー、緑姉でしょ?」
「えぇ!?」
赤音ちゃんは、まるで明日何曜日?って聞く位の軽い感じで、そんなことを聞いてきた。
まさか、黒人君にもまだ気付かれていないのに、赤音ちゃんに気付かれるとは、思ってもみなかった。
大体、バレたくないわけではないが(むしろバレたい位だが)、簡単に気付かれるようなヒントは出していないはず。
いや、気付かれたことは嬉しい。……嬉しいんだけれど、やっぱり黒人君に先に気づいて欲しかった。
「いや、だって面識ない筈なのに私のこと赤音ちゃんって呼んでくるし、なぜかあいつと仲いいし、何より名前が緑だし」
「すごいわね……」
素直に感心してしまった。よく、昨日――いや、夜の一時だから今日か。今日電話をして、その後数時間直接会っただけなのに、数年も会っていない相手だと見抜いたのだ。
赤音ちゃんは、もしかしたら頭がいいのかもしれない。
「それで?当たってる、緑姉?」
確認口調だが、もう赤音ちゃんは確信しているようだ。私を『緑姉』と呼んでいるのがその証拠だ。まだ私が引っ越す前に、赤音ちゃんは私をそう呼んでいた。
「えぇ。そうよ」
「やっぱり。それにしても、緑姉の苗字変わってたんだねー」
「お母さんとお父さんが離婚したのよ」
「え。あ、これ聞かない方がよかった感じ?」
「いえ、全然。もう気にしていないから」
「そっか」
会話が一区切りつき、沈黙に包まれる。
会うのは数年振りだし、しかも二人ともかなり印象が違う。赤音ちゃんはギャルっぽくなったし、私は大人しくなったかもしれない。
だから、何を話せばいいのか分からず、黙ってしまったのだ。しかし、その沈黙は辛いものではなく、どこか楽しいものだった。
「それにしても、あいつは緑姉のこと、気付いていないの?」
赤音ちゃんが、先に口を開いた。あいつ、というのは黒人君のことだろう。
「えぇ、そうなの。まあ、でも、苗字も変わっているし、仕方ないかもしれないわね」
「でも、私は苗字違くても気づいたけどー?」
「え、ええ。それもそうなんだけれど……。ま、まあ黒人君はそういうのに鈍いっていうか……」
「ふーん、そ。そう言えばさ、緑姉のお母さん、まだこっちで校長先生やってるの?」
赤音ちゃんが、突然話題を変えてきた。ただ単に気になっただけで、そんな気はなかったんだろうが、それでも助かった。
黒人君が私に気付いていない話なんてしたくはなかった。悲しくなるから。
「えぇ。私たちが通っている高校の校長を」
「えぇ!嘘……!今まで気づかなかった……。そう言えば、あの校長先生も苗字が中野……」
気付かないのも仕方がない話だろう。実の娘である私でも、校長の時の彼女と母親の時の彼女は別人に思えるのだから。
そんな事を考えていると、赤音ちゃんは首を傾げて唸り出した。
「それにしてもさ、何で緑姉はあいつに自分のこと言ってないの?」
本当に、赤音ちゃんは話題を変えるのが早い。
「え?あいつって黒人君のことよね?」
「そう。緑姉は、あいつに思い出してほしくないの?」
「思い出して……欲しいけれど、できれば黒人君の方から気づいて欲しい、かな」
「あー、そっかー。緑姉らしいね」
と赤音ちゃんが感慨深げに言って、再び会話が途切れる。
私らしい、か。そんなことを言われたのは久しぶりだ。そんなことを言えるほど私を知っている人間に会うことがほとんど無かったからだろうか。
そう考えただけで、目の前に赤音ちゃんがいるということが、とても有難いことのように思えてくる。
「ね、ねぇ。赤音ちゃん」
「なに?」
気になっていたことが一つあった。実は、木曜日からずっと気になっていたこと。
昔は、あんなにべったりくっ付いていて仲が良かった黒人君と赤音ちゃんに、今は距離があること。
『陰山さん』、『あいつ』と呼び合っていること。黒人君があんなにも陰気な性格になってしまっていること。
それら全てが、私が消えてから変わった出来事だ。それならば、その原因は、もしかしたら……
「黒人君と赤音ちゃんの仲が悪いのって、私のせい?」
赤音ちゃんは、少し固まっていたが、その後ふるふると首を振った。
「確かに、私はあいつを緑姉のことで未だに憎んでいる。許せるはずもない。お母さんだって、完全には許してないし」
「それなら、やっぱり……」
「でも、緑姉のせいじゃない。私とあいつは、元々相性が悪かった。だから、いずれはこうなっていた。ただそれが早まっただけで、そのせいで仲が悪くなったわけじゃないよ」
「でも……」
「本当に、気にしないで。それに、あれに関しては悪かったのは全面的にあいつで、全然緑姉は悪くないし」
「そうかもしれないけど……」
「それを言うならさ、緑姉の方こそ、どうなの?あの時のこと、気にしていないの?直接は見ていなかった私とお母さんでも、あんなに怒った。なのに、緑姉は何も思わなかったの?」
そんなことはない。
でも、もう見つけている。私が、黒人君を信じるに値する理由を。
「私は、黒人君が好きだから」
はぁ〜、と赤音ちゃんはため息をつく。
「緑姉には敵わない」
でもね、と赤音ちゃんは言葉を続ける。
「でも、あのままあいつに関わろうとするなら、いつか必ず向き合わなければならない日が来るよ?その時、あいつがどんな行動をするか。また、逃げるかもしれない」
大変なのは、黒人君に思い出してもらうことではない。その先のことなのだ。
でも、その答えもよう決まってる。
「それなら追いかけるわ、今度こそ、どこまでも」
「そ。まあ、いっか。私には関係ないし?それじゃ、そろそろ遅いから帰んない?」
「ええ。それじゃあ、明日よろしくね」
「昼休み前に、旧校舎のあの教室に、放送の機材を用意しておけばいいんでしょ?」
「えぇ、お願いね」
「大丈夫だし」
「そう。なら、帰ろっか」
いつか向き合わなければならなくなる。
そうだとしても、今は今この瞬間は明るいことを考えていよう。
せっかく、久しぶりに妹と再会できたのだから。
これでおまけの話は終わりです。
二話共、中野についての話でしたが、本編で中野と黒人の過去に触れるのは少し先になりそうです。
ブクマと評価ありがとうございます!ブクマが遂に500を超えました!本当にありがとうございます。
感想も頂けると嬉しいです。
次回から二章に入ります。これからも読み続けて頂けると、幸いです。




