幕間 「母娘」
「陰山黒人くん、赤音さん、もう家に帰りなさい。次の登校は月曜日。それと、同じ日にあなたたちの担任を含めた五人で五者面談をするから、忘れずに」
「は、はい」
「はーい」
黒人君は、少し緊張気味に、赤音ちゃんは砕けた感じで返事をする。
そして、私が呼ばれていないということは……
「中野さん、あなたは残りなさい」
やっぱりか。この人なら、こうするとは思っていたけれど。
「え、どうして……」
黒人君は、そう言って不安そうな顔をしているが、赤音ちゃんは納得したようで、そのまま出ていこうとする。
「二人は帰りなさい。早く」
校長用の、値段の高そうな椅子に座る彼女は、二人に有無を言わさずにそう告げた。
「は、はい」
黒人君と赤音ちゃんは、もう何も言わずにそのまま校長室から出て行った。
まあ、この人かなり迫力あるものね。
「さて、話を聞かせてもらおうかしら、緑?」
「あ、あはは……。ご、ごめんなさい、お母さん」
はぁー、とお母さんは深くため息をついた。しかし、ため息をつきたいのはこっちも同じだ。
帰ったらお小言を言われる程度に考えていたのに、当てが外れた。呼び出しまで食らうとは。
まあ、月曜日まで停学というのは有り難いのだけれど。一週間経てば、私と黒人君への関心がなくなってきてるだろうし。
「ごめん、じゃないわよ。あなた、一度でも私の気持ちを考えた?また校長の娘がやらかした、なんて他の教員たちに言われるのよ……」
また、というのは去年の話だろう。去年、群がってくる男共が鬱陶しく、簡単に言うと少しやらかしてしまったのだ。そういえば、その時も、すぐに校長室に呼ばれたっけ。
「それに、娘の告白を聞く母の気持ちを考えなさい。とても恥ずかしかったわ。本当にすぐに放送を止めようと思った」
その時の状況を思い出したのか、お母さんは赤面し、再びため息をつく。
「それにしても、それなのに放送は止めずにいてくれたのね。私は、そこが一番不安だったのだけれど」
「まあ、あなたが告白した相手の声が聞こえた時に、これは本当の告白じゃないって気づいたわ。あなたが彼以外に告白するなんて、有り得ないものね」
「そ、そうね」
「でもあなた、二人とはちゃんと再会できたのね」
お母さんは、突然話題を変えてきた。ということは、お小言はもうこれで終わりなのだろう。今回はあまり長引かなかったみたいだ。
つまり、お母さんが本当に話したかったのは、放送の件ではなく、あの二人のことだったのだろう。
「二人って……黒人君と赤音ちゃんのことよね?」
「ええ。それ以外にいる?それにしても、この高校に黒人君が入った時は驚いたけど、あのあなたが一年以上黒人君を見つけなかったことにはもっと驚いたわ」
「黒人君、全然印象違ったからね……」
それに、お母さんが早く私に教えてくれればよかったのだ。お母さんが教えてくれなかったから、私が黒人君に気づいたのは、二年生になり、同じクラスになった時だ。
教えてくれていれば、高一の時には再会できていたというのに。
「それにしても、黒人君には気づかれていないのに、赤音ちゃんにはもう気づかれてるのね」
「この前、バレちゃったのよ。私としては、二人にはもっと早く気づいてもらいたかったのだけれど。特に黒人君には」
「自分から言えばいいのよ、あなたが。まあ、それをしないのは女の意地なんでしょうけど。でも、苗字も変わっているし、あなたの印象も変わっているし、気付いてもらうのは難しいんじゃない?」
お母さんの言うことにも、一理ある。緑という名前だけで気付いてもらうのは、少し難しいかもしれない。
だとしても、やっぱり向こうから気付いてもらいたい。それは、彼女の言う通り女の意地なのだろう。
「でも、赤音ちゃんは気づいたのだし、赤音ちゃんより親しかった黒人君があなたに気づかないなんて、おかしいわね。やっぱり昔の記憶を思い出さないようにしているのかしら……」
お母さんは、少し憂鬱そうにそう呟いた。
私も、それについては同感だ。黒人君に直接聞いたわけではないが、赤音ちゃんは未だにあの事を気にしていた。
それなら、より深くあの事に関係している黒人君が引きずっていないはずがない。
「まだ、初孫を見られるのは先みたいね……」
「何の話よ」
変なことを言うので睨みつけても、お母さんは全く動揺しない。校長という立場上、色々な修羅場をくぐり抜けて来たのだろうし、私など恐るるに足りないのだろう。
「私も、そろそろ仕事に戻るわ。あなたも帰りなさい。この話の続きは、また家に帰ってから」
そう言って、お母さんは立ち上がった。校長室から出ろ、という意味だろう。
ただ、その前に一つ言っておかなければならないことがある。
「ありがとうね、お母さん。停学も、私たちのためを思ってのことよね?」
そう言うと、お母さんはそっぽを向いてぶつぶつ話し始めた。
「違うわよ。ただ、悪いことをしたから相応の罰を下しただけよ。黒人君たちのためじゃないんだからね!」
どこのツンデレか、というくらいにツンデレな発言をしてくる。というか、この母に自分が五十過ぎであることを思い出させてやりたい。
「そっか。とりあえず、ありがとうね。それじゃあ、私は帰るわね。また後で」
「えぇ、また後で。でも、あなたたちのせいで帰るのが遅くなりそうだけれど……」
そんな恨み言を背に受けて、校長室から出る。
待っていたのか、少し先に赤音ちゃんが立っている。
「おばさんと挨拶したいんだけどー?話ってできる?」
「うーん、ちょっと今は忙しいかもしれないわね」
そう答えると、赤音ちゃんは少し残念そうな顔をした。
「まあ、仕方ないかー。また今度、挨拶すればいいんだし、一方的に見る機会は山ほどあるし」
「そうね。それはそれとして、赤音ちゃん、もう帰るわよね?」
「うん」
「なら、一緒に帰ろう?」
「う、うん!」
黒人君はまだ気付いてくれていないみたいだが、赤音ちゃんは気付いてくれている。
いつか、黒人君も気付いてくれるだろう。その時は、今日できなかった告白をやり直そう。
そう、私は心に決めたのだった。
更新遅れて申し訳ございません!
ブクマと評価ありがとうございます。ついに、総合評価が1000を超えました。本当にありがとうございます。
あと一話おまけの話をやり、二章に入る予定です。




