第十四話 「詰み」
「私は!あなたが好きです!だから、私と付き合ってください!」
旧校舎の空き教室に響く、中野の大声での告白。
それを受け取った男――上沢灰悟は、目を見開いて驚き、
「はい。僕も好きでした。だから、こちらこそ付き合って下さい!」
と返事をした。
どうなってる!?
上沢を嵌めるはずが、中野がいきなり上沢に告白してるだとー!?
◇◇◇
時間は遡って昨日の昼。
中野が自信満々に宣言したある案は、陰山さんにだけ伝えられ、俺には伝えられなかった。理由は恥ずかしいからだとか何とか。
その後、俺は作戦の全貌は何も知らされずに、役割だけを知らされたのだ。その役割とは、昼休みになったらすぐに、例の空き教室に入る、というものだった。
そして、どこか掃除用具入れにでも隠れていて、俺が出てきていいと思ったタイミングで出てこい、というのが中野からの指令だ。
あまりにも曖昧すぎる。詳しい所は中野と陰山さんで話し合うらしいが、俺も当事者であるため、もう少しくらい知らせてもいいのではないか。
と、不満はあったが、あれだけ中野が自信満々だったのだから、それだけの策があるのだろうな、とは思っていた。
しかし、これである。
言われた通り、空き教室に昼休み開始前には入り、掃除用具入れでスタンバイしていた。
そして、中野が入ってきたことにより、これが出るべきタイミングかな、と出ようとしたところ、すぐ後ろを上沢が入ってきたのだ。
そして、それから始まった謎の告白。
この前までは散々嫌いだと言っていた上沢に、リコーダー窃盗の犯人だと分かっている上沢に、なぜか中野は告白をしたのだ。
それも、離れて見ているだけで赤面し、目を逸らしたくなるほどのリアルな告白を。
「そ、それじゃあ、僕たち、付き合えるんだよね?」
上沢は、少し小さな声で確認した。咄嗟のことすぎて、現実なのか自信がないのだろう。
俺だって何が起こっているのか分からない。
「よかったー。僕、ずっと好きだったんだ、中野さんのことが。中野さんに、ついて来てって言われた時は何事かと思ったけど、本当に嬉しいよ」
こいつは、中野が呼び出したのか。いや、そりゃそうだ。中野が指定したこの部屋に、上沢がいるならそう考えるのが普通だろう。
ただ、問題はその理由だ。
もし、本当に上沢に告白したかったのなら、ここに俺がいる意味がない。そして、もし本当に上沢の悪事を暴こうとしているのならば、上沢に告白する必要がない。
中野の思考が全く読めなかった。
「それじゃあ、改めて、これからよろしくお願……」
「待って!一つだけ、一つだけ確認したいことがあるのよ」
「な、なんだい?」
上沢は、顔を強張らせてそう問いかける。彼女になったはずの人に何を言われるのか、もしかしたら断られるのか、と怖かったのだろう。
しかし、その最悪の想像は現実となる。
「私、見たのよ。あなたが、あることをしている所をね」
中野は、俯いて、悲しそうな瞳でそう話し始める。
「な、何を?」
「あなたが、リコーダーを陰山君の机に入れる所をよ……」
「なっ!」
「あれ、陽川さんのリコーダーなのよね?陰山君の机からリコーダーが見つかったって聞いて、多分そうなんだろうなって」
「いや、ち、違っ!」
「ねぇ。嘘は、つかないわよね?あなた、私のことが好きなのよね?なら、嘘は、つかないでくれるわよね?」
「ぼ、僕はっ!そ、その!」
「私だって、上沢君を疑いたくはなかった。でも、見てしまったのよ!」
「み、見間違えたんじゃないかな、うん」
「私が!見間違えたっていうの!?」
「い、いや!?そういうわけでは……!」
しゅ、修羅場!
これはヤバい。見ているだけで、震えが止まらない。
特に中野。まるで、夫の浮気現場を見てしまった妻のようだ。
信じたくないけど信じざるを得ない、と自分の愛を説き、間違えたのだと言われたら、自分を信じられないのか、と相手の愛を問う。
こうされれば、相手はもう身動きが取れない。
それにしても、あの中野の悲しみと怒りがごちゃ混ぜになったような表情は、本当に演技なのだろうか。それとも、本当に、好きだった上沢の犯行現場を見てしまい、悲しみ、怒っているのだろうか。
もし後者であるとしたら、これはただの修羅場だろうが、前者であるならば、これは多分中野の策の内だ。
思えば、ヒントはあった。
陽川と陰山さんが知っていて、中野は知らなかった上沢の好きな人。そして、それを知った途端、中野はある作戦を考え出した。
さっきの告白も考えると、上沢の好きな人は中野だったのだろう。そうだとすると、今のこの修羅場は、上沢の愛を利用して……
「ねぇ!本当のことを言ってよ!嘘をつくような人とは、私は付き合えない!」
中野が、ヒステリックに喚き散らす。上沢は既に泣きそうだった。
上手くいきそうだ。このままいけば、もしかしたら引き出せるかもしれない。
しかし、この作戦には落とし穴がある。高校生の恋などというものは、恋に恋しているだけの場合が大半であり、本物の愛なんてものがそこには存在していないということだ。
つまり、上沢が恋に恋しているだけで、中野にそこまで本気でなかった場合、上沢は中野に嘘をついて振られるよりも、自分の身の保身を選ぶのではないか、ということだ。
「ねぇ!どうなの!目を逸らさないで、本当のことを言ってよ!」
「ぼ、僕は……」
どうでるか、上沢灰悟。自分の身を守るか、それともリスクを冒してでも中野への愛を貫くか……。
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!陽川さんのリコーダーを、陰山君の机に入れたのは僕だ!」
「なんで……?なんで、そんなことをしたのよ?」
「分からない。でも、僕の机に陽川さんのリコーダーが入ってたんだ!それで、陽川さんがリコーダーがないって言ってて、このままじゃ僕が犯人にされるって!そう思って!」
「それじゃあ、あなたは誰かに嵌められてリコーダーを机に入れられ、その冤罪から逃れようと、陰山黒人という新しい犯人を作り上げたの?」
「そうだ。陰山君には悪いと思っている!僕が我が身可愛さで彼を使ったから、彼はいじめられた。何度も、何度も、陽川さんに打ち明けようと思ったんだ。でも、そうすれば次は僕がああなるって……」
「要するに、あなたはクズ人間なわけね。最初に陽川さんに真実を告げればよかったものを、冤罪をかけられた犠牲者になることを怖がって、新しい犠牲者を自分の手で作り出したのね」
「そうだよ……。でも、本当なんだ!陽川さんのリコーダーを盗んだのは、俺じゃない!誰かが、俺を嵌めようとしたんだ!信じてくれよ、中野さん……」
「そうかもしれない。最初に盗んだのは、あなたじゃないかもしれない。でも、同罪でしょ?どっちみち、あなたも真犯人と同じで、他人を犠牲に自分の身を守ろうとしたのだから」
これで、上沢から自白を引き出すことはできた。しかし、これだけではダメだ。
まず、この自白をバラしても、誰も信じてくれない。今、この場にいるのは俺と中野と上沢の三人だけ。
そして、上沢だけがトップカーストの住人だ。そして、陽川からの信頼も厚い。俺と中野が何か言ったところで、嘘だと斬り捨てられる。
前は、録音機で自白を録音しようとしたが、俺は命令されていないから持ってきていないし、中野が持ってきているかも分からない。
中野のことだから、何かしら用意はしていると思うが……。
それにしても、俺を嵌めたのは上沢でも、リコーダー窃盗の真犯人が上沢ではないとは……。
上沢の今の自白が嘘である可能性もあるが、上沢は本当に中野のことが好きなようだし、あそこまで話したならばそこを誤魔化すメリットが感じられない。
「幻滅したかい?好きな男が、こんなクソ野郎で……」
「いえ、特に。元々好きでもないし、最初からクソ野郎って知っていたから、幻滅も何もないわね」
「え?それって、どういうこと?」
中野が、俺の方を向く。多分、出て来いという意味だろう。
バタン、と掃除用具入れを開き、外に出る。上沢は俺を見て、驚愕に目を見開いた。
「な、あ、あいつは!中野さん?冗談だよね?そうだって言ってくれよ!なぁ!」
「マジよ」
「嵌めたのか?あの告白も嘘だったのか。君は、さっきからずっと嘘をついていたのか!」
「違うわ。私は嘘なんてものはつかない。始めから、あなたに告白なんてしていないわ。私は、彼に告白していたのだから」
「そんな、デタラメを信じると思うかぁ!」
上沢が激昂する。俺は、外に出てきたものの、会話に入れず、二人の様子をただ見つめることしかできなかった。
「信じられないというのなら、後で聞いてみればいいわ、私とあなたの会話を。一度も上沢灰悟が好きだなんて言っていないわ。私は、まず彼に告白し、そして次にあなたとは付き合えない理由を語ったのよ」
中野は、まず俺を指差し、そして上沢を指さした。
「後で聞いてみるって?もしかして、君ら、今までの会話を録音していたのかぁ!」
「どうかしらね」
中野が録音しているようだ。これでこっちが勝ったも同然……と思った矢先、
フフ、フハハハハハ!と、どこぞの魔王のような笑い声を、上沢はあげた。
「無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!この学校は、録音することが禁止だからね!録音機を使おうと、スマホを使っていようと、僕が先生に言えば、校則違反でその録音は消されることになる!」
え?そんな校則知らないんだけど。でも、その校則があるなら、今までの上沢の自白を他の生徒に聞かせられない。
そして、直接聞かせられなければ、トップカーストの連中に揉み消される。これは、詰みじゃないか?
しかし、この状況でも中野は全く動揺していなかった。
「あなたこそ、無駄だから悪あがきはやめた方がいいわね、上沢君。入って、赤音ちゃん」
「はいは〜い」
陰山さんは、そう言って教室に入ってきた。その手にある物を持って。
そして、告げた。
「もう諦めた方がいいんじゃない、上沢ぱいせーん?もう、詰みだから」
陰山さんは、そう言って不敵に笑うのだった。
この回は少し長くなってしまいましたね。
ただ、おまけの話も入れて、後数話で一章は終わる予定です。
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