第十三話 「告白」
月曜日の朝。
世界中の学生や会社員が、憂鬱な気分に包まれる時。
俺も、その例に漏れず、憂鬱であった。
というより、そこらの人々よりは何倍も憂鬱である自信がある。
なにせ、今日は昨日中野が立案した作戦の決行日なのだ。
これが上手くいくかいかないかに、俺のこれからの高校生活は左右されると言っても過言ではないだろう。
しかも、金曜日に陽川と口論をした。もし、昼休みに行う作戦が上手くいくとしても、昼までの四時間は、金曜日のようにまた色々と面倒くさいことに巻き込まれるだろう。
それが分かっていても、やはり逃げる事はできない。
逃げれば、陰山さんと中野にキレられること間違いなしだからだ。
嫌がる体に鞭打って、無理矢理動かし、どうにか布団から抜け出す。そして、電気をつけるとドアまで歩いた。
ドアを開け、下を見ると、そこにはいつも通り朝食が用意されている。
居間に入ることが許可されていない俺用に、毎朝用意されているのだ。ちなみに、たまに外で食べて来たりするが、大体の場合は夜もこのシステムである。
昼は、たまに何故か用意されている弁当を食べるか、学食やパンを買うかのどちらかだ。八割方、学食かパンだ。
たまに弁当が朝食と共に用意されているが、それは本当にたまにだ。しかも、その時は勝手に用意されており、弁当か学食かを選ぶ権利は俺には無い。
とりあえず、朝食を自分の部屋に持ち帰り、ゆっくり食べた。目覚まし時計をギリギリの時間にセットしているいつもならば、急がなくてはいけないのだが、今日は早く目覚めたため、余裕があるのだ。
食べ終わると、食器は外に出しておく。一人でいつも食べるというのは、寂しいものだ。しかし、料理も食器洗いもする必要がなく、いつでも好きな時に食べられるというのは、それはそれで楽だ。
さて着替えようか、と部屋に戻ろうとした時、隣の部屋のドアが開いた。中から出てくるのは、陰山さんだ。
少し乱れた髪をした、パジャマを着ている陰山さんがこちらを怪訝な顔で見てくる。
そのまま、少しの間見つめ合ったが、陰山さんの方から目を逸らし、朝食を食べに行くのか、そのまま階段を降りていった。
その後ろ姿を見て、俺も着替えるか、と部屋に戻ろうとした……が、自分でも分からないがなぜか振り向き、
「なぁ、陰山さん、今日、よろしく頼むな」
と、そう話しかけていた。
陰山さんは、そのまま階段を降りていく。無視されたのかと思い、そのまま俺の部屋に一歩踏み出した時、後ろから声がかかった。
「別に?あんたのためじゃなくて私のためにするんだし。それと、朝から私に会うな。あと、話しかけてもいないのに、あんたの方から話しかけんな」
振り返って陰山さんを見たが、彼女はこちらの方を見もせずにそう言っていた。
「会うな、は流石に理不尽だろ。同じ家で暮らしてるのに……」
◇◇◇
土日を挟んだためか、俺への当たりは金曜日ほど強くは無かった。
陽川との口論のせいで、また随分自分の立場が酷くなると考えていたのが馬鹿みたいだ。
特に何事もなく、誰にも話しかけられないまま、誰にも悪戯をされぬまま、時間は過ぎていった。
一週間前までは当たり前であったこの静けさが、今は酷く珍しいもののように感じられた。
なにせ、この一週間はほぼ毎日誰かと話していたのだ。今まで、先生に当てられるか、妹に罵倒されるか以外に話す機会がなかった俺には話すことの方が珍しかったというのに。
時計をちらりと見る。四時間目終了まで、あと五分だ。
授業が終わってから行くのでは、遅いらしい。ならば、昼休みが始まる前に、行動しなければ。
この静かな授業で立ったりすれば、目立つだろう。クラス中の視線が俺に集まるだろう。それは、俺のようなぼっちでなくとも、避けたいものだ。上位リア充以外は誰でもそうだろう。
俺だってもちろん避けたい。
しかし、やらなければいけないのだ。今も俺の方を不安げにちらちらと見てくる、中野のためにも。失敗したら陰山さんに殴られるであろう、未来の俺のためにも。
「せ、先生……!」
俺は、ガタッと音を立てて立ち上がり、手を上げた。
静かな授業だったこともあり、俺の大声はよく響いた。クラス中が俺を見ている。
「お、おぉ!なんだ、えーと、えっと……」
教壇に立っていた先生は、必死に俺の顔を見て、焦っている。名前を覚えていないのだろう。
知名度が上がったというのは、陽川のことを気にしている生徒たちの中でのことであって、先生には未だ名前を覚えられてはいないのだ。
「陰山黒人、トイレに行ってきます」
「おお、そうだ、陰山だ。ああ、行ってきていいぞ」
俺は、その言葉を聞いて、教室を出た。向かう先は勿論トイレ……ではなく、旧校舎のある教室だ。
そのある教室とは、俺と上沢が以前口論をしたあの教室である。
先生に見つかれば、授業中になんで出歩いているのか、と怒られて教室に戻されるに決まっている。しかも、その後のお説教付きであり、中野の言っていたあれに遅れること間違いなしである。
だから、俺は細心の注意を払って行動した。まあ、見つかった所で逃げ切れれば問題はない。どうせ、教師たちは俺の名前とクラスなど覚えていないのだ。俺ってマジ忍者。
俺は、そのまま歩き続け、旧校舎の教室に入る。あとは、待つだけだ。
俺が教室に入ってすぐにチャイムが鳴り、四時間目の終わりを告げた。
俺は待ち続ける。詳しくは聞いていないが、この後中野がやってくるらしい。
息を整えながら待つこと五分弱、教室のドアが開けられた。外から緊張した面持ちでこの教室に入ってきたのは、中野だ。
窓からは暖かな光が差している。中野は、部屋の中央で光をその身に浴び、向かい合って立った。
俺は、この後どうなるのかは聞いていない。
ただ、一つ言えるのは、まるでこのシーンが青春の一ページであるみたいだ、ということだけ。
誰も使っていない、旧校舎の空き教室。そこで昼休みに向かい合う二人。そう、まるで告白のようである。
しかし、そんなはずはない。ここには、上沢を嵌めるために集まったはず。
なのに、いきなり告白されるなど、そんなことはあるはずがないのだ。
「あ、あのっ……!」
中野が、頬を赤く染めて、そう呼びかける。
俺は、身動きし、緊張などがバレないように荒い息を押し殺した。
「な、何?」
「あ、あのっ……!私っ!」
本当に、何が始まるんだ。これじゃあ、まるで本当に告白みたいじゃないか。
いやいや、そんなはずはない。そんなはずはないんだ。
いくら状況がこんなだとはいえ、中野の相手が相手だ。こんな奴を相手に、中野が告白をするか?
仮にも、ファンクラブまである、学校第二位の美少女なんだろ?
「あの……私、私はっ……!」
中野は、更に顔を赤くして、手をもじもじさせ、俯きがちに相手を見ている。
中野から目を逸らす。これ以上あんな顔は見ていられなかった。照れてこっちまで顔が赤くなってきそうだ。
「私は……、中野緑はっ……!」
中野が緊張しているのも伝わる。なぜなら、彼女の荒い息もここまで聞こえてくるからだ。
心臓の鼓動がうるさい。中野にもこの音が聞こえているんじゃないか?と疑いそうになる程だ。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせるが、そうすればするほど緊張し、息は荒くなる。
告白なはずがないんだから、こんなに慌てる必要はないんだ。そうでしょ?そうだよね!?
なのに……、
「私は!あなたが好きです!だから、私と付き合ってください!」
上沢を嵌めるんだよね!?
なんでこんなことになったんだよぉーーー!
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