第十一話 「女王様」
「中野緑……ねぇ」
陰山さんは、長い脚を組んで座り、肘をテーブルにつけて頬杖をしていた。
俺を見ているが、俺は床で正座中のため、勿論見下す姿勢となっている。
「中野緑だ。お前の親友なんだろ?」
中野が確かそう言っていたはずだ。だから、俺の家を知っていたとも言っていた。
「え?違うけど」
ん?え?中野さん?
……あ、あれか。ぼっちあるあるの一つだな。自分では親友だと思っているのに、相手にとっては取るに足らない人間の一人だったっていう例の悲しいやつ。
こういうの、知ると結構ショックらしいから、中野には触れないでおくべきか。
『例の』とか、『らしい』とか使っているのは、勿論俺がそんな経験をしたことがないからだ。
なぜなら、俺が親友だと勘違いできる程仲良くなった相手がいないからな!えっへん。
あ、いや、一人だけいたな。俺が親友だと勘違いした奴が……
「おい!」
陰山さんが大声を出す。そちらの方を向くと、なぜか目を細めて俺を睨みつけるかのように見下している陰山さんの姿があった。
「な、何ですか?」
思わず敬語を使ってしまった。妹に敬語を使う兄って他にいるのかよ。
「中野先輩のラインもらったから。今返信待ってる」
「中野のラインは持ってたのな」
「違うけど。友達の友達の友達の友達が先輩のライン持ってたから、もらっただけ」
陰山さんは、自分のネイルをいじりながら、こちらを見ずにそう言ってきた。
「それにしても、あんたが中野先輩と友だ……おっと間違えた。知り合いだったなんて驚いたわー」
「中野もやっぱ凄い奴なのか」
友達を知り合いにわざわざ直してきたことについては触れない。実際にどっちなのか曖昧だし……
「ん?まーねー。この学校で二番目の美女だから。性格キツイから誰も寄り付かないけど。結構人気あるらしいよー?」
中野が二番目の美少女ってのは、自称じゃなくて、ちゃんと広まっていたようだ。ぼっちがそんなことを自称していたら、可哀想すぎるもんな……。
「それで、その何番目ってのは誰が決めてんだ?」
俺は、床に正座しすぎて足が痛くなり、少し体勢を変える。
「勝手に喋んなし。てか、動くなし。そんで?美少女ランキングの付け方?そんなの、人気投票に決まってるでしょ?陽川さんが一位、中野先輩が二位、そして私が三位。まあ、私と四位の間はかなりデカいけどね」
陽川と中野は分かるとして(あいつら、一応かなり可愛いしな)、こいつ?
こいつが三位?
この学校の生徒って、全員ドMなの?
「まー、私可愛いし?」
鏡見ろ。
「それに、優しいし?」
俺の日記帳読ませてやろうか?
「綺麗だし?」
それって可愛いと同じじゃねぇの?
「イケてるし?」
まあ、不良っぽいのは確かだな。
「あと、声も良いし?」
上沢を嵌めるためだけに買った録音機、貸してやろうか?
「まあ、それでも陽川さんと中野先輩には負けるってのは癪だけど?あの二人ならしゃーないかな」
とりあえず、このイラつく自意識過剰さんに、自分とちゃんと向き合えと言ってやりたい。
「あ、ライン返ってきた。まぁ、いっか。電話しよ」
こいつ分かってない!ラインでさえ、ぼっちにはキツイというのに、電話するなんて鬼かよ!
俺なんて、いきなり電話されたら、誰がかけてきたのか見る前に切る自信あるぞ?ここ数年誰もかけてこないけどね!
「ほらっ」
と言って、陰山さんは自分のスマホを俺に投げてきた。
落としそうになりながらも、何とかキャッチする。本当は、叩き割りたいところだが、それをしたら何をされるか分かったものじゃない。
指一本で済めば良い方だろう。
俺は、陰山さんのスマホに耳をつける。
上から「キッショ。耳つけんなよ。汚いじゃん」と聞こえた気がしたが、無視。
『はぁー。黒人くん、まず、一つ言わせて。赤音ちゃんに、常識というものを教えてあげなさい。夜中の一時近くに、電話をかけるのは非常識だわ』
開口一番、中野は苛立たしげにそう言ってきた。大方、寝ていたのに、陰山のラインのせいで起こされたのだろう。
「悪いが、俺は陰山さんにものを言える立場じゃないからな。それは、親友であるお前から言ってやれ」
『もう、どうでもいいわ。それで、黒人くん?赤音ちゃんには、リコーダーの件で用があると言われて電話をされたのだけれど……どうかしたの?』
「俺も分からない。三年振りに、居間に入れたと思ったら、陽川についての話を全部させられた。そしたら、陰山さんが勝手にお前に電話をかけただけだ」
『……そう。赤音ちゃんにかわって』
「ああ。ほら、陰山さん?中野がかわれって」
それだけ言って、俺はスマホを陰山さんに渡した。え、てか何それ?陰山さん、何でウエットティッシュを手に持っているのかな?
陰山さんは、俺から受け取ったスマホを、俺が触って耳をつけたところだけ、念入りにウエットティッシュで拭きだした。
少しして、満足したのか、陰山さんは拭くのをやめた。そして、テーブルにスマホを置いた。
『あのー、まだなの?』
中野の声が、テーブルから少し離れた俺の所まで聞こえてきた。どうやら、スピーカーにしたようだ。
てか、そこまでして俺にスマホ触らせたくないの?
「ごめんなさーい。それで?中野先輩、私に何の用?」
『赤音ちゃ……さん、リコーダーの話なんだけれど、黒人君からもう聞いたのよね?』
「え!中野先輩、あいつのこと黒人君って呼んでんの?え?もしかして、ただならぬ関係?」
『違うわ』
はしゃぐ陰山さんとは対照的に、中野は静かな声でぴしゃりと否定する。
「なら、爛れた関係?」
『それも違うわ』
「それより、早く本題に入ってくれ。流石にもう眠い」
俺は、陰山さんにそう呼びかけた。
嘘だ。眠くはない。だが、陰山さんと二人きりというシチュエーションはヤバすぎる。
妹と、夜の一時に二人きり。ラノベやアニメであれば、ヤバイというのは年齢制限的にヤバイという意味だろうが、俺は違う。
怖すぎる。居間に入るのも三年振りだが、妹とこれだけの長い間を二人で過ごすといつのも、三年振りなのだ。
緊張する。恥ずかしいから?断じて否。何か下手な事を言ったら、食われそうだからだ。
それに、喉が渇いた。水を飲みに下に降りてきたというのに、未だ一滴の水も口にしていない。
「まあ、いいや。電話で話すのもなんだし?直接話した方がいいっしょ?てことで、明日……もう今日か。今日の、午後一時、駅前のスタバで」
『えぇ!ちょっ、赤音ちゃ……!』
中野の慌てる声がぶつっと途切れ、後にはツー、ツーという電子音だけが残る。
「あ、切っちゃった。ま、いっか」
相手の意思も確かめない。まさに、女王様だ。
「あんたも、一時にスタバ」
と、陰山さんは足の指で俺を指差す。
「何するつもりなんだ?」
「決まってるでしょ?作戦会議よ?」
「何の?」
「あんたバカァ?上沢を潰すための、作戦会議よ」
え、怖。陰山さんが言うと、本当に上沢を殺すつもりなのか、と思ってしまう。
「私、寝るから」
と言って、またこっちが何も言わない内に、陰山さんは部屋を出る。
俺は、ぽつんと居間に一人取り残された。
とりあえず、俺は陰山さんに従うしかない。
ならば、今だけでも三年振りの居間を満喫しようと、カップラーメンのための湯を沸かし、テレビをつける。
俺は、十分後に陰山さんが『うるせぇ!』と居間に入ってきて、俺を蹴っ飛ばすとは、その時は知る由もなかった……ぐすん、
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