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こういうことは望んでないんだよなぁ…

最初にはっきり言っておこう。

僕は異世界が嫌いだ。

もっと言うと異世界転生物が嫌いだ。

あんなものは自分のエゴの塊だと思ってる。

世界はあんなにもシンプルにできていないし、そもそも僕は神さえ信じない。

自分のいる世界のピントをぼかし、理想にのみ焦点を合わせるのはあまりにも悲しすぎる。


惨め。

あまりにも惨めだ。

自分を否定している。

自分を投影したような主人公を用意し、その主人公は自分ができなかった理想をすべて叶えてくれるという矛盾。

吐き気がする。

何もできない自分を受け入れようともしない。

なのに自尊心だけを肥え太らせていく。

僕はそれを心底嫌った。


さて、

なぜ僕がこんなことを言ったか。

決まっている。

僕も異世界を嫌いながらも心のどこかでは期待してしまっている一人だからだ。

現在深夜2時19分。

実験のレポートに追われた僕は異世界に逃げ出したかった。

ただただ逃げたかった。

この窮屈な楽園から。


だけど否定される。

本当はありもしない幻想にしがみつくことがいかに愚かなことか知っているから。

だから僕はこんなことを思いながらもレポート用のファイルに淡々と文字を打ち込んでいく。

小さなノートパソコンの画面を細目で見ながら画像のレイアウトなどを考える。

教科書、あるいはネットで検索をかけ結果や考察をまとめていく。

その作業がいかに単純でつまらないことか。

今日も就寝するのは3時を超えるだろう。



いつからだろうか。

夢も希望もない人間になってしまったのは…。










『ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー…。』


朝。

アラームの音で目を覚ます。

とはいっても全然目が開かない。

頭もボーとする。

結局昨日寝たのは3時半前くらいだった。


そして今日起きたのは7時半。

大学はもう少し学生に人権を与えてほしいものだ。

とはいえ、レポートを期限内に提出できたのは不幸中の幸いといったところだが。

しかしながらバイト4連勤に加え、3日連続のレポートによる夜更かしのせいで、僕の体は限界に達していた。


今日の一コマ目は切ってもいい気がしていたが、生憎今日の講義は小テスト付きだ。

しかし、自分の一挙手一投足が極限まで遅い。

寝不足+疲労+朝ということもあり体が完全に目覚めるまで僕の体はなめくじのように遅かった。


顔を洗い、朝食用のパンにかじりつき、洗濯物を干し終わる頃には目覚めていたが、同時に恐るべきことに気づいてしまった。

大学生には曜日ごとに家を出るべきボーダーの時間が違う。

例えば家から遠い教室ならば早めに、近い教室ならば遅めに見積もられるものだが、今日は最悪だった。

一番遠い教室の日。つまり、


「間に合うか?これ。」


時計の針は8時37分。

授業開始は45分。おそらくその時に小テストも開始だろう。

まったくとんだブラックキャンパスである。

ジュネーブ条約というものを知っているのかと問いたくなってくる。



急いで教科書や筆記用具をリュックに詰め込み足早に家を出た。

鍵を閉めれば、アパートの通路をまっすぐ行きその先を右折。次を左折。また右折。


そして、

今日は特別にショートカットを使う。

とはいっても民家と民家の間の路地を抜けるだけだが。

なぜ普段この道を使わないかって?

答えは簡単。

この道、恐ろしく狭いのだ。

力士が通ろうものなら、出るころには脂肪がすべて削ぎ落とされているのではないかというくらい狭い。

おまけに薄暗く、妙にじめじめしている。

あまりの居心地の悪さに日常的に使うにはあまりにも苦痛だった。


しかし、現在8時40分。

やむを得ない。


僕は勢いよくその陰の空間に足を踏み入れた。


案の定、居心地が悪いその空間は僕を追い出そうと急がせる。

疲労のせいかやけに長く感じられる。


くそが。

別にここで寿命を長く感じたいわけじゃない。

というかここに関しては人生の体感速度が速まってもらったほうがいい。



疲れてんのかな。

壁が、床がゆがんで見える。

というより直線に見えなくなっていく。

出口も遠く。

明かりも薄暗く。

風邪ひいたときに見る夢みたいになっていく。


僕はいったん立ち止まり、眠い目こすってもう一度周囲の光景を見渡す。






気のせいじゃなくね?

一瞬脳がフリーズする。

なにこれ?

意味わかんないんだけど。


壁を触ると確かに歪んでる。

というかいかにも「岩切出しました」って感じ。

薄暗いながらも民家の隙間から見えていた日光は完全に消えていた。

というのもあるはずのない天井がそこにはあって、

しかもランプのようなものがぶら下がっている。

あと周りが若干土臭いし。



そんなこんなで僕が処理落ちしてると。

僕が入ってきた入口のほうから何やら音が聞こえる。

まあ入り口なんてとっくに消えてるんですけどね。


理系大学生なら今のこの状況をはっきり声を大にして言いたい。

ありえないと。

でもありえなくないことが状況によって証明されてしまっている。

これじゃあ仕方ないっすわ。


そんなことを黙々と考えていると。

像の足音みたいなのが近づいてくる。

まあぞうの足音聞いたことないんだけど。

比喩としてはそんな感じだろう。

とにかく質量の大きな動物の足音であるのには変わりなかった。


しかし、質量のわりにやけに軽快な足音だな。

象さんスキップしてんのかな?

まあ象さんスキップしないんですけど。

いやでも実際わからんからなぁ。

この状況で絶対スキップしませんなんて言えんしなぁ…。


バグった脳でわけわからんこと考えてるうちに、

足音はすぐそこまで迫ってくる。


あたりは薄暗くお世辞にも視界がいいとは言えないので、

近くに来るまで何も見えなかった。


やがて足音の主が僕の前に姿を現す。



3メートルはあろう体高。

緑の肌に、ワニみたいな外皮。

大きな口に、その間から覗かせる鋭利な歯。

若干不器用な二足歩行。

そこから導き出される結論は。


「恐竜……

 初めて…見た……」


震えながら声が出た。



夢でも見てんのかな。


また僕の脳は処理落ちに入った。

これ僕の脳がポンコツなのかな?

誰だってこんな状況になったらこうなると思うんだけど?


そうこうしているうちに、緑のでかぶつはよだれを垂らしながらこっちに向かってくる。


おなかペコペコなのね。

でも申し訳ない!!


そう心の中で思いながら恐竜とは反対方向に全力で走った。


自分の中では全力だった。

しかし、日ごろの運動不足のせいか全然スピードが出てる感じがしない。

ていうかあいつ速すぎない?

当たり前か。

3メートルはあるし。



ハァ…ハァ…ハァ…

しんど…

このままじゃ…

追いつかれる……


この路地に入ってきたとき見えていた出口はめちゃくちゃ遠くなっていた。

ていうか走っても走っても距離が全然変わらなかった。

あとここが路地かどうかも怪しいし。


息切れが激しくなっていき、頭に酸素が回らなくなってきたとき、


もう諦めようかなと思った。


このまま走ってもいずれ追いつかれるし、出口は遠いし、詰みじゃん。

じゃあこの辺で捕まっとくのが頃合いじゃない?

逆によく逃げ切ったと思うよ?

頑張った頑張った。

映画にしたら若干物足りんくらいだけどリアルにしてはよくやったほうでしょ。


そう思い、足を止めた。

僕は自分の死を受け入れるつもりでいた。

もうどうでもよくなっていた。


鼻先数十センチにめいいっぱい開かれた大きな口が近づいてくる。

正直言うと、

めっちゃ怖かった。

おしっこ出るかと思った。

出なかったけどね。


だから恐怖を少しでも軽減するために僕は目を閉じた。

嘘でーす。

ほんとはビビッてただ反射で閉じましたー。

悪いかよ。

ビビッて悪いかよくそが。

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