第8話 面倒は押し付けたもん勝ち、デスゲームなら
「今日もお疲れさん!あんちゃん!」
「お疲れ様でーす」
どぶさらいクエスト周回を始めて3日目。
もう無理だ、体が悲鳴を上げている。
仮想世界なので現実よりは抑えて溜まる疲れなのだが、ここまで悪化した理由はクエストによる精神的疲労であるだろう。
どぶさらいクエストの辛い所は拘束時間である。
この3日間の平均拘束時間は6時間25分と昼頃開始すると夜まで抜け出すことができない。
(これで35ゴールドとか誰がやるんだよ、せめて3倍だろ)
心の中で設定を作ったユノに文句を言いつつギルドに戻り、アイシャへ報告しに行く。
すると、彼女は奥のテーブルで俺の知己ではない解放戦線のメンバーから何か頼まれていた。
本人はすました顔で聞き流しているが、面倒くさいのだろう。
対して、一向に相手は諦めるつもりはないらしく、熱気がここまで届きそうだ。
(なんか面倒くさい案件だろうから今日は帰って寝よう)
そう決めて、ギルドから出ようとすると扉が開きライオットのパーティーが戻ってきた。
不幸にも俺は、偶然ライオットと目が合ってしまう。
「あ、こんばんは。クエストの帰りですか?何を受けたんですか?」
「君には関係ないことだ。ほら、取ってきた薬草を使ってさっさとポーションを作ってくれ」
このように、彼の俺に対する態度は結構冷たい。
(まぁ、初対面があれだからな)
討伐系クエストに興味を持たれて勝手に参加するのが心配なんだろう。
違う出会いだったら仲良くなれたのだろう。
「わかりました、あっちのテーブルでやりますね。他にも薬草がある人は今からポーション作りますよ」
そう言うと、周りのプレイヤー達が集まって列を作る。30分程かけて列をさばきながらポーション製作を終える。
ステータスを見ると製作の恩恵レベルは15まで上がっていた。新たに調合リストの解禁とスキルツリーにスキルが追加されるが、案の定素材のないリストとレアな調合の成功率が上がるという割とどうでもいいスキルであった。
(効率良くレベルを上げるには戦闘しかないかな。クリアを目指すならこんな事だけしているわけにもいかないし)
スキルを見て俺が落胆していると、ライオットが近づいてステータス画面を覗き込む。
「やはり錬金術師のスキルは、非戦闘向きのようだな。君もいい加減に、自ら戦うという考えを辞めるべきじゃないか?君のポーション製作は役に立つが、前線に立って戦えば直ぐに死んでしまう。ここにいれば安全なんだ。攻略は私たちに任せてのんびりしていたらいいじゃないか」
(この人も善意で言っているのはわかる‥‥だけど、これだけは‥譲れないのだ)
「すみません。でも、俺は自分で戦えるようになりたいんです。そのためなら何であろうとやるつもりです」
彼は俺の気が変わらないのを見て呆れながら他の仲間達と離れていった。
生意気だったかなと思っていると、突然アイシャが目の前に現れ、俺を自分の作業スペースに引っ張って行く。
そこには、先程話していた俺より年下の白髪で中肉中背の男性プレイヤーが納得のいかない表情で待っていた。
(こいつ、まだ終わってなかったのかよ)
アイシャは、俺と彼を椅子に座らせると、自らも座りながらこんなことを言い始めた。
「さあ!零影君!このグレイなら貴方の意見にしっかり相談に乗ってくれるわ」
「アイシャ、なに言ってんの?俺、今から夕飯食べないと空腹値がヤバいんだけど」
空腹値とは、≪Heroism Utopia≫に実装されている厄介なシステムの一つで、一定時間経つごとにどんどん減っていく値で、食用アイテムを摂取することで回復する。
これが0の状態になると身体が激しい倦怠感に襲われ、動くことが出来なり、どんどんHPが減っていくという状態異常である。
外でこの状態になれば一巻の終わりという非常に恐ろしいものだ。
そして、そんな危険な外ではない街中で俺はそれになりかけているのだ。
「今から私がそこら辺の屋台で買ってきてあげるわよ。ご飯代は出してあげるんだから、その分きっちり働きなさい。それに‥‥」
アイシャは期待を込めた眼差しで声色高く告げる。
「今、言ってたじゃない。最前線に立つためなら何でもしますって!」
(しまったぁぁああぁあ!!)
言った。いや言ったのだが、これはクエストですらない。ただの面倒事である。
(ヤバい、断んないと‥‥ってもういねぇし!)
そうして、俺と零影君の2人がテーブルに取り残されてしまう。
こうなれば仕方ない、と俺も椅子に座って彼の相談に乗る覚悟を決めた。
「えーと、零影君だっけ?何か悩みがあるの?」
彼は呼び出された俺をジッと見るとため息をつき、先ほどまでと異なるだらけた姿勢で喋り始める。
見た目は明らかに彼の方が歳下のはずだが、アバターだけ幼く設定している可能性も捨てきれない。
「あんた、生産職なのに前線立とうとしている奴だろ?困るんだよ、このデスゲームで遊び感覚の奴はさ、俺みたいに覚悟が出来てる奴が前線で戦うべきなんだよ」
「ん?君、誰かとパーティ組んで前線にいるの?誰と組んでるんだ?この二週間全く見かけたことがないんだけど」
ここ最近の俺はどぶさらいなどのクエスト以外はギルドでポーション作りに徹している。
その時にクエストを受けに来る様々なプレイヤーを見ているが、彼のような癖の有る人は見た記憶がない。
それを聞いた彼は、鼻を鳴らし自慢げに語り始める。
「そりゃあ俺は『ソロ』だからね。1人で十分さ、まぁアイシャさんはソロ活動を認めてくれなくて、俺が来るとクエストを受けさせないように妨害してくるけど」
「へぇ、じゃあ強いんだ。レベルいくつなの?」
ソロでも実力があるならシンの所にでも放り込めば万事解決である。
だが、そんな簡単な問題ならアイシャが苦労するはずがない事に俺は気付いていなかった。
「1さ。未だに、クエストを受けさせてもらえないからね」
「は?」
予想外の答えが返ってきたことで、思わず素の声が出てしまっていた。
慌てて彼のステータス画面を覗くと、そこには紛れもない『レベル:1』が記されていた。
「えーと、クエストがだめならモンスター狩りには出かる発想は?」
いくらクエストが駄目だったとしてもレベルを上げるにはいくつも方法がある。
実は俺もそろそろミュケ近辺のモンスター相手ならレベリングしてもいいかもしれないと考えていた。
「やらないよ、そんな効率の悪い事。クエストが受けられれば報酬もらえて、いつでも前線に追いつけるんだから」
そんな一朝一夕でどうにかなるものではない。
「雑用クエストとかは?」
「そんなの、戦うつもりがない奴が受けるべきだろ。俺は、戦う意思があるんだ。受ける必要がない」
驚くことに、この少年は二週間以上クエストを受けてない。
むしろ、何故今まで生きていられたのか、逆に興味がある。
初期軍資金は1000ゴールドあるが、普通ならもう無くなっているはずだ。
「君、衣食住どうしてるの?」
「あぁ、世話焼きの幼馴染が提供してくれてね。あいつはパーティで稼いでいるらしいがソロの方が報酬割らなくて済むから便利なのにどうしてパーティなんか組んでいるんだ?」
(ヒモかよ!)
かく言う俺もアイシャのヒモみたいな事やってるのだが、目の前のこいつは働くことすらしていない。
これは、アイシャが面倒くさがって、俺に押し付けようと考えるのも無理はない。
しかし、砂漠で針を見つける程の可能性だが、彼がシン並みの技術を持っているかもしれない。
思わず、俺は彼に尋ねた。
「そこまでソロにこだわるってことは何かのVRゲームの経験者なの?」
「いや、初めてだけど。まぁ俺は、現実で武術を習っていたからね。余裕でモンスターなんか倒せるよ」
(初心者かよ!)
恐らく、幼馴染の子は心配だからと世話をやいてくれているのだろう。
既に、俺も相手をするのが面倒に感じていた。
その時、俺の頭は天啓にうたれた。
(ん〜あ、そうだ。シンに押し付けよ!)
良からぬ企みで緩んだ俺の表情を気味が悪そうに見ている零影に提案する。
「じゃあ、こうしよう。今のギルド内で一番強い奴と模擬戦する。もし、君が一撃でも入れられたらソロ活動をさせられるようアイシャに取り計らってあげよう」
(あとは、頼んだぜ。シン)