第17話 運営、バランスおかしいって
≪北エリア 始原都市ヘネロポリス≫-グラフィラス森林地帯 奥地
奥地へ入ると今までよりも背の高い木々で日差しの入りが悪く、見通しが悪い。
だが、幸運なことに奥地に突入してからはモンスターと遭遇していない。
仮に遭遇した場合、身体半分を覆い隠せる程、生い茂る草では身軽に動くことが出来ない。
「索敵に集中しよう、奇襲だけは不味い」
「そうね。私達以外でも移動する時には音を立てるはずよ。聞き逃さないで」
耳をすまして歩いていると、木々が倒れる豪快な音が森の中で鳴り響く。
その音を聞いた俺達は、警戒態勢のまま音の発信源へと歩みを進める。
草をかき分ける音にすら気を使って進むと、奥には巨大な緑のカマキリが真っ二つにした熊型モンスターに顔を突っ込み肉を食べている所だった。
横で見ていたアイシャは『解析』を終えてパーティ共有する。送られてきたステータスの異常性に思わず息を吞んだ。
名前:グラ・マンティス
レベル:99
HP:1800000/1800000
MP:0/0
(99!?これは‥ヤバいなんてものじゃない‥‥)
ここは今のレベルで行くような所ではなかった。今すぐにでも撤退しなくてはならない。
逃げるという結論が頭に出た俺が2人に撤退の意思を伝えようとするも、付近から響くずっしりと重みのある足音で思考を停止する。
(何だ‥この音‥‥)
音のする方向を探して耳を澄ます。やがて、棒らしき物が振り下ろされる鈍い音と、それに伴う衝撃波が発生して付近一帯の木々が轟音と共に吹き飛ばされる。
「ちょっ‥‥足が浮いて‥飛ばされる!」
謎の一撃で発生した衝撃波からは逃げる暇など与えられず、気が付けば俺達の身体は宙を舞っていた。さらに、衝撃波は竜巻へと変貌して木々や岩を巻き上げる。
「あわわ‥グレイ、何かに捕まって!」
「無理言うな!そこら中を大木飛び交っててそんなこと‥‥」
こうして、俺達は余波による竜巻に巻き込まれて木々と一緒に空の彼方へと吹き飛ばされた。
回転で上へ下へと目まぐるしく視界は切り替わり、受け身も心の準備も出来ないままに地面に叩き付けられた俺は、衝撃で気を失ってしまった。
◇◇◇◇
「‥‥起きて‥レイ‥‥起きなさい!グレイ!」
沈んでいた意識はアイシャの呼び声で覚醒し、俺はゆっくりと目を開ける。身体に痛みはない。VRなので当然といえば当然だが、あれだけの体験をすれば心配もする。
無事なことに安堵して身体を起こすと、シンとアイシャの2人が心配した表情で俺を見つめていた。
辺りを見回すと、日が暮れたからか意識を失う前よりも暗くなっていた。
立て続けのトラブルに見舞われて混乱していた俺は、冷静になるため状況の整理を始める。
「とりあえず‥今何時か分かるか?」
「9時過ぎたところ。今頃、ギルドじゃ大騒ぎだろうね」
森林の奥地に突入した時は大体3時頃だったので、既に6時間近く気を失っていたことになる。
「吞気な事言っている場合じゃないわよ。生息モンスターは99とかいう適正外。ちょっとバランス悪すぎるわね」
確かに、平原や森の中では高くても15台のレベルと聞いていた。
実際、奥地に入るまでは例に漏れず低いレベルで、俺が参加した熊型モンスターが15である。
「奥地かそうでないかで、こんなに変わるのはおかしいだろ」
ユノへと文句を聞いたシンは、ばつが悪そうな顔で俺の言葉を訂正する。
「‥‥グレイ。それについて1つ訂正するよ。ここは、奥地じゃない。最深部だ」
シンの言葉を受けて俺は右上に映っている現在地情報を確認する。
マップの名称は確かにグラフィラス森林地帯『最深部』と記されていた。
「順当に考えればさ‥‥最深部って奥地の更に奥だよね‥」
「てことは‥レベル99カマキリや衝撃波の化け物より強い敵がここには居るかもしれない‥と。これ、詰んでないか?」
半ば冗談で言った俺にシンは諦めた顔を一切見せない。むしろ、瞳は星のように煌めいている。
「それが‥まだ希望があるんだよ。これを見て」
嬉しそうなシンが見せてきたのは、一つのアイテム。それは俺達がここに来た目的の物。
名前:毒草
説明:ポーション原料に使用できるアイテム
「‥あぁ‥マジか‥見つかったのか!」
「ここはどうやら、群生地らしいよ。さっきグレイが起きるまで2人で大量に採取した。後は、ここから脱出するだけだよ」
見つかった、ただの一言で絶望の淵から舞い戻れる。
(まだ終わりじゃない、希望は掴んでる)
現状は最悪に限りなく近いが、本当の意味で詰みではない。それだけ分かれば充分。
人間全てに当てはまるか分からないが、少なくとも俺はこれだけで疲れ切った身体をいつまでも動かせる。
「‥何が何でも脱出するぞ、2人とも。こんな序盤に死んでたまるか」
「そう言うと思って、もう計画は立てたわ」
待ってましたとアイシャが俺達に計画を説明する。彼女はマップを広げると指で現在位置を指し示す。
「私達が居るのは、この場所。毒草の群生地でモンスターも近づかないみたいだから、今日はここで夜を過ごす。明け方に移動開始ね。食糧は、私のアイテムボックスに3人分の三日分は入っている。その間に森林エリアから出るわよ」
その後、森林エリアの散策時間やモンスターと遭遇した時の対策について話し合う。
結論が纏まった所で俺とシンは火の番をアイシャに任せて早めの休息に入った。
◇◇◇◇
さざめく虫の鳴き声の中、火を焚いて俺が見張り番をしている所にシンがやってきた。
「あれ、まだ交代には早くないか?」
「ちょっと話したい事があってね。早めにアラームをセットしてたんだ」
シンは俺の隣に座ると、少し言いづらそうに聞いてきた。
「その‥‥グレイは後悔してる?このゲーム始めたこと?」
(なんだ、そんなことか)
言い終えた彼は申し訳なさそうにこちらの顔色を伺っている。
おそらく、あの日に自分が誘わなければ俺を巻き込まなかったとでも後悔しているのだろう。
昔から人前では飄々としている癖に誰も居ない所では難しい顔をしていることが多い人間だった。
「うん、めっちゃ後悔してる。あのままMBOをやっていれば良かったって思ってる」
あっけらかんに言う俺の言葉をシンはただ黙って聞いていた。
まるで、怒られて自分は当然なんだと身構えていて、見ているこっちからすれば馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
どこぞのサブリーダーと変わらず責任感が人一倍強いのは、彼の本質なのだろう。
「大体、生産職のスローライフでリフレッシュ目的のゲームなのにさ、どうしてデスゲーム?それに、俺がこんなモンスターだらけの最深部にいるのかも意味わかんねぇ」
今まで溜めていた愚直を吐き出していると、何故だか謎の高揚感に包まれて口が速くなる。
「今でも、あの時にああすれば巻き込まれずに済んだって考えるよ。そうすれば毎日どぶさらいやってこんな地獄に行くことはなかったんだ。何の罪で朝起きて、大学行って、帰ってゲームして、そんな平凡な事すらできないで必死に生きなきゃならないんだって感じ」
実際、いつ死ぬか分からないが、死が常に近くに寄り添っているのは怖いものだ。
「でもさ‥お前が責任感じるような事じゃないって。どうせ、紫音まで巻き込んだとか思ってんだろうけど‥‥」
シンが図星をつかれたように硬直する。こいつの性格なら、そんな事も考えてるだろうと思った。
「誘ったのはお前だけど、やると決めたのは俺だ。だから、俺もお前もあのユノとかいうのに嵌められた同じ被害者なんだよ。それこそ、紫音や他のプレイヤーだって皆そうだ。こうなるって知ってた奴は居なかった。だから、お前はこのデスゲームに俺を巻き込んだ、なんて責任は持たなくていいんだよ」
一通り俺の意見を聞いたシンは肩を震わせて眼から大粒の涙を流す。
「でも‥あの時誘わなければって‥‥一人じゃ寂しくて嫌だから‥自分の意志を伝えないで巻き込んだ‥自分が憎くて‥‥」
「ゲームなんて、誰かとやってるのが一番楽しいだろ。一人でやってるだけなんて、もはや作業じゃねぇか」
涙を止めないシンに俺は続ける。
「だから、お前が俺を誘ったのは、当たり前の事で、俺もそれに乗った。それだけのことなんだよ。だから絶対謝んなよ」
「それでもお前がまだ、責任を感じるならこのデスゲームから全プレイヤー解放ぐらいしてみろよ。そしたらお前の土下座でもなんでも聞いてやるよ」
シンを見ると、どうやらスッキリしたようで、涙を拭く。
「あぁ、わかった。必ずクリアしてみせる」
そう言って、瞳に強い光を灯していた。