第29話 悲劇の射手座 part【1】
ある程度溜まったので放出。よく見たら4ヶ月間更新してませんでした。
それは、ゲリュアのクエストが終わって数日経った頃。中央エリアで適当なクエストを受けながら、鯨座の真相を知っているだろう月下を探しに東エリアへ向かおうとしている最中のこと。
「グレイ、襲撃クエストのこと覚えてる?」
唐突にシンから通話があったかと思いきや、聞かれたのは蟹座が終わった時のアプデ時にユノが語った猪の襲撃クエストについてだった。
「勿論覚えてるよ。開催時期わかった?」
「さっき発表されたよ…バトルフィルムコンテスト締め切り一週間前にやるみたい。他のサーバーと競えるクエストはこれくらいしか無さそうだ」
シンの口ぶりから察するに猪では物足りなさそうだ。
「何だよ何だよ、魅せる試合は苦手って言うのか?」
冗談混じりに尋ねた事は図星のようで詰まった返事が返ってくる。
「う〜ん、僕は魅せプレイだとプロより未熟な部分があるからね…グレイは他のサーバーの近況知ってる?」
バトルフィルムコンテストには既に多くのサーバーから動画が載せられている。現状の週間ランキングも作られていて大盛況だ。一番初めに載せたのは俺とシンのビデオだが、あんなモノはとっくの昔に圏外に落ちていた。
「今見る…へぇサーシャがさそり座倒したのか。これは魅せて倒してるな」
「正直言って、撮影者が上手い。僕はこれ以上動けてもこんなに上手くビデオを撮れない」
サーシャのビデオは遠くから撮っているのではなく、彼女の隣を動き回りながら撮影していた。なのに、動画がブレない。彼女と同じくらい動けて映像に撮ること撮られる事に余程慣れていないと不可能だ。
「所々で「吐きそう」とか「シオオォォ」とか「カイィィ」とか奇声が混じってなかったら完璧だった」
「え、待って何それ怖い。ん? シオオォォとカイィィ? シオンとカイリ…まさか」
嫌な予感がしていると、タイミング良くシオンからメッセージが送られてくる。内容は『サーシャの動画撮影者ってドナ姉? 私の名前を無限に叫んでた』である。
「十中八九ドナじゃん…あの人練習無しでサーシャの動きが出来る変態だからなぁ…」
「知り合い?」
「サーシャの姉貴。多分有名」
サーシャがアレクサンドラ・ワーグナーと言うことはシンも知っている。その姉となればテレビで一度は聞いたことのある人物となる。
「女優のドナ・ワーグナーか! あの人こんなに上手いの?」
ドナは俳優業を始めなければプロゲーマーになれたぐらいは変態機動と反射神経と思考速度がぶっ飛んでいる。
シンは何か決意を固めたのか俺に向かって真剣に語る。
「…グレイ、僕は射手座を探す事にしたよ。ストーリーに勝つにはストーリーしかない。撮影技術で厳しいなら内容で勝負する」
「姫の所に現実でカメラマンの人居なかった? あの人達なら猪でも負けないフィルムになると思うけどな」
無駄に交友の広い姫やリミアの力を借りればプロの撮影スタッフぐらい集められそうなモノだが……シンとしては納得いかないらしい。
「競うのはサーシャだけじゃない。他のサーバーもストーリーで勝負に来ると思う。僕らが上に行くには同等のネタは必須だよ」
「——分かった、俺のほうでも探してみる」
友人がそこまで勝ちたいなら俺としては力を貸す以外に選ぶ道は無い。快く引き受けた俺はシンとの通話を切り、協力してくれそうな人物に声をかけることにした。
「そうだ…マナロと話す良いキッカケになるかも。鯨座の事は聞かずにそれとなく様子もわかるし……」
マナロとは鯨座以降会ってもなければ話してもいない。聞くことも出来ないモヤモヤに俺自身が悩まされていた時、ゲリュアで一緒に戦ったタオが別れ際にこんな事を言っていたのを思い出す。
「タオ、悩んでて話しかけづらい人はどうしたら良くなる?」
「無茶言わないでよ…と、言いたい所だけど事情はアイシャ経由で聞いてる。アドバイスをするなら、何の話題でもいいから声をかけてあげなよ——多分、ウザがられるけど…それで君の愚痴を他の人に話せば、相手は少し元気になるかもしれない。君はその人に嫌われても悩みを解決して欲しいと思えるかい?」
その言葉が後押しとなり、彼女が心配になっていた俺は緊張しながらも連絡を取ることにした。呼び出しの音が鳴っている間、肩にのしかかる不安の重圧に負けそうになりながらも、通話開始になった瞬間、勇気を出して声を出す。
「もしもし、マナロ?」
電話越しの少女は震えた声で相手が俺だと確認する。
「グレイさん…ですか?」
弱々しい彼女に頼むのも申し訳ないと思ったが、ここで引けば話すキッカケを失うし、雑談で間を繋ぐ技術が生憎グレイという人物には存在しない。俺は思い切って話題を振る。
「ちょっと今手伝って欲しいことがあるんだけど良いかな?」
「えぇ…構い…ませんよ」
プツプツと切れる音声だが、ヒロイズムユートピアに通信遅延という概念は無い。本調子でもない彼女に罪悪感を感じながらも本題を伝えた。
「今さ、射手座を探してるんだけど、一緒に探してくれない?」
「えっ! あっ…射手……座…ですか?」
それから暫くの間、電話越しの少女は沈黙を貫いていた。その時間は常に無音のように思えたが、一瞬小さく微かに誰かの涙声で「…決めたもん」と聞こえた気がした。2分程すると、マナロの声が聞こえてくる。
「分かりました…じゃあ、明朝この場所で集合しましょう」
提示されたのは鯨座が寄った南エリア最南端。何故そこになったかは不明だが、そんな事を聞けるほど彼女が元気には思えない。
「や、やっぱり辞めないか? マナロ体調悪いなら休んだ方が…」
「いえっ! それは…困るので———それじゃ!」
一方的に通話を切られてしまったので、もう無しには出来ない。結局俺は、明朝に最南端へ行く事にした。最南端にはマナロが一人海を見て待っていた。俺が来たことに気づいた彼女は振り返る。普段とは違う白い浴衣を着て待っていた彼女の姿は儚さと神々しさを交えた神秘的な印象を受ける。そんな彼女に俺が見惚れていると、ゆったりと歩み寄ってくる。武器も持たず靴も履かず、裸足で砂浜を歩いてきた。やがて、目の前まで来た彼女は俺を見上げて静かに告げた。
「グレイさん、私を殺してくれませんか?」




