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第14話 朱音のシンフォニー

はい、お久しぶりです。第四章、中編が書き終わったので続けて投稿していきます。

魔導書館から見知らぬ土地に飛ばされたグレイの新たな戦いが始まります。


「‥イ‥レイ‥」


(誰かに呼ばれている‥‥)


 最後の記憶は転移魔法。魔導書館にて本頭鬼を倒した後、各々が外への脱出のために転移させられる待ち時間。そこで、マナロが開いた不思議な魔導書。星のように煌びやかな光が全身を包み込んだ時、どこか懐かしく、気が休まる、そんな暖かさがあった。

 今、俺は目も開けられずに、その暖かさに全てを委ねている。開けたら覚めてしまいそうな夢と現実の狭間にいる時の自然体の脱力。瞼を閉じても分かる外の明るさに頬が緩むと、聞き覚えのある抑揚のない声が耳に届く。


「今、貴方の意識を私が無理矢理ここへ繋いでいます」


(声が出せない‥誰?)


 意識しているのに、口が開かない。でも、それが、夢だと思うと納得が行く。腕すら動かせない今は、声を聞いているだけで深い眠りにつけそうな心地よさがある。

 だが、声の主は俺を休ませようとはしていない。


「彼女の期限はすぐ近く。最後の決断はここで決まる」


(彼女?決断?何のこと?それにこの声は‥)


 始まりの日にも聞いた声。無機質で機械的で、何故か耳に残る女性の声。姿は見えないのに、頭の中で勝手にイメージできる有名人。ようやく、脳内で理解したことで夢のような心地良さから、危険が目の前に来ている緊迫感に襲われる。身体から冷や汗が出ているような感覚の俺にユノらしき声は警鐘を鳴らす。


「終わりは変わらない。だから続きで変えなさい。ロイヴァスはそのための布石」


(‥‥ロイヴァス?)


 ◇◇◇◇


 目を覚ました先はテントの光景。背中には当たる石の感触があたる。聞こえてくるのは心落ち着かせるクラシックと少女達の歓喜の声で、都会の人混み特有の喧騒はどこにもない。


「ここ‥どこ‥?」


 朦朧とする意識で現在地を調べると、そこに映し出されたのは海の上。近くには島が無く、拡大した全体マップを開き、北の方にドラックすると、大きな大陸が見えて来る。魔導書館があった南エリアから、更に南下した先の海。それがここだ。


(マップは‥海の上!?南エリアには‥うげ‥ミュケから中央エリアまでより距離がある)


 魔導書館から外に出たつもりだったので、予想外の出来事に意識がはっきりとする。状態異常にはなっていない。HPも充分に回復している。だが、自分は何故ここに居るのか。自分の安全が確保出来たことで、ようやく、他の人の安否を考えられるようになる。


「そうだ…他の皆…シオンは?」


 あの時、近くに居たシオンも巻き込まれたに違いない。四つん這いの状態でテントの中から出ると、外は低木が数多く生える密林地帯。そして、倒れた木を椅子代わりにする人影が見える。ピントを合わせて近づくと、2人の少女が楽しそうに会話しているのが見えた。

 その内、俺に背中を向けていたマナロとは、向かい合うように座っていたシオンと視線が合う。彼女は俺が目覚めたことに気づくと、立ち上がり声をかけてくる。


「お兄ちゃん、やっと起きたの?」

「丸一日寝てましたよ?疲れてたんですか?」


 うんざりしたように言うシオン。2人の様子から見て無事なのは確かである。だが、最大の問題が蛇のように知らぬ間に噛み付いていた。マナロの隣でトレードマークでもある赤い背中を見せつけるプレイヤー。その『真っ赤な男』は、小さなピアノで独特なテンポの曲を弾いて軽やかな音を出していた。

 2人が俺に声をかけた時、時間が止まるようにピアノを弾くのを止めて、首を此方を振り向かせる。そこに映るは包帯で眼以外を隠した男。


「おや、主役のお目覚めです。前座はここまでと致しましょうか」


 あの時、絶壁とネイビー、更にジュノーが消えて、残ったのは丁度4人。俺、マナロ、シオン。そして、最後の一人は、ロイヴァスと名乗る奇妙な男。脈絡もなく現れた彼の赤さには絶壁やジュノーも同じ人物を思い描く。同じ赤でも情熱ではなく鮮血の印象を思わせるMBO卒業生きっての問題児。


「嘘‥」

「どうしたんですかグレイさん?そんなに震えて」

「あ、あぁ‥」


 あり得ない。そう言いたかった。姿勢を崩しながら、後ろへ後ずさる。真っ赤な服装に身を包んだ長身の男性プレイヤー。彼は顔を包帯でぐるぐるに巻いており、表情は読み取れない。

 しかし、顔の筋肉を動かすことで歪んだ表情になることは分かる。

 彼は落ち着いた声色で寝起きの俺に呼びかけた。


「やぁ‥起きたのか」

「知り合いだったの?じゃあ、シンさんとかアイシャさんとかと同じですか?」

「勿論。でも、私にとっては一番の親友さ」

「本当に‥生きていたのか‥‥」


 みずから知り合いと言った時点で良く似た偽物の説は消えた。上手く真似れば真似るほど、親友や友情などの言葉は使えるはずもない。例え、シン達でも彼が俺を親友と呼ぶことへ知らないだろう。何故なら、彼がそれを言ったのは捕まる前日である最期の夜。

 激戦を俺が制した後、ログアウト直前に言った台詞である。


「酷いね。プライベートな仲だろう?」


 そんな覚えは俺にない。蘇る記憶は現実世界のフードコートで食事中に絡まれて、彼の性癖を延々と6時間も聞かされた悪夢だけ。


「レッドラッ‥」


 狂気の代弁者でもある彼の名前を呼ぼうとすると、急にシオンとマナロが不自然な倒れ方をする。

 彼女達の所まで駆け寄ると、HPに問題はない。ただ、2人とも気持ち良さそうな寝息をたてていた。顔を上げて睨みつける。


「お前‥何をした‥?」

「眠らせた。さあ、呼んでもらって構いまないよ。レッドラムでもロイヴァスでも、どうぞお好きに」


 当たり前のように言った彼は下を向きピアノでもう一曲弾き始める。その隙に2人を起こそうとすると、曲が突然止まり、おっとりとした声で待ったがかかる。


「今は座るが吉だよ?可愛い妹が木っ端微塵になるのが見たいのかい?」


 脅しとも言える発言に思わず手が止まる。


「君はきっとあの部屋で魔導書をどうやって落としたか考えているね?特別に教えてあげよう。あれは毒だ。君と一緒さ」

「毒?あの時、魔導書は勝手に落ちてたぜ。眼にもとまらぬ斬撃とかの方が納得いくんだけど」


 あの戦いで彼が起こした現象に説明はつけられない。焦りながらも悟られないように強がり、彼と言葉を交わし続ける。

 その間も脳内ではどうやってポータル機能を使い逃げきるかでいっぱいだった。


「私の楽器は弾くと音の波に色んな力を載せられる。あの時は致死性の毒を散布し、君の妹が攻撃する前にバフの音で上書きした」


 そう言って一曲弾き終えた彼は、顔を上げる。包帯だらけでつかめない表情だが、その裏で笑っているのは感じ取れた。


「今はミクロサイズの爆弾を散布したんだ。対象は彼女達のみ」


 反射的に腰へと手が伸びる。しかし、蛇のようにしなやかに鋭く伸びた右手がそれを抑えこむ。手早く傷つけて離脱しようとしたが、悔しいことに彼の方が俺より物理的に速い。


「おっと、それはオススメしない。君の速度なら私は間に合う」


 腕力と敏捷性の完全なステータス負けで、あっけなくシオンとマナロの命の手綱を握られてしまう。


「これから先、君と私は一心同体、比翼連理。地獄まで一緒だよ?」


 ◇◇◇◇


 薪を燃やして煙を上げる焚き火に男2人でいる事数十分。延々と曲を弾き続けるロイヴァスと沈黙を貫く俺の時間は終わりが見えなかった。


「そういえば‥ポータルは使えないよ?」

「っ!何で‥」

「自然に考えれば最初に試すさ。結果は、今の受注クエストを見ればいいんじゃないかい?」


 言われるがままになるのは癪であったが、何も分からなければ先に進めないもの道理。

 俺が受注クエスト欄を開くと、過去にシン達とフラグを立てた王国編、魔導書館で決着のついたアルボン編の下に新しいクエストが入れられていた。


「シナリオクエスト魔獣女帝編?」

「そう。つまり、今はシナリオクエストの真っ最中」

「でも、ポータル機能は戦闘中でもなければ離脱できるだろ?」

「‥残念な事にすでに戦闘中なのさ。これは、土地の問題なんだけど‥まぁ‥おいおい‥ね?」


 それ以上を聞きたければ協力しろ、とでも言いたげな視線を送るロイヴァスに、この時の俺はただ従うしかなかった。

 結局、シオンとマナロに触れる事も出来ずに俺はロイヴァスの向かいに座る。


「それで?レッドラムとロイヴァス、どちらでお呼びに?」

「じゃあ‥ロイヴァスで」

「うん。今のネームとはいえ、君に本名を呼んでもらえるのは心地よい」


 ロイヴァスは喜びの感情をピアノを弾いて表し始める。表情が読み取れない彼にとって音楽と声は感情を表す数少ないツールである。


「では、何から聞きたいかな?死刑になった私が生きてる理由?それともこの世界に居る理由?」

「狙いは何だ?」


 自身の問いはあっさりと流して尋ねる俺に、彼は少し予想外だったのか、ピアノを弾く指を一瞬止めるが、すぐに調子を戻して弾き直す。


「よりによってそこかい?普通、生きていた原因が気になるお年頃なのに‥」

「聞くまでもないよ。生きてた理由?ロイヴァスだから。この世界に居る理由?ロイヴァスだから。あぁほら、完璧」


 彼を知っていればこそ、悩むことなくスラスラと口から言葉が出てきた。

 我ながら雑な考えだが、今の状況だと時間を稼いで逃げる手段を考えるよりも、目的を聞いて2人を巻き込まないようにする方が先決であった。


「あら、本当だ。君は昔から賢いですね」


 本当に感心しているのだろうか、彼の表情は読み取れないので少し弾んだ声色で判断するほかない。しかし、一々疑いをかけていては、助かるものも助からない。素直に喜ぶフリをして会話を続ける。


「だろ?でも、わからないのは助けた理由」

「親友といいましたよ?」

「あれはシオン達への方便だろ。お前にとって俺は未練のはずだよ‥‥」


 自分で言ってて嫌になる。未練と称したのは彼の逸話に由来する。かつて、レッドラム、今のロイヴァスについてまことしやかに囁かれる噂があった。彼と現実で関わった者は皆、死ぬ。子供ならただ怖がる噂だが、大人達は信憑性を疑っていた。

 だが、現に俺は一度だけ偶然で彼と会っていた。彼自体も現実で会うと思ってなかったのか、その日に俺が死ぬことはなく、数日後に彼は捕まったため、殺人鬼ロイヴァス・ミラー、PNレッドラムからしたグレイは、最後の獲物。

 ロイヴァスは、何も変わらず、淡々と答える。


「‥よくおわかりで。本当は見つけた時にきっちり殺すつもりだったさ」

「あっさり認めた‥」


 当たり前のように口から出た殺意に思わず身震いしてしまう。この男に今でも狙われているなら、一瞬でも気が抜けない。


「生憎、趣味は封印しててね。今は仕事一筋さ」

「夢の暗殺者にでもなったのか?」


 いいえ、と彼は首を横に振る。


「もっと素晴らしい別の仕事をしてるのさ。人の為になるやつをね」


 かつては音楽家を名乗る変人で、常に自らの求める最高の曲とやらを探して歩いていた。それが、依頼人を付けた素晴らしい仕事に打ち込んでいる。それだけで、既に珍しい。感心のような疑惑のような複雑な感情を抱いていると、ロイヴァスは伝え忘れたと言って名前について付け加える。


「それと‥レッドラムの名前はあまり出さない方が良い。向こうでは誰もが私をロイヴァスと呼ぶ。知らねば気づかず、見て見ぬ振り。お陰で今日まで友達が出来ていない」

「どうでもいい日常まで教えてくれて本っ当にありがとう。で、本題は?」


 彼は一度ピアノを弾くのを止めて、両腕を横に広げた。君はつまらない、とでも言いたげなジェスチャーに、何故か無性に殴りたくなる黒い感情が湧き出ていた。

 俺の表情を見ることが楽しみなのか、舐め回すように鑑賞すると、再び指先でピアノを弾き始める。


「仕事さ。グレイにも手伝ってほしくて‥あ。ダメなら妹さんがやってくれるみたいだ」

「お前‥」

 

 先にシオン達へ接触したのはここでの逃げ道を塞ぐため。これで、今シオンが目覚めても事情を話せば爆殺、話さなければ巻き込む、の二択まで迫られたことになる。


「‥内容は、どんなの?」


 その言葉を待っていたのか、ロイヴァスの指が止まる。

 そして、今日一番の包帯が歪んだ顔に最大級に弾んだ声色を乗せる。


「この島の主を一緒に殺さないか?」


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