第10話 施しは巡り巡って帰るもの
≪北エリア 始原都市ヘロポネソス≫-始まりの街ミュケ 冒険者ギルド
攻略クラン『解放戦線』がゲームクリアに向け活動を始めてから、三週間が経った。
デスゲームによるパニックも少しずつ沈静化していき、プレイヤー達は主に二種類のスタイルに分かれた。片方は戦闘職中心のプレイヤー達で主に解放戦線に参加や支援する者達。もう片方はこの街に溶け込むようにひっそりとする者達である。
「VRマシンと脳の接続を遮断できるはずがない!これは政府の陰謀だ!」
「そうだ、現実ではログアウト条件に仮想世界での死亡が関わっているに違いない!」
一部、現実世界帰還を夢見て自殺によるログアウトを試している連中も居たが、大部分のプレイヤーは管理者ユノが言ったデスゲームという言葉に怯えてそんな賭けのようなことは出来なかった。
「住めば都というけれど‥三週間も経つとここでの生活に違和感がなくなってくるな‥」
この三週間俺は、ひたすらポーション製作と雑用クエストをこなす日々である。
アイシャは、このミュケでクリアに向けて集まってくれた約300人のプレイヤーに的確な指示を飛ばす傍らで、気心知れていて前線に参加しない俺には、面倒くさいクエストや作業を押し付けている。
なお、精神的疲労で困憊したどぶさらいのクエストを押し付けて来たのも彼女である。
一方、シンは剣士2魔導士2弓使い1神官1の内訳でパーティを組んでおり、本人の実力も相まって安定してクエスト攻略やミュケ近辺の散策が出来ているらしい。
当初はシンも赤の他人ではなく俺やアイシャと組みたがってたが、アイシャ曰く「今は、強い1パーティよりそこそこの10パーティをつくる」為だそうだ。
そのお陰もあり、解放戦線の平均レベルは20となり、俺もポーション作りに精を出した結果16まで上げることができた。
この付近の地図に関してはおおよそ埋まってきた。更に北には、大きな氷山が見え、西には大森林、東にはダンジョンが発見され、南には長い道があるため、アイシャ達は、他のエリアに繋がっているだろうと推測し、レベルが上がり次第何パーティかを遠征に出すつもりだ。
それに先駆け今日、シンのパーティ含めて5パーティがダンジョン探索に向かっている。
始まりの街ミュケ 冥王の墓地
とある朝、俺は日課として雑用クエストの1つである「街外れの墓掃除」を受けていた。
このクエストは、午前中限定で受けられ、街の端の墓地にある枯葉や生き物の死骸の掃除がクエストの内容だ。報酬は40ゴールドのみで、これでは1日の宿代すら払うことが出来ない。
更に、このクエストはクリアしても毎日出現する種類で、実績勢にも人気無し、効率派にも人気無しの二段構え。無論、やる人はまず居ない。
しかし、解放戦線に加入した翌日の朝、シンやアイシャと朝食を食べている時のことである。
「街のNPCから聞いたんだけど、墓地の掃除を放置しとくとアンデッドが大量発生するから誰かがやらなきゃいけないのよ。グレイは、ポーション製作で経験値入るし、食事代くらい私が出してあげるから、このクエスト毎日やっときなさい」
そう言われてからはこのように毎日欠かさずやっているわけだ。
最初は墓地の広さに圧倒されて何時間もかかっていたが、三週間もやると手早く掃除することができる。
クエスト達成の目途は、アラームによるクリア通知が来るまでなので早ければ30分程で終了する。
「ふんふんふ~ん」
いつものように掃除していると、端っこの方に何かの生き物がチラッと見えた。
「何だ‥今の?」
ネズミか何かだろうか。不審に思い何かが見えた方向に近づくと体中に傷があり、そこから粒子が放出されている黒いヘビが荒い呼吸をしながら、這いずっていた。
「ヘビ‥か?それにしても傷だらけだな。もう死にかけじゃないか」
傷から放出された粒子のせいで少しずつ消えようとしている。もう数十分も生きられないだろう。
「街中とはいえモンスターの一種だろうし‥助ける義理はないよな‥でも‥‥」
たかが、1モンスター1データ。それなのに、ヘビの小さな瞳からは『まだ死ねない、やることが残っている』と言っているかの気迫が感じられ、今も懸命に生きようとしていた。
「‥くそっ。こういう奴はどうしても‥手を伸ばしたくなる」
俺がヘビに近づくとこちらに気付き、傷だらけの体で威嚇してくる。
俺がとどめを刺しにきたと思っているのだろう。それでも消えかけの体で俺を倒そうとしている。
そのヘビの口からは毒か何かが吐かれこちらに今からでも飛びかかろうとしている。
今からでも遠くへ離れればヘビは死ぬが俺に危険はないだろう。
もし毒であれば、現状毒回復ポーションは生産法も流通も確立していないため、一気に危険な状態になる。
「大丈夫だから‥絶対に助かるから‥」
俺はポーションを取り出すと、腕だけ伸ばしてヘビの上からポーションを振りかける。
すると、ポーションのかかった部分から漏れ出していた粒子は消え、ヘビの呼吸は少しずつ大人しくなり、体中の傷は綺麗になくなった。
「‥‥シュルルルル‥‥」
瀕死の重傷から回復したヘビは、手当てした俺を不思議そうに見つめている。
「次は、そんな傷だらけになるまで1人で無茶するなよ」
次があるかなんて分からないが、俺はヘビにそう言って墓地の掃除に戻る。
ヘビの視線は、クエストクリア後に墓地から去るまで絶えずこちらを見つめ続けていた。
「‥‥てことがあったんだよ。どうアイシャ?」
「あんた、女性の奢りでご飯食べてる時に、毒ヘビの話なんて普通する?」
うるせぇ、先週のどぶさらいのお返しだ。