暗躍。実験台にされるのは?
暗躍する勢力、文人勢力のお話。
初めて成人間として、大成した、ある男の日々。
場面がガラリと変わります。
助けて。
なんでもする。
だから、俺を救い上げてくれ。
そんなことを言った男がいた。もちろん普通の人間だ。だから、無視した。
たしか、雨が降っていた。ポツポツと傘に雨粒が降っては当たる音を鮮明に覚えている。
男は、見たところ、なんの変哲もないサラリーマンだった。一般的なスーツに革靴。ただ通常と異なる点といえば、地べたに這いつくばって苦しそうにしているところだろうか?
よく観察してみると、口元に血の跡がある。
誰かに故意に毒でも盛られたか?
無視するとは思ったものの、これは、利用価値があるのではないか?
怒り。憎しみ。それが、成り、を強くする。
それは、実験済みだった。まあ、実験台は死亡したが。
なんの理由があって、こんな状況になっているのか知らないが、丁度良い。
「…お前は、誰だ?」
答える必要は無い。
「何をしてる?…警察か?救急車を呼んでくれないか?意識が飛びそうなん…だ……。」
直ぐに戻ってくる。安心して、感謝することだ。そう思って男の写真を撮った。
カシャっ!カシャっシャシャ!カシャっ!
365回シャッターを切った。
一眼レフである。
瞬間。
雷に打たれたような衝撃が男に走った。
記憶。闘いの記憶が頭に流れ込んでくる。
「な!?なにをした!?お…前!?グ…ああああああああああ!?」
ふうん。こいつは、少し耐性があるようだな。
普通の人間なら、365回シャッター切る前に絶命する。良いね。良い素材を見つけた。
初めて口を効いてやった。
「面白い。キミ。面白い…。耐性があるヤツなんて聞いたことがないよ。」
「耐性…?だ…と?」
男は苦しそうにやっとの思いで声を絞り出した。
「ボクの名前を覚えていくと良い。ボクの名前は、三月灯。新勢力のリーダーだ。」
そう。ボクこそが…この国の支配者に…。
ザザザ!!!視界が歪んで真っ白になった。
え?……?
瞬間。
「なんでボクがボクの顔を見上げてるんだ?」
立場は逆転していた。文字通り。中身が入れ替わったのだ。
スーツ姿の男に成ってしまった灯は、理解が追いつかない。
「なんでだよ!ちゃんと、ちゃんと言われた通りにやったのに!こんな!ゴボッ!?ゲホッ!?」
灯の姿に成った元、男は言った。
「わたしに手を出しておいて、なんでもなにもないだろう。わたしを誰だと思っている?灯とやら。」
恐怖。灯は、恐怖を感じていた。全身で。
蛇に睨まれたカエルのようになった、灯は声も出せない。
「良い素材なのは、貴様だ。愚民めが。わたしの名を覚えていくと良い。」
知っている。多分、ボクはこいつを……
「文村文人。よく心に刻み付けることだ。」
殺される。もう、この男の体は長くない。どうやっても死ぬ。
文人は、新しい体を確かめるように、手を握りしめた。
「ふん。女子の身体というのは少し不思議な感じだな。まあ、良い。」
そして、灯の人格が入った男の体を蹴り上げた。
「ゴボッ!?」
男の体が宙に浮いた。近くにあった、ゴミ箱にぶつかる。
みしぃ!ドカッ!
「少し…調整…が…必要な…よう…だ!」
ドカッ!バキッ!どんどんどんどん!
「もう、やめてくれ!いたいよお。きっと骨がもう何本か折れてる…肋骨が肺に刺さったら…。やめてください。なんでもする。なんでもするからぁ!」
灯は懇願した。プライドなど、かなぐり捨てて。
せめて、安らかに死にたかった。
「は?なに言ってるの…かしら?はは!少し、女子に寄せて喋るぞ灯!ははは!立場逆転だな。」
灯はもはや、意識を保てなくなっていた。
「わかったわよ?一思いに殺してあげよう!貴様の身体、有効につかわせてもらうよ。」
[毒巡り(どくめぐり)]!
「ギヤー!ああああああああああ!!」
男の身体が紫色に染まっていった。やがて、目、鼻、口、皮膚から血を噴き出して灯を宿した男の身体は死んだ。
文人は、ただクスクス笑っていた。
簡単な作戦だった。
弱い人間のフリをして、演技をすれば、馬鹿な新勢力どもは寄ってくる。
仲間を増やすため。
実験台を増やすため。
「チッ」
でも、気になることがひとつあった。
灯という女は、言われた通り。と言った。
これは、懸念材料だ。
なぜなら。
「わたし以外にも、成り、の方法を知っている者がいる?」
文人勢力と言っても、実働はほとんど文人本人です。理由は、文人ひとりで充分すぎるほどに、強いからです。