影響8 行き詰る車社会
今から50年以上前の日本は、世界屈指の豊かな国という存在だった。
しかしその一方で、石油を大量に消費し、二酸化炭素排出量の上位にランクインする国だったことで、他国から批判を受けたりしたことがあった。
また石油がもし枯渇したら、この国はどうなってしまうのかという不安も国民の間には常につきまとっていた。
それでも21世紀前半の段階では、まだ危機感がそれ程ではなかったため、国民は化石燃料を使い続ける時期が続いた。
しかしこの時代になって、それまで石油を使いに使って、二酸化炭素をたくさん排出してきたツケがとうとう出てきてしまった。
今、世界では石油の枯渇が深刻な問題になっていた。
さらに日本では、石油は二酸化炭素排出の元凶だとか、地球温暖化の犯人だと揶揄され、すっかり国民の間で嫌われる存在になっていた。
その現実は、かつて栄華を誇っていた日本の車社会にも深刻な陰を落としていた。
21世紀後半のこの時代では、ガソリン自動車は既に生産中止となっていた。
残されたガソリン自動車も時代遅れの代物と揶揄されて年々台数が減少していき、あと10年もすれば日本から消えてしまうかもしれないと言われていた。
今、自動車と言えばハイブリッドカーが主流となっていた。
これまで電気自動車や、水素燃料車、ソーラーカーなど、二酸化炭素排出を押さえる車の開発は色々行われてきたのだが、結局地球温暖化問題を打破する、革命的なものまでは結局現れなかった。
結局どの車においても、生産台数は年々減少し、どの業界も非常に厳しい状況に置かれていた。
ある企業はもう既に倒産してしまい、人々の記憶からはその会社の名前すらも薄れていた。
残った企業も、合併などを繰り返しながらどうにか生き残っている状況だった。
そんなご時勢の中で、燃料の製造の仕事をしている技術者のナツメは、ゴールデンウィークを利用して、高校生の弟マサキと一緒に車で旅行に出かけた。
彼らの車はもちろんハイブリッドカーだった。
運転はナツメが担当していた。
途中、2人は高速道路に入り、どこまででも続く道を眺めながら会話をしていた。
「姉ちゃん、さっきから全然対向車とすれ違わないね。」
「…そうね。お父さんとお母さんがまだ若かった頃はもっと車がたくさんあったのにね。」
「どうして車がこんなに廃れちゃったんだろうね。」
「それはね、地球温暖化のためよ。私達が車などで輩出してきた二酸化炭素のせいで、ガソリン車が批判を浴びて、生産中止に追い込まれてしまったの。」
「じゃあ、この車がもし壊れたら、修理してもらえるかな?」
「今だったら、まだガソリンスタンドで修理してもらえると思うわ。でも、そのガソリンスタンドの数も減っているから、これからどうなるのか…。」
「ところで姉ちゃん。今、ガソリンなんてほとんど売ってないのに、どうして『ガソリン』スタンドって言うの?」
「それは…、昔の名残じゃないかしら。お父さんとお母さんが若かったことは、そこではガソリンを主に販売していて、1リットル100円未満という価格で販売していたくらいだから。」
「100円未満??」
「そう。今じゃとても考えられないことだけど、本当のことよ。」
マサキは信じられないという表情を浮かべたまま、しばらく呆然としていた。
2人がこのような会話を交わすのも無理はなかった。
と言うのも、この時代、ガソリンスタンドと言えば、50年前とは意味合いがかなり違っていたからだ。
そこでは稲わら、雑草などを原料にして製造したエタノール燃料、水と一酸化炭素を原料として作られたメタノール燃料、さらには電気自動車を充電するためのプラグや、燃料電池自動車用の液体水素が設けられていた。
もちろんガソリンも一部店舗ではまだ細々と販売していることはしているのだが、そもそも世界における石油の生産量自体がかなり落ち込んでおり、そのせいで流通しているガソリンの量がかなり減少していた。
いつしかガソリンは昔のように大量に消費出来る時代ではなくなってしまい、すっかり貴重品となっていた。
「このハイブリッドカーも、もう寿命はそんなに長くはないわね。ガソリンと電気を両方使って走るとは言え、やっぱりガソリンを使うんだから。」
「ガソリンを扱っているところって、あとどれくらい先なんだろうね。」
「多分、200kmくらい先になるかもしれないわ。」
「そんなに?」
「仕方ないじゃない。もう日本国内にはあまり流通してないんだから。過去の人達はね、地球が100万年かけて作り出した化石燃料を、たった1年で消費していたくらいなんだもの。それを考えれば、ガソリンの原料となる化石燃料が枯渇してもおかしくないわ。」
「…何だか、昔の人達にちょっとジェラシー感じてきた。その時代の人達ばかり使えるだけ使って豊かに過ごして、地球を温暖化させといて、おれ達の世代にはこんな大変な思いをさせるなんて…。」
「悪気はなかったとは思うんだけど、ただ…。」
「ただ?」
「その時代の人達にもう少し温暖化防止のための努力をしてほしかったわね。努力して、エコになることにもっと積極的に取り組んで、そして私達の世代にバトンタッチしてほしかったわね。」
「じゃあ、姉ちゃんもジェラシー感じているの?」
「感じてなくはないわ。でももう起きてしまったことはしょうがないじゃない。とにかく、たとえ手遅れだと言われようと、私達は私達に出来ることを実践していくしかないんだもの。」
「…。」
マサキはすっかり衰退してきた車社会の現状についてしゃべった後、今度は道路の路面をじっと見つめ出した。
彼らが走っている高速道路は自動車社会の衰えを象徴しているかのように、ガードレールがさび付いていたり、橋に差し掛かる時のつなぎ目部分では段差が出来ていたりしていた。
また、アスファルトには至るところにくぼみやひび割れが出来ていた。
そのため、あまりスピードを出して運転していると危険ということで、最高速度は日本全国で、平常時は70km/h、雨の日などは50km/hに制限されてしまう状況だった。
車が通らない路肩には、ひび割れから草がいくつも顔をのぞかせていた。
しかし、そのような状況になっても、道路が補修される見通しは依然として立っていなかった。
なぜなら、原油の不足により、アスファルトまでも不足してしまったからだ。
「何か危なっかしい道路だな。果たして地震が来たら大丈夫なのかなあ…。」
「どうかしら…。おそらく震度5強か、6弱くらいの地震が来たら、この高速道路は倒壊してしまうかもしれないわね。」
「そんなことになったら、直せるのかなあ?」
「分からないわ。道路を直すための材料がそろわないかもしれないし、そろったとしても、国にそんな予算があるのかどうか…。」
「どうなったら、車社会、もう終わりじゃないか!」
「…。」
思わず興奮してしまったマサキの愚痴を聞きながら、ナツメは黙ったままじっと前を向いて運転を続けていた。
それから30分の間、ナツメは目的地に向かって運転を続けた。
しかし、その間に対向車線をすれ違っていった車はわずか20台程度に過ぎなかった。
これでは道路公団などは到底採算など取れないであろうことは誰の目にも明らかだった。
恐らく、もし本当に大きな地震が来たら、被害を受けた区間は間違いなく無期限の通行止めになるであろう。
もちろん2人の脳裏にもそのようなことがつきまとっていた。
「車…、なかなか来ないね。」
「そうね…。」
2人はすっかりさびれた高速道路の上をひたすらドライブしていた。