影響5 プロ野球ストライキ突入
この時代のプロ野球では、地球温暖化防止のためのプロジェクトとして、使う電力をこれまで以上に減らしていく取り組みがいくつも行われていた。
この年のシーズンオフ、プロ野球のオーナー会議では、来季の日程や試合におけるルールなどを取り決めるための話し合いが行われていた。
時間をかけてじっくりと議論された結果、次のようなことが取り決められた。
・消費電力を今まで以上に削減するため、来季は基本的に平日でもデーゲームで試合を行うことを推奨し、土日、祝日には一切ナイトゲームを行わないものとする。
・やむを得ずナイトゲームを行う場合、あらかじめ本オーナー会議によって決められた電力量を超えないように試合をしなければならない。
・ナイトゲームを行っている時に使用電力量が超過した場合、その時点で試合を終了とする。
・試合時間は9イニング2時間15分を目標に行う。
・9回に到達する以前の状態でも、試合時間が2時間45分を超える場合は新しいイニングには入らないものとする。
・試合時間2時間15分を越えることが確実な時に、ワンポイントリリーフなど、時間のかかる行為を行った場合はそのチームに罰金を科す。
・来季から基本的に延長戦を行わず、9回終了時点で同点の場合は引き分けとする。
・来季から各リーグ共に前期・後期制を採用し、酷暑の時期に試合を行わないものとする。
前期:4月1日〜6月20日(60試合を予定)
後期:9月11日〜11月30日(60試合を予定)
12月上旬に各リーグの前期優勝チームと後期優勝チームがプレーオフを行い、それぞれの勝者が12月中旬に日本シリーズを行う。
・ドーム球場で試合を行う場合、デーゲームの時間帯であっても、ナイトゲームと同じ規則に従わなければならない。(ドーム球場では、デーゲームであっても照明等で大量の電気を消費するため。)
21世紀初頭では考えられないようなルールが、このオーナー会議によって取り決められようとしていた。
いや、むしろ、こうでもしなければならないような状況になっていた。
全ては先代の残した負の遺産である、深刻なまでの地球温暖化問題をこれ以上悪化させないようにするための苦肉の策だった。
しかし、それから間もなく、選手やファンから反発が起きたため、ある日、選手側と組織委員会側で話し合いが行われることになった。
その中で組織委員長であるツバキ氏と、選手会長であるサカキ選手は、会議室でお互いの意見をぶつけ合った。
「こういうわけだ。きつい提案かもしれないが、何とかしてこちらの要求を受け入れてほしい。」
「この内容には納得出来ません。来季は今までよりももっと削減しろと言うんですか?」
「そのとおりだ。今や日本はこうでもしなければならない状態なんだからな。」
「こちらだってプレーに支障のない範囲内でしたら、これまで出来る限り協力をしてきました。しかしここまでやられたら、いちいち時間を気にしながら試合をしなければならないではないですか。」
「こちらだって環境省から使用する電力を減らすように通達を受けたからこそ、このような決定をしたんだ。やりたくてやっているわけではない。せめて協力をお願いしたい。」
「酷暑を避けるために夏季に約3ヶ月の間プロ野球を中断するとなれば、その間何をしていればいいんですか?」
「申し訳ないが、それはまだ未定だ。」
「ちょっと待ってください!未定ってどういうことですか?」
「まあ、息抜きにはちょうどいいだろう。オフだと思って過ごしてくれないか。」
「そんなこと言われても、どう過ごせばいいんですか?ドームもこれまで以上に使いにくくなるし、選手にとっては踏んだり蹴ったりですよ!」
「こっちだって、選手の気持ちも一生懸命考えたんだ!だがしょうがないだろ!こういったご時勢になってしまったんだから!」
お互いの意見をぶつけていくうちに、段々言い方が感情的になってきてしまった。
そのため、双方共に一旦会話をやめ、しばらく別室でお茶を飲みながら息抜きをすることになった。
30分後、気を取り直した双方の人達は、再び会議室に集まり、議論を始めた。
今度はサカキ選手から意見を言い始めた。
「平日でデーゲームでは多くのお客さんが来られないではないですか。」
「そうなるのは覚悟の上だ。これに関してはファンの皆様に妥協してもらうしかない。」
「こんな要求、もし選手達は納得出来たとしても、ファンの人達は納得してくれるでしょうか。僕がファンだったら反対の署名を起こしますよ。」
「だが他の国では、平日でもデーゲームを行っているチームがある。それでもお客は結構入っているんだ。我が国でも出来ると思うんだが…。」
(現在、メジャーリーグでは、カブスが平日でもデーゲームをしています。)
「そう言われても、こちらとしてはただ真似をしているようにしか思えないんですが…。」
「真似と言われようが、何と言われようが、こちらとしては、とにかくやれることはやっていく方針で考えている。何としても受け入れてほしい。」
「…。」
サカキ選手をはじめ、選手一同は考え続けた。
しばらくの間、会議室には異様なまでの雰囲気が漂い続けた。
選手達は小声でどうするか相談していたが、やがてサカキ選手が口を開いた。
「これに関しては、今すぐこの場で決断出来ることではありません。少しまた時間をくれませんか?」
委員会側もそれを聞いて、要求を承諾した。
選手達はそれを見ると、また別室へと移動して行った。
それから1時間後、選手達は再び会議室に戻ってきて、その間にあったことを話し始めた。
「球団の選手達と電話で色々連絡を取ってきましたが、彼らもこの要求は受け入れられないとの返答でした。全部でなくてもいいので、平日はナイトゲームも取り入れるなど、何とかファンの人達の気持ちを考慮した上で、もう一度考え直してもらえませんか?」
「それは出来ん。平日でもやはり太陽の光の下で試合をしてもらい、使用電力を減らしてもらわなければならない。それに試合時間を制限することにも協力してもらわなければ。」
「でも…!」
双方の代表者はその後も30分の間、意見を述べ続けた。
しかし、どこまで時間をかけても、考えは噛み合わないままだった。
そうしているうちに、やがて選手の側からは最後の手段を行使する動きが出てきた。
「…これだけ、話し合ってもだめなら…、仕方ありません…。こんなことを言うのは心外ですが…、取るべき手段を取らせていただこうかと思います…。」
サカキ選手は苦悩に満ちた表情を浮かべながら、いよいよ最後の手段に踏み切る覚悟を決めた。
その日の夜、テレビ番組の最中に、突然ニュース速報が流れた。
視聴者達は(何だろう?)と思いながら画面を見ていると、数秒後に速報の内容が表示された。
「本日、プロ野球の会議で、選手側から1週間後にストライキが行われることが発表されました。」
その内容を見た野球ファンは驚き、間もなく組織委員会や各球団には問い合わせが相次いで、たちまちてんやわんやの状態になってしまった。
このゴタゴタはその後も続き、結果的にこの年は結局日本シリーズ開催中止の事態にまで発展してしまった。
二酸化炭素の削減と引き換えに、プロ野球はこれから一体どうなってしまうのだろうか…。