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影響2 あきらめる人 それでもあきらめない人

 都会に住んでいる会社員クロマツ ユリは、地球の星著「今日から出来る二酸化炭素削減法」という作品を読んでは、懸命に出来ることを実践していた。

 家では不要と思われる照明は積極的に消灯し、エアコンの温度も出来るだけ高めに設定していた。

 ベランダでは植木鉢をいくつか置いていて、ささやかながらプチトマトなどを栽培していた。

 夜更かしは決してせず、また寝る前には家中の家電製品のコンセントを外すなどして、消費電力の削減をしていた。

 町内のごみ拾い活動には積極的に参加し、ペットボトルのふたなど、石油に戻すことの出来るプラスチックごみを集めては、工場に持って行き、石油に加工してもらったりもしていた。

 ごみ拾い活動以外の時でも、道端を歩いていて空き缶を見つけると、積極的にくずかごに入れたりして、資源のリサイクルに取り組んでいた。

 紙は決して無駄遣いせず、裏紙を積極的に使って、可燃ごみを減らしていた。

 使い捨ての箸は使わず、自分でマイ箸を持ち歩いたり、さらには間伐等で切られた木の枝を自分で削って箸やつまようじにして、みんなに役立ててもらおうとした。

 彼女は二酸化炭素削減に役立つと思われることは、何でも実践していた。

 しかし、彼女の積極的な姿勢は、時として衝突を招くこともあった。


 夏のある日、ユリは仕事場での冷房の温度を密かに30℃にした。

 そして何食わぬ顔をしながら仕事を続けていた。

 しかし30分後、男性の同僚が

「何か暑いと思ったら、冷房30℃じゃないか!誰だよ、こんな温度にしたの!」

 と言い出し、温度設定を24℃に下げてきた。

 次の瞬間、職場の人達は一斉に注目した。

「クロマツさん、また君かね。」

「外は40℃もあるんだ。こんな日に冷房30℃じゃやっていけないぞ。」

「あんたねえ、地球環境もいいけれど、まわりの空気も読んでよ!」

彼女はこれまで何度も勝手に冷房の温度を上げたりしてきたので、まわりの連中はもうお見通しだった。

 しかし、ユリも負けずに応戦した。

「確かに暑いという気持ちは分かります。私だって暑いです。しかし、壁には『これ以上の温暖化を防止するため、夏の間冷房の設定は30℃にしましょう。』というポスターがあるじゃないですか。」

 しかし、それを主張したところで、まわりの反応は冷たかった。

「今さらそんなの誰も守っている奴なんてどこにもいないよ。」

「やっぱり快適さが一番よ。」

「あんた一人が頑張ったところで、地球が変わるわけなんかじゃない。」

「冷房30℃なんて、単なる理想論よ。」

 たちまち、彼女のまわりには、あきらめと見て取れる言葉がわいて出てきた。

 地球温暖化が行き着くところまで来てしまった以上、この時代では今さら温暖化防止を呼びかけても、もはや焼け石に水の状況だった。

 そんなことも手伝って、ユリは職場では一人で浮いてしまい、みんなからジロジロ見られる存在になっていた。

 節電など、使用電力のことなどで何か起こると、すぐに彼女の仕業ではないかという憶測が飛び交うようになっていた。

 次第に、職場で置かれた状況は厳しいものになっていった。

 しかし、自分一人がのけ者にされつつある中で、それでも彼女は自分の意見を貫く覚悟を持っていた。

(それでも私はあきらめないわ。絶対に。私のような嫌われ者がいるから、みんなが多少なりとも環境のことを考えてくれる。そして、地球温暖化を少しでも食い止めるべく、努力をしてくれる。もし私がいなかったら、きっと冷房の温度は22℃くらいに下げられていたはず。だから、これからも私は主張し続けるわ。)

 現に、冷房の温度は2℃違うだけで、二酸化炭素排出量は1日につき200グラム以上の差が出るので、彼女の考えも的を得ていた。

 ユリは職場での異様な雰囲気に耐えながら、その日の仕事を終え、家に向かっていった。


 しかし帰宅してからも、彼女を待っていたのは、節電意識の高さ故のいざこざだった。

 台所に入ってきて、炊飯ジャーと電気ポットの保温が入れっぱなしになっているのを見るなり、家で留守番をしていた祖父に食って掛かった。

「ちょっとおじいちゃん!昼ご飯が済んだら保温を切ってよ!電気がもったいないじゃないの!」

 それを聞いて、彼女の祖父(78)はまたかと言わんばかりに言い返してきた。

「お前、自分の都合で考えすぎじゃないか?保温しておかなかったら、小腹がへった時にうまい飯が食えんし、お茶を飲みたくなった時にお湯がない。もっと便利さを考えてくれんか?」

一方のユリも負けてはいなかった。

「おじいちゃん、環境意識ないの?地球温暖化に関しては、おじいちゃんが若い頃から随分言われてきたことでしょ?」

「それはそうだけど。」

「その時から、自分達の便利さばかりを追求してないで、もっと環境のことを考えて実践すれば、こんなご時勢にはならなかったはずなのに!今の地球がこんな状況になったの、おじいちゃん達のせいだからね!」

「こら!年寄りに向かって、何て事を!」

「そっちこそ地球温暖化をここまで進行させて、償いきれないほどの負の遺産を私達の世代に突きつけたくせに、そんなこと言えるの?」

 2人が口げんかをしていると、そこへユリの両親が家に帰ってきた。

 彼らも、これまで彼女のやり方を幾度も見てきただけに、状況はすぐに分かった。

「またそんなことでもめているのか。そういうエゴ意識はいい加減にしなさい。」

「地球温暖化を気にするのもいいけれど、わがままは勘弁して。こっちが持たないわよ。」

 両親にはユリの気持ちがエゴに見えるのだろう。彼らもうんざりしていた。

「そんなこと言ったって、地球温暖化はもう進むところまで進んでいるのよ!もはや今すぐにでも日本中の全ての人達が、いや、世界中の人達が必死になって温暖化ガス排出を減らしていかないと、もう取り返しのつかないことになるのよ!」

 ユリは必死にアピールした。しかし、彼女の懸命な気持ちにもかかわらず、他の3人の反応は冷ややかだった。

「わしらの世代の人間だって地球を破壊するつもりで生活してきたわけではないんだから。」

「もうどうにでもしなさい。そんなに地球の環境が大事だって言うのなら、お前だけ部屋の電気無しで過ごせ!」

「あんたねえ、職場でもそういうようなこと言って、いざこざを起こしているんでしょ?そんな性格じゃ、彼氏なんて絶対に出来ませんよ。」

 たちまち口々に反論され、返す言葉がなくなってしまったユリは、荷物を抱え、しかめっ面のまま自分の部屋に向かっていった。


 ユリが外出中、彼女の部屋の窓は締め切られていたため、自分の部屋に入ると、たちまちサウナのように暑くなった空気が襲い掛かってきた。

 夏の間、連日こんな日々が続いていたので、もう慣れていたが、それでもこんな空気をしょっちゅう浴びせられるのは嫌なことだった。

 部屋の温度計を見ると、36℃を指していた。

「一体いつまでこんな日が続くのかしら。まったく、先代の人達がしっかりと温暖化対策をしていれば、私達の世代がこんな思いをしなくて済んだはずなのに…。」

 そうつぶやきながら、ユリはエアコン代わりに扇風機のスイッチを入れて、強にあわせた。

 そして、部屋の窓を開け、ベランダに出た。

 そこには彼女が自主的に栽培しているプチトマトの苗が3つ並んでいた。

 彼女は雨が降った日にあらかじめバケツの中に集めておいた水を使って水やりをした。

 そして、連日続いている猛暑のせいでどこか元気のない苗をじっと見つめながら、しばらく考え事をしていた。


 間もなく辺りは暗くなってきて、辺りの家の部屋には明かりが灯り始めた。

 ユリの両親と祖父も、各自で部屋の電気をつけ、やることをやっていた。

 しかし、ユリだけは部屋の電気をつけず、懐中電灯を灯しながら地球温暖化防止に関する本をひたすら読んでいた。

 この懐中電灯に使っている電池は充電可能なもので、約1000回繰り返して使えるものだった。

 さらに充電器は太陽光で作動するタイプなので、使用時には二酸化炭素を全く排出しないものだった。

 彼女はすでに何百回も充電を繰り返しており、これからも使い続ける覚悟を決めていた。

 さすがに蛍光灯と比べると部屋は暗いが、それでもこのやり方を変えようとはしなかった。

「みんなに何と言われようと、あきらめない。たとえわずかでも地球を救う方法があるのなら、私はそれにかけてみるわ。インターネットのブログでは、私のように、いや、私以上に地球温暖化防止のために努力している人がいるんだもの。その人達がいる限り、私はあきらめない。絶対に!」

 彼女はそうつぶやきながら、孤立無援の寂しさを紛らわし、自分を奮い立たせていた。

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