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10/12

影響10 苦悩する酪農家

 二酸化炭素排出による地球温暖化問題が深刻化する中、その他の温室効果ガスについても問題が浮上していた。

 その影響はとある国の酪農家が飼っている牛にも及んでいた。

 牛は食べた草を消化する時、体内にいるメタン細菌によってメタンが生成し、牛がゲップをするとそれが大気中に放出されるということが知られていた。

 メタンは二酸化炭素の約21倍の温室効果を持つと言われているため、二酸化炭素と並んで大きな問題となっていた。

 その国ではゲップに含まれているメタンを減らすために、様々な研究が行われてきたが、今のところ抜本的な解決には至っていなかった。


 そんな中で、これまで30年以上酪農を営んでいる農家バンクシア・プラタナスは、ある日の新聞記事を見て驚いた。

 そこには次のようなことが書かれていた。


 今日、酪農委員会は牛のゲップに含まれるメタンの量を抑制するため、来年から酪農家に対し、メタン細菌を減らすための物質を使用することを義務付け、メタンの排出量をこれまでの2分に1以下に減らす方針を発表した。

 もし、酪農家が半年以内にこれを達成出来ない場合には補償金を支払い、1年たっても達成出来なければ、牛の数の調整に乗り出す計画である。


 さらに委員会は、このやり方が地球温暖化に歯止めをかけるために一役買うことを期待しているというようなことを記事の中で言っていた。

 しかし一方のバンクシアはこのやり方に不信感を抱かずにはいられなかった。

「一体委員会はこれから何をするつもりなんだ。今メディアで紹介されているとは言え、メタン細菌を減らす物質は現時点では高価だ。ただでさえ採算ぎりぎりでやっているのに、こんなことを義務化されたら間違いなく赤字経営になってしまう。それに、牛の数の調整とはどういうことなんだ?まさか…。」

 悪い予感がしたバンクシアは早速、委員会の電話番号を調べ、連絡を取ることにした。

 最初はなかなかつながらなかったが、辛抱強く電話をかけるうちに、やっとつながった。

『酪農委員会です。ご用件は?』

「ハロー、こちらは酪農家のバンクシア・プラタナスです。」

『あなたも酪農牛についてのご質問ですか?』

 電話に応対した人は、すでに何人もの人達から質問攻めにあってきたのだろう、少しうんざりしたような口調で答えてきた。

 一方のバンクシアは内容について詳しく知るために食い下がってきた。

 しかし応対した人は、どこかはぐらかしたような言い方を繰り返すばかりでなかなか具体的な内容について言おうとしなかった。

 そうしているうちに、バンクシアにはイライラがつのり、強い口調で「牛の数を減らすということは、すなわち牛を殺してメタンを減らそうというつもりなんだろ?」と言い放った。

 その言い方に応対した人も緊張の糸が切れたのだろう、逆ギレするように『ああ、そのとおりだ!地球温暖化防止に貢献出来ないのなら覚悟しろ!こっちは朝からこんな電話ばかりで腹立っているんだ!』と言い返してきた。

 このやり方にはバンクシアもさすがに耐え切れなくなり、「覚えてろ!訴えてやるからな!」と捨てゼリフを残して、受話器を思い切り叩きつけて電話を切った。


 その大声を聞いて驚いたのだろう、妻がやってきた。

「一体なんですか?そんなことをして。」

「大声を出してすまなかった。しかし、このままでは酪農家は大変な状況になってしまう。」 バンクシアはそう言って謝ると、新聞の記事と電話で言われたことについて話した。

「あなた、他の酪農家の人達を集めて抗議をしましょうよ。」

「そうだな…。地球温暖化を食い止めたいばかりに、こんなことをされたら、酪農家に生活をやめろといっているようなものだからな。」

 2人は早速知り合いの酪農家達に電話をかけた。

 電話に出た酪農家も、多くの人達はすでに情報を得ていたのだろう、彼らもすぐに賛同してくれた。

 そして抗議活動をしようという意見が出始めた。

 バンクシアもそれに賛同し、早速仲間の酪農家達に呼びかけを開始した。


 それから1週間後、多くの酪農家の人達や、彼らの呼びかけで集まった一般の人達が抗議デモを実行した。

 彼らは「私達の生活を守れ!」「酪農家をつぶすな!」「政策を撤回しろ!」というプラカードや横断幕を掲げ、酪農委員会の建物の前に押しかけていた。

 一方の酪農委員会は、警察を呼んでデモを鎮圧しようとしたが、まずは代表者同士で話をしようということになり、代表者であるバンクシアを呼び、建物の中に招いた。

 バンクシアは、まず政策の撤回を求める署名を調査委員会の代表に渡すと、早速酪農家側の主張について色々と説明をした。

「地球温暖化が世界中で深刻な問題になっていることは私達も知っています。その温暖化の原因となるメタンを減らしたいというそちらの気持ちも分かります。私達も出来るだけのことはしています。しかし、あなた達のやり方では、私達酪農家は生活が出来なくなってしまいます。どうか撤回してもらえませんか?」

 しかし、委員会側も食い下がらなかった。

「いいですか?地球温暖化というのはあなた達が考えている以上に今や深刻な状況なのです。本当なら今すぐにでもメタン排出量を2分の1以下にしてもらいたいところなのですが、私達はあなた達の生活について配慮したからこそ、罰金まで半年、そして間引き開始まで1年の猶予を与えたのです。これはぜひとも守ってもらわなければ困ります。」

「かといって、これでは多くの酪農家が廃業に追い込まれてしまいます。あなた達は牛肉が食べられなくなってもいいのですか?牛乳が飲めなくなってもいいのですか?」

「確かにこれからはそれらを手に入れにくくなるでしょう。しかし、温暖化防止に貢献出来ないのであれば、そのような酪農家は潔く手を引くべきです。今すぐにでもそうしなければ、地球はもはや取り返しのつかない状況なのです。」


 双方は、その後も色々と主張を続けたままお互い譲らず、結局平行線のままだった。

 意見を聞き入れてもらえず、政策を撤回してもらえなかった酪農家達は、その後も建物の前に居座っていたが、警察が威嚇してくると、仕方なくデモ隊を解散し、重い足取りで引き上げていった。


 しかし、彼らは政策の撤回をあきらめてはいなかった。

 もはや話し合いでは解決出来ないと判断すると、ついに裁判所に訴えることを決意した。

 ただ、もし裁判で半年以上が経過して原告側が敗訴すれば、酪農家達には罰金が課せられ、1年以上が経過して敗訴すれば、牛達が犠牲になってしまう。

 彼らにとっては絶対に負けられない闘いが幕を開けた。


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