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第2章 第26話 最後のデートと間接キス


 かつてこの町の名物であった『式神修験町秋祭り』は、地元の総力挙げて行っているだけあって賑やかだ。家神家のふもとの家から歩いてすぐの路地は、平常時だと何もない寂しげな田舎道だが今日は特別な装い。


 メインとなる神仏習合のお寺と神社付近の参道では、ここぞとばかりにビジネスに精を出す商売人達の姿。観光客も想像よりもずっと多く、少し目を離してしまうと伽羅やモイラさんがどこにいるか見当もつかなくなりそうだ。


「まずいなぁ……人だかりが凄すぎて、2人のことを見失っちゃうよ! おーい、伽羅、モイラさん……あぁ」


 サラサラの黒髪セミロングと金髪まとめ髪の後ろ姿が、人混みに紛れて徐々に遠ざかる。オレが2人を呼ぶのと同時に通りかかったえびす講の宣伝部隊がクルクルと踊り歩いてきて、すっかり伽羅達を見失ってしまった。


 呼び声を遮るようにチントンシャン、カランコロン……あちこちから楽しそうな音が聞こえてくる。

「はぁヨイヨイ! えびす様のありがたいご利益はこちらの熊手! 陰陽師の祈りが篭ったお札はこちらっ」


 オレの知る時代では、式神修験町がここまで賑わっていた記憶はまずないと言っていいだろう。当時の活気を失ってしまったことは、経済的な打撃が大きそうだ。


「あの2人とてお馬鹿さんじゃあるまいし、きちんと陰陽師のお芝居が行われる会場に行ったじゃろう。いざとなったら、会場で探せば良いのじゃ」

「う、うん……。そういう約束だったし大丈夫か」


 離れ離れになってしまった伽羅とモイラさんのことが気になるが、待ち合わせ場所が決まっているしそうれほど不安になる必要はないか。混んでいるルートを避けて目的地へ向かおうとすると、スイレンが遠慮がちにオレの方を見上げながら洋服の裾をクイっと引っ張ってきた。


「スグルどの……もしかすると、今日でスグルどのとこうして過ごすのは最後になるやも知れん。こんな非常時にこういうことをいうのもどうかと思ったのだけど……せっかく2人きりになったし。どうじゃ……思い出作りにお祭りデートをしても、バチは当たるまい」


 一緒に過ごすのは最後……とは、どちらかの身に何か起きるような予感がしているのだろうか。それとも、過去に介入することで本来の未来が消えてしまうことを危惧しているのか……? スイレンが一体どの部分で不安に思い、『最後』というセリフが口をついて出たのかは分からない。


(こんな非常時にと言ってはいるけど、万が一の場合は最後の瞬間を迎える手前だからこそ楽しい思い出を作りたくなったのだろう)


 今のスイレンは女神のチカラを封印しているせいか、髪の毛の色は普段のラベンダーカラーとは異なり黒に近いこげ茶で、服装も秋に似合う白いシャツにカーキのアウターとふんわりしたスカートのセットアップで上品だ。ごく普通の清楚で綺麗な19歳の女性……といった感じのスイレンから覚悟を決めた切なげな表情でデートに誘われたら、断る事なんて出来ない。


「うん……そうだね。オレ達の未来がこれからどう変わっていこうと、今のオレ達の心に思い出を残そう!」

「……! ありがとう、スグルどの」


 夕暮れが次第に近づいてくる式神修験町の祭りの景色は、ノスタルジックな写真の一風景のようで……次第に現実のものと認識出来なくなるのでは……と錯覚しそうになる。オレの手を引いて、祭りの中心部へと連れ出すスイレンに手はヒンヤリと冷たくまだ彼女が此処にいることを実感させられた。



 * * *



 山車とともにオカメや狐のお面を被った和装の住民達が、踊りながら練り歩く。紅白の縁起が良い提灯に、えびす講の時期に合わせた熊手が所狭しと飾られている。もちろん飲食の屋台も所狭しと並んでいて、焼きそば、たこ焼き、大判焼きなどの定番からケバブなどのちょっぴり異国情緒なものまで幅広い。


「十年以上前のお祭りだけど、人が超多くて活気付いていること以外はそれほど現代と変わらないなぁ。みんなが手にしているのがガラケーな事と、タピオカミルクティーがそれほど流行っていないことくらいか?」

 いわゆるインターネットが出来た頃から、文化は急速に変化しているが。さすがに十数年くらいじゃ、違いはスマホの普及とタピオカミルクティーくらいだ。もっとも、タピオカの流行は過去にもあったらしいけれど。


「ふふっ。確かに、現代の祭りじゃったらSNS映えを狙った自撮りとタピオカミルクティーの屋台で盛り上がっていそうなものじゃからな。服装は祭りということもあって、和装の住人が多いからジェネレーションギャップは感じにくいかのう。ふむ……お芝居が始まるまで時間があるし、わらわたちも腹ごしらえするか!」

「ああ、間違えて時代が進んだ硬貨を使わないように……っと。現代のお金は元の時代に置いてきたんだっけ? なら、安心して買い物を……食べ歩きしやすいように大判焼きにしようかな?」

 祭り特有のソースの香り漂う美味しそうな焼きそばやたこ焼きも魅力的だが、箸や爪楊枝を使うようだし移動しながらの食事なら大判焼きが適しているだろう。


「大判焼きとな、小豆とチーズのどちらが良いかで迷うのう……。うむ、小豆じゃ! 店主、小豆の大判焼きを1つ」

「じゃあ、オレはチーズにするよ。すみませーん、チーズの大判焼き1つ。会計は2人一緒で」


 屋台で売られている大判焼きは二百円程でリーズナブルだったが、男のプライドからスイレンにお金を払わせるわけにもいかず、オレが会計をする。


「あいよ! まいどありっ。熱いから気をつけてな」


 大判焼きは薄い紙のケースに入れられていて、焼きたてのホクホクとした感覚が手からもじんわりと伝わってきた。

「じゃあ早速、いただきまーす。んっ。チーズがトロッと伸びて美味しい! どうしたスイレン?」

 早速食べ始めると、スイレンのジィッと見つめてくる視線にふと気づく。なんだろう? 本当は、小豆じゃなくてチーズの方が食べたかったのだろうか。


「……スグルどの、その。スグルどのの食べたチーズの大判焼き、わらわにもひとくち……」

 何か言いたげな目で見つめられて、さらにオレが食べた後の大判焼きをねだられて、思わず足が止まる。このままでは他の歩行者の邪魔になってしまうため、仕方なく道の端っこの方に移動して歩行者を避けることに。


「いいけど、これってオレの食べかけだし。もしチーズの方が良かったならもう一個買っても……」

「そ、そうじゃなくて……スグルどのからひとくちもらうことに意味があるのじゃっ。そ、その……恋人同士がデートでよく食べ物を分け合っているじゃろう?」


 気を遣って大判焼き屋台で新しいものを購入するように提案すると、スイレンは顔を赤らめながら慌てて、本当の目的を説明し始めた。まさか、そんな街角のカップルみたいな真似をしたかったとは……いや、彼女も普段は年頃の若いお嬢さんだ。


「えっ……ご、ごめんスイレン。気が利かなくて……はい、じゃあ。あーん!」

「ふむ……んっ確かによく伸びるのう。ふふっ。これでスグルどのと、間接キッスじゃ。うふふっスグルどのったら顔が真っ赤じゃぞ!」


 満足げにスイレンは、オレよりちょっとだけ先を歩くためにくるりと前を向いた。そのため残念ながら、現在のスイレンの表情はオレには見えない。


「す、スイレンッ……まったく。からかわないでくれよ。もうっ会場に急ぐぞ」

 後ろを向き僅かに肩を震わすスイレンが、その時に嬉しくて笑っていたのか、それとも近い将来の別れを予感して泣いていたのかは今となっては確かめることすら出来ない。


 ただ、残念なことにこの秋祭りのデートがオレと女神スイレンの『今生の別れの前のデート』になってしまうのだった。

 何気ない日常を、さりげない会話を……もっと噛み締めておけば良かったと、行き交う人々の魂が次第に薄れゆく中……感じることになるのである。


 気がつくと祭りの会場に到着する頃には、何度も繰り返されたタイムリープの余波で人々の肉体から『魂が内在している』ものは少なくなった。


「あ、あれっ……なんだろう? せっかく会場に着いたのにみんな、人形みたいになって。伽羅、モイラさん……スイレンまでっ。一体、何が起きているんだ? これじゃあ、オレだけが抜け殻の世界に取り残されているみたいじゃないかっ!」


 ――音も風も感情の揺らぎも全てが停止して、残されたのは芝居の舞台に立つ母まどかの抜け殻と魂が迷子のオレのみ。千年間の因縁を描いた陰陽師芝居が、オレの魂の前で静かに始まる。


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