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第2章 第25話 因縁の芝居を見届けに


 封印されたふもとの家のタイムワープの狭間とされる部屋の鍵を開ける。過去の時間軸をなんとか無事に通り抜けて、オレ達は因縁深い『秋の式神修験町祭り』の当日に向けて魂の時を巻き戻していく。

 母さんが亡くなった原因とされる秋祭り、上手くいけば母さんを救うことが出来るかも知れない。だけどタイムワープの条件は、『決して必要以上に時間軸に干渉しないこと』だった。


 つまり、現代に影響を及ぼす時間の歪みの原因だけを突き止めて、過去を変化させるような真似はせずに未来へと帰還しなくてはいけない。すなわちそれは、自分の母が死ぬ瞬間を黙って見届けなくてはいけないという呪いにも似た呪縛なのであった。


(母さんを見捨てるなんて、そんなこと出来るはずがないじゃないか。例えそれがこの世の仕組みに反することであったとしても、何もしないで見殺しのするなんて……絶対に嫌だ)


 心と身体がユラユラと揺らされて時間の歪みに翻弄されながらも、オレは異界時間軸調査会からの注意事項なんかすっかり忘れて、母さんを助けることで頭がいっぱいだった。



 時を超えるという術はやはり禁忌に値するのか、タイムワープを行ったあの瞬間……オレの揺らめく魂は少年から赤ん坊、そして胎児へと遡っていった。

 水面に揺れる花々は間違いなく蓮の花で、極楽浄土へと召される訳でもあるまいに、死ぬことと生きることの中間地点へと誘われた気分だ。果たしてこの蓮の花は、生命の終焉を迎えるものを休ませる眠りのウテナか。はたまた、これから生命を宿すべく赤ん坊として生まれるためのゆりかごなのか? 


 答えを出せないままに、蓮の花の動きに身を委ねながら魂の『終わりと始まり』を同時に体感していた。


「ここはどこだろう、もしかすると母さんのお腹の中何かなぁ? おーい、誰かいませんかっ。おーい」


 ひとり言を呟いてみるものの、それを受け止めてくれるものは、この場にはいない。そもそも今のオレは、肉体としてはまだ完全に形成されておらず、勾玉のような形をした小さな生命の灯火に過ぎなかった。まるで水辺に浮かべた小さな灯りのように、蓮の上で『オレはここにいる』と言わんばかりに主張するが、無限に広がるかのように見える水面の上では無力な叫びに過ぎないのだろう。


 すると、自分以外には誰もいないはずの魂を掬い上げるように、蓮の花を白く美しい手がそっと包み込んだ。


「スグル、生まれてきてくれてありがとう。ごめんね、お母さんね……これ以上はあなたの側には居られないの。あなたはこれから、叔父さんと叔母さんに育てられるのよ。きっと大丈夫……叔父さんは霊力はないけれどとても機転が効く人で頼り甲斐があるわ。叔母さんはとても優しい人でね、蓮の女神の私のことも人間の友人として接してくれた」


 ようやく迎えに来てくれた母さんは、これから自宅へと連れて帰ってくれる訳ではないらしい。それどころか、オレを遠くに置いて何処かへと消えてしまうつもりだ。叔父さんと叔母さんにオレを預けて、彼女は何処へと消えるつもりなのだろう?

 蓮の花の女神である母が逝けるあの世なんて、極楽浄土以外には無いはずだ。けれど、極楽浄土の入り口は今オレと母さんが対話しているこの場所である。


 ――ここ以外の何処かに魂を眠らせるなんて、そんなこと出来るはずがないのに。


「母さん、何を言っているの? どうしてオレを残して遠くに行ってしまうの? まだ、小さなオレにはあなたの温もりが必要なのに!」

「スグル、あなたは幸せになって。特別、偉くならなくてもいい……優しい心を持った大人になって、素敵な女性と家庭を築いてね。それだけが、母さんの望み……」


 母さんの白い手がそっと蓮の花から離れて、次第に遠くなっていく。『オレを残して何処かへなんて行かないで……』と言葉にしたくても、何故か声が出ない。今のオレは肉体を持たぬ勾玉なのだから、喉や声帯を通じて声を発する訳ではないが。心の根っこの部分では、いついかなる状態であろうと声を出すことが出来ていたはずだ。


 もどかしい気持ちで母さんが遠ざかるのを見守っていると、どこか遠くの方から別の女性の声が聞こえてきた。


「スグルどの、スグルどの……」


 この声は誰の声だっけ……今時珍しい古風な呼び方、聡明そうでいながら可愛らしさもあるあの人は……オレにとって大切な誰か。


 一蓮托生を誓い合った輪廻の花、そうだ……オレはこのウテナの上で独りきりじゃない。魂の半分を共有しているあの女性が……睡蓮の女神様がいるじゃないか。誰もいない極楽浄土は想像しているよりもずっと寂しい場所で。


(このままここで眠ってしまっては、母さんに会うどころか、他の誰にも会えなくなって、やがて意思のないただの花になってしまう。目を覚まさないと……!)


 孤独感から解放されるために、魂を目覚めさせるために必死に足掻く。勾玉状に変化していた魂は、人の姿へと形を変えて、オレを本来の家神スグルの肉体へと帰還させるのだった。



 * * *



「スグルどの、スグルどの……起きて、スグルどの!」


 決意とも失望とも取れる心の深層に呼びかけるかの如く、微睡みの中でスイレンの品の良い声がオレを呼び覚ます。そうだ……時間を歪めてしまっては、死に戻ってまで手に入れた今の生活を全てひていすることになる。スイレンや伽羅、モイラさんといった女神達との出会いもオレの記憶通りの展開は起こらないかも知れないし、最悪の場合……無かったことになるだろう。


 本来ならば亡くなる予定の母を救い出すことは、未来における存命する人達との絆を全て否定することに繋がりかねなかった。僅かに不安が残るが、オレとスイレンの間にある一蓮托生の絆が簡単に切れるようにも思えない。新たな決意を胸に思い切って、目を覚ます。



「スグルどの! もうすぐ、祭りが始まるみたいじゃぞ。いい加減、目を覚まさないと……」

「う……うん? スイレン……? あれ、オレあのまま眠っちゃっていたんだ。ごめん、前回のタイムワープではこんな風に気を失って眠るなんて、なかったのにな」

「うむ。スグルどのは、わらわたちと違い、すでに一度過去に遡っているからのう……時間移動を行うと身体に負担がかかるのかも知れぬ」


 意識を失っていたのか目覚めると婚約者スイレンの膝の上でぐっすりと眠ってしまっていたようだ。場所は、タイムワープを行ったふもとの家のえんがわである。当時は、観光客向けにこの場所を解放して陰陽師の記念碑などを案内していた。そのため、家神一族以外の人間が部屋の縁側で休んでいても、それほど違和感はないだろう。傍目から見ると疲れ果てた観光客が、眠ってしまったというシチュエーションが当てはまる。


 なんとか身体を起こして、辺りを見渡すと夕日がそろそろ降りてきそうな頃合いだ。オレがこれからについてスイレンと相談するより早く、祭りの様子を見に行ってくれていた伽羅とモイラさんが水風船やチョコバナナを片手に状況を知らせに戻ってきた。


「スグル様っ。お目覚めになられたのですね。もう、外ではお祭りが始まっていますわよ。ほら、この通り……他にもりんご飴や綿菓子、金魚すくいなんかもありましたわ」

「ジャパニーズモダンが満載のお祭りって感じで、私は好感が持てました。ですが、時間の歪みがこの楽しい空間から発生しているのは確かな訳で……調査が必要です」


 2人とも随分と祭りをエンジョイしているようだが、その隙間に時間を歪める魔の影があることは否定出来ない。


「スグルどの。母上のまどかどのは、夜に行われる陰陽師の芝居に出席する予定のようじゃ。てっきりお芝居は田舎神楽のみで、まどかどのは占いに専念すると思ったのじゃがのう。まずは、その会場の近くまで行って見ようぞ」


 スイレンの手には、陰陽師の歴史を再現するという芝居の案内。当初の予定では、母さんはちょっとした占いを披露するだけだった気がするが。盛り上げるために、占いだけじゃなく芝居仕立てになったのだろう。母さんは素顔で出演するわけではなく、お面を被って演技を行うらしい。奇しくもあやかしの面を被った人達のイラストもあって、異界の民が芝居のふりをしながら混ざりやすい条件が揃ってしまった。


「ああ、家神一族に取り憑いた因縁の正体を……ここで突き止めるんだ」


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