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第4話 一蓮托生の輪廻の花


「お風呂あがりました。ありがとうございます。一番風呂をいただいてしまって」

「いいのよ、せっかく異界の神の種族『レンゲ族』から人間族の『家神家』に嫁いできてくれたんだから。やっぱり花嫁さんには一番風呂に入ってもらわないとねっ。あらっスイレンさん……その寝間着、お洒落ね。素敵よ!」

「ええ、母が持たせてくれた荷物に入っていて……」


 風呂場付近の廊下を通り過ぎると、今日から同居することになった婚約者のスイレンと姉ツグミのきゃっきゃっうふふとした楽しそうな会話が聞こえてくる。どうやら嫁と小姑の仲は上手くいきそうでホッとする。2人のやりとりを何となく確認してから再び居間へ。

 ふうっと一呼吸して、食後の冷たい麦茶を味わう。居間にはお祝いパーティーを行った余韻の紙吹雪が、畳にわずかながら残っている。だが、それもお祝いの日ならではの嬉しい形跡だ。ふと気がつくと、その紙吹雪も猫のミミちゃんの良い遊び道具と化していた。


「うふふ、おにーちゃん、気づいてないでしょう? 鼻の下のびてるよ。あはは、しょうがないか。いきなり、あんな綺麗なお嫁さんが来たわけだし。しかも、美人の女神様が多いことで有名なレンゲ族なんでしょ。運が良いよね」

「えっ鼻の下? 嘘だろおいっ」

「もう、冗談だってば。でも、お兄ちゃんなんだか表情が柔らかくなったね。これも、スイレンさんのおかげなのかな……。お兄ちゃん、幸せになってね。私たちは、これからもずっと同じ家神の家族なんだからねっ」


 一瞬……ほんとうに一瞬だが、いつもオレをからかっているアヤメの表情が少し寂しそうで切なげに見えた。だが、セミロングの黒髪をわずかに揺らして、からかう仕草は見慣れたものだ。


「みゃみゃーんっ」

 ミミちゃんも、何か明るく猫語で話しかけているようだ。オレに嫁が出来たことを理解しているのか? 甘えてくるミミちゃんの白い頭を優しく撫でてやる。


「まったく、からかうなよっアヤメ。でも……ありがとうな」


 異界の女神様であるスイレンは、まるで池の水面にたゆたう睡蓮の花が人の形を得たようにとても美しく、オレは思わず出会った瞬間にプロポーズしてしまった。初対面で告白し、誓いの口づけを交わし、さらに同居まで開始することに。


 これが24時間以内にすべて展開していったことに、自分でも驚きを隠せない。あまりの早すぎる展開に困惑しながらも、家族公認の嫁(予定)が出来たことの喜びにかすかに震えていた。


 なんせ我が家は、先祖代々の術師の家系。高校に通いながら異界にあやかしを退治に行くという、なかばワーカーホリック気味な単調ライフを送っていたのだ。

 若年最強の異界術師とか謳われており、自分で言うのもなんだがそれなりのイケメンフェイスの割に、どんなに『俺tueeee』しても強すぎるせいか高難易度バトルが連続するだけで、何故か女と縁がなく……。いい加減モチベが下がりかけていたので、美人女神スイレンとの出会いはちょうど良いタイミングだったと言える。



 気がつくと、スイレンと姉が風呂場から戻ってきていた。ほんのりと頬を上気させたスイレンの素肌は、透けるような透明感。寝間着はいわゆる浴衣タイプのもので、淡い薄紫色の花柄のものだ。生地が薄いせいか、巫女服よりも華奢な身体がリアルに感じられて、思わずドキッとしてしまう。濡れた髪を後ろで束ねており、まとめ髪の後れ毛やさらけ出された白いうなじに思わず息を飲む。


(やばいよ、スイレン。無茶苦茶可愛いじゃん? これが、今日からオレの嫁なんて……。下ろした髪もいいが、アップヘアもよく似合うな。胸のサイズも大きくはないが小さくもなく……ちょうど良い感じで。これで、やきもち焼きじゃなきゃ最高……)


 見つめられているのが伝わったのか、思わず恥ずかしそうに目を伏せるスイレン。おっと、いけない。家族の前だった……平常心、平常心。


「そ、その……スグルどの……」

「えっあっ、えっと……その寝間着、よく似合ってるよ」

「う、うん……ありがと……」


「はいっ! スグル。スイレンさんお風呂あがったから。次は、スグルがお風呂に入ってちょうだいっ」

「えっいいのか? 姉ちゃん。いつもは、オレが最後……」

「今日は、特別よっ」

「じゃあ、いってきます」

 姉の好意に甘えて、二番風呂を頂くことに。すれ違いざまのスイレンからは、我が家のものとは違う石鹸を使ったのか……天然花の良い香り。本能的に、高まる鼓動を抑えながら風呂場へ。



 * * *



「はぁ……なんか今日はいろいろあったなぁ。あやかし退治はいつもの事だけど、いきなりお嫁さんを貰うことになるとは……いや、嬉しいけど」


 オーソドックスな石鹸で身体の汚れを落とし、お気に入りのノンシリコンシャンプーで頭髪の汚れを落とす。完全に身を清めてから……ざぶん、と湯船にもぐる。今日の入浴剤は、森林の香り……乳白色のにごり湯で全身をほぐして心身ともにリラックス。若干の筋肉痛を感じるが、いつものことだ。

 やはり、1日の終わりに風呂は良い。特に異界のような霊気の強い場所に行ったあとは、清浄を気をつけなくてはいけない。これは、霊的な仕事を行う者にとっては基本中の基本だ。


(そういえば、明日から学校か。姉ちゃんは、まだ大学は休みのはずだけど……今後は、スイレンを家に一人にさせる機会が増えてしまうな。どうしよう、何か考えないと)


 婚約お祝いの席で判明したことは、スイレンは異界の女学校を出てからは、巫女としての修行をメインに行っていて、今回がはじめての仕事だったという事。俗に言う箱入り娘というヤツなのだろう。

 また、種族としては異界の神の中でも格が高いとされる『レンゲ族』の神。うちも人間界ではそれなりの血筋の部類だが、いわゆる女神を嫁にするのは久しぶりだ。我が家神一族が、神の血統から離れて何世代も経っているはず。


 人間族として暮らすには不自由しないような神のご加護をいただけるのも、ひとえに我が一族が神の血統をわずかながら引いているおかげ。およそ七代目まではご加護が続くらしいが……そろそろ、ご加護や霊力の継承がとぎれる代だ。


 すると、数時間ぶりにオレの頭の中から天の声が語りかけてきた。


『ふふっ婚約者を貰って、いろいろと考えることがあるようですね。スグルっ』

「はっお前は、天の声! やめろよ、ちょっぴりマリッジブルーなんだから人の思考を覗くなよっ」

『ええ、ですが我々、天の声はあなたたちの根本に潜む潜在意識を介して無限に繋がっていますので。その辺りは目をつむってください』

「まったく、もう」

 霊感が高いというのも、こういう時に多少の不便を感じるものだ。オレの繊細な気持ちを軽く無視して、楽しそうに天の声は会話を続ける。


『しかしながら……レンゲ族ですか。いやぁ懐かしいですねぇ。数代前に、家神家に嫁がれたのはレンゲ族の中でもハス系の女神様だったのですよ。まぁ美人な方でしてねえ』

「へぇオレのご先祖様って、レンゲ族からお嫁さんを貰っていたんだ。何系の神様がご先祖様にいるのか、もうわからなくなっているからなぁ」

 たまに、天の声から意外な情報を得られるので、思わず会話が続いてしまう。


『ええ、それでですね。スイレンさんは以前のお嫁さんとは似て非なる睡蓮系の女神様。あの時とは、扱いが多少違いますので気をつけてください。いいですか、蓮の花と睡蓮の花は見た目は似ていますけれど、実は別の花で……それと同じように女性の扱いも……』


「……何言ってるんだ、天の声? オレはまだ16歳で婚約者が出来るのは生まれて初めてだぞ。それにオレだって、バカじゃないんだから蓮の花と睡蓮の花が別の花だってことくらい知っているよ。ただ、神々の世界ではレンゲ族として、ひとくくりにされているけど……」

『ああ、まぁ……スグルはそういう話は嫌がりますけど。輪廻転生の話ですよ。記憶にないならそれで良いです。一蓮托生、愛し合っていた2人の魂が同じ花の上に生まれ変わる……いいですねぇ。ロマンがあって』

 どうやら、天の声は前世や輪廻転生にロマンを感じるタイプのようで、オレとスイレンを前世からの結びつきだと解釈しているらしい。


 一蓮托生とは……死んだカップルが、同じ蓮の花の上に生まれ変わって再びカップルになるくらい愛し合ってる! みたいな、リア充特有の四字熟語だ。そんな四字熟語を持ち出されるとは、オレもリア充の仲間入りだな。


 なんやかんやで、天の声のアドバイスを一応は頭に入れながら、身体の疲れを癒した。明日からは学校、異界術師だけではなく高校生活もそれなりに送らないと。

 はてさてこれからオレとスイレンの婚約者としての仲……ひいては家神一族は、今後どうなっていくのか。


 輪廻をこえてオレとスイレンを結ぶ一蓮托生の意味……このときはまだ、自分がどんな宿命を持って現世に生まれたかなんて、想像もつかなかったのである。


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