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第2章 第21話 少女の運命が変わる時


 水先案内人である龍族の少年【黎明】の導きにより、アヤメは湖を渡る手段を得ることが出来た。目的地である夢幻の塔は、湖の中央にある離れ小島にそびえ立っている。異界の眷属がふよふよと浮遊する危なげな湖、なんとか上手く渡れると良いのだが。


 屋根の付いた上等の手漕ぎボートが何艘か桟橋でスタンバイ中、おそらくあのボートのいずれかを借りて夢幻の塔へと渡るのだろう。早速手続きのために、管理小屋の中へ。

 小屋には受付担当の狐耳の巫女と、待機中の水先案内人が1人ずつ。お土産コーナーが設けられており、観光地として営業している模様。


「あら、黎明君。彼女とデートかしら? うふふ。やっぱり数百年生きている龍神様でも、見た目年齢が近い子が好きなのね!」

「黎明君って本当に数百歳だったんだ。てっきり異界ジョークかと思っちゃった」


「うふふ。異界は見た目年齢が重要視される世界ですから、ある程度の年齢差なんか気になりませんよ。ではギルドから送られてきたデータを確認、家神アヤメさん……まぁ! まだ14歳? 完全な人間というわけではなく、蓮の女神様の子孫……っと。ふぅむ……タイムリープで記憶に欠損あり。そろそろ、ご先祖様の御神力が完全に切れてしまう代ですし、冗談抜きで黎明君のお嫁さんになった方が……」


「ちょ……アヤメちゃんは、今回水鏡ギルドの入団試験のためにここに来たんだよ。まぁ見た目年齢はともかく、中身は大人の僕的には2年は待たないと恋愛対象扱いするのには罪悪感が……。想像以上の年齢差……っていうより世代差レベルだしね」

「あらあら、じゃあ2年後に期待ね! ところで、今日はいつもより眷属の浮遊数が多いの。なんでも、姫様が久し振りにお目覚めになられているとかで。気が立っている眷属もいるから、気をつけてね。乗船チケットは往復切符でいいかしら?」


 狐耳の巫女さんがチケットを片手に、乗船の手続きを行おうとするが、ふとアヤメの動きが止まる。


「ええと……私、実は異界のお金をあまり持って来ていないの。一緒に来たスグルお兄ちゃんが支払い担当だったから。船を借りるのって高いんでしょう。お代……足りるかな?」


 異界の通貨は、江戸時代まで使われていた文などの通貨と、現世との共通通貨の2種類。現金は文で支払う店も多く、基本的に何文かは所持していないとクエスト出立は出来ない。

 だが、会計役は基本的にスグルが行うことになっていたので、アヤメの所持金は必要最低限のはずだ。


 アヤメ自身、異界で買い物や用事を済ませる機会がすぐに来るとは思わなかったため、今回のクエスト用の財布をそのまま父から受け取りそのままたいして確認もせずに出てきてしまった。


「あはは。船の渡し賃は伝統に則り、たったの六文銭だよ。正確には、ギルド経由で補助金が出るから割り引かれて六文銭で渡れるだけなんだけど」

「六文銭って、通貨の価値でいうと、どれくらいのものが購入出来るんだろう?」


 部分的とは言え、江戸時代の慣習を守っている異界とはお金の価値が違う。本来ならば、たった六文で船を渡ることは現世の感覚ではなさそうだが。


「そうだね。二八蕎麦がニハチジュウロクで十六文で食べられる。草鞋だったら二束三文でたったの三文だ。ギルドが移動許可をしているということは、おそらくそれくらいのお金は所持しているんじゃないかな? 確認してごらん」

「えっ? うん……がま口財布の中にジャラジャラと小銭があって。あとは……あれ? 異界百貨店共通プリペイド。お父さんが入れておいてくれたのかな」


 異界での買い物にプリペイドカードとは? と、不思議に思ったアヤメだが、カードには【異界百貨店共通プリペイド】と書いてある。どうやら、異界ではメジャーなカードのようだ。


「ああ、最近は異界でも現世の習慣を導入して、プリペイドカードでの支払いが出来るんだよ。ちょっと確認してみるね。えっと……中学生の君が使うには、ちょっと贅沢出来る程度には入っているよ。まぁ今回は現金で渡し賃を支払ってもらって……はい! 手続完了」

「わぁありがとう! これで、夢幻の塔へ行けるのね。あと準備するものは……」


 往復の乗船チケットを発行してもらい、さあ出発……というところで、ふと【お供え物】というコーナーが目に留まった。


 神様へのお供え物は、こちらという案内とともに、【龍神印の特製ゆで卵セット】や【ふっくらお揚げ】【紅白お餅】などが並んでいる。お会いする神様の種族に合わせた特製セットも用意してもらえるようだ。

 日本酒も何種類かあるが、アヤメは未成年なので酒の購入は出来ない。けれど、参拝者がお供えする品々に思わず気持ちが惹かれる。


「これからお会いする姫様って、一体どんな女神様なんだろう? 何系の神様なのか分かれば、お供え物も分かるんだけど」

「まぁ! まだお若いのにきちんとお供え物を準備してから行くんですね。姫様はいわゆる白蛇様や龍神様の仲間とされていますので、ゆで卵や紅白お餅が良いかと! 【水神様お供えセット】がおススメですよ。ゆで卵とお餅に天然水付きで、アヤメさんみたいな未成年の方でも安心して購入出来るかと」

「じゃあ、その水神様お供えセットを2セットとお稲荷様セットを1セットお願いします」

「こんっ! 毎度ありですわ!」


 手際よく水神様が喜ぶとされるお供えセットを2つとお稲荷様セットを1つ購入するアヤメ。

 お稲荷様セットは、いろいろな情報を提供してくれたお礼に受付の狐耳の巫女さんに。そして、水神様お供えセットの1つを今日お世話になる黎明に手渡す。


「はい。黎明君! 私最初はあなたのこと龍神様だって信じられなかったけど。話しているうちに、本当に私より上の人なのかなって思えるようになったよ。これは、お詫びのお供え物ね!」

「おおっ! お供え物をもらうのなんてどれくらいぶりだろう? 自分の祠がなくなってから、すっかりお供え物とは縁遠くなっていたからね。有り難く頂戴しておくよ。じゃあ早速だからゆで卵を1つ……アヤメちゃんも食べると良いよ。はい、お下がりのゆで卵!」

「ありがとう! わぁ……温泉卵だ。美味しいっ。食べたら出発だね」


 桟橋に設置されたベンチで先に腹ごしらえをして、いよいよ夢幻の塔へ。湖にゆらゆらと浮かぶ船の上に足を踏み入れると不安定にぐらりと揺れる。思ったよりも霧が深く、上等なボートと言えどもなんとも頼りない。

 だが、黎明が乗船した瞬間にぴたりと船が揺れなくなり水面が安定する。これが、龍神様のご利益なのだろうか?


「黎明君が乗船したら、いきなり船の揺れが収まっちゃった! 神様って凄いんだね」

「さっきゆで卵で御神力を補充したし、今日は特に調子が良いよ。じゃあ、ゆっくり急がず漕いで行くからね。それっ」


 静かにゆらゆらと遠ざかる桟橋と小屋、まるで三途の川を渡っているかのような錯覚をするが、一応湖ということであの世に魂が行くわけではないらしい。

 順調にいけばおよそ1時間後には夢幻の塔へ到着する予定だと言う。その間、スグルたちと一緒の時には聞けない質問を龍神様である黎明にしてみることに。


「ねえ、黎明君。さっき狐の巫女さんも話していたけど、私の代ってご先祖様の御神力が切れてしまうの? それにタイムリープの記憶の欠損とかいろいろ気になること言っていたけど」

「えっ……ああ、そうだね。君のご先祖様は蓮の花の女神様だという話だけど、すでに君で七代経っている。次の代は完全な人間になっていくだろう。それが、悪いことという訳ではないけれど……ただ君の場合は……。この1年の間に大きく運命に変化が?」


「私の場合は、やっぱり何か問題があるの? この1年くらい記憶がチグハグなんだけど、陰陽師の術の影響って事でみんな内容を教えてくれないの」


 黎明が、青く澄んだ瞳でアヤメのことをジッと見つめる。先程までとは、僅かにアヤメを見る態度に変化が見える。


「君に課せられた因果は、一族の滅亡からの逃避とその結果の死に戻り……か。成る程、狐の姐さんが、どうしてあんな無謀なことを僕に勧めたのか気付かなかったけど。はぁ……さすがは、このエリアを任されているお稲荷様だ。君の場合は本気で、神との結婚を検討した方が良いみたいだね。出来れば早急に……」

「えっ? それってどういう……きゃあっ!」


 アヤメが黎明に言葉の意味を問う前に、ドォンッ! と、水面が大きく揺れて弾ける。幸い、龍神の守護のおかげでボートは無事だが何者かに行く手を阻まれている状態。


「参ったな……ヌシ様のお出ましとは」

「ヌシ様? どうして私の行く道を塞ぐの? きちんと渡し賃も払ったし、手続き踏んでいるのに」


 突然アヤメたちのボートの行く手を塞いだのは、巨大なナマズの神様……通称ヌシ様。


「神にも人にも在らぬ、彷徨える魂アヤメよ……ここは貴方が来るべきところではない。おや、可哀想に記憶を封じられているのか。ならば仕方あるまい……ともかく、姫様へのお目通りは諦めて……」

「ちょっと待ってよ! 彷徨える魂……? ねぇタイムリープの記憶の欠損って何。私って、一体今どんな状態なのっ」


 順調に思われていた船旅に、まさかの危険信号。そして、家神スグルによって行われた死に戻りのタイムリープの真実がアヤメの耳に入るまであと僅か。


 まさに岐路に立たされている状態……少女アヤメの運命が、大きく変わろうとしていた。


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