第2章 第18話 水鏡が揺れる拝殿へ
ひょんなことから、陰陽師デビューを果たすことになった従兄妹のアヤメ。なんと言ってもアヤメは、殆ど霊感が皆無に近く陰陽師デビューは出来ないものだと思っていた。
まさか、徹底して霊感が無くなることで、呪いのアイテムや曰く付きの場所を調査する特殊技能が身につくとは……。
流石は、オレの叔父の推命さんの実子というべきか。推命さんから受け継いだ能力をアヤメ自身が使いこなせれば、これまで使えなかった呪わしいアイテムや立ち入れなかった場所も自由自在である。
だが、霊感ゼロであることを逆手に取って活動する【霊感ゼロの陰陽師】として働くには条件があるようだ。
「……っと。取り敢えず、人間でも往き来可能な現世に最も近い異界に着いたな。オレ達の所属する境界ギルドのある神域とは違う中継の街。ここが、アヤメが受けるギルド試験地か」
「ふむ。いわゆる【現世と異界のハザマ】と呼ばれるスポットじゃな。幽体離脱した人間が始めに訪れるところでもある。陰陽師などは肉体を持ったままでも、現世から行き来しているが」
家神荘のゲートから数分で、異界へと到着したオレ達。メンバーは、オレ、アヤメ、ミミちゃん、スイレン、モイラさんだ。
「ツグミ姉ちゃんと伽羅は、今回のギルドテストでは感情に流される可能性があるとかで、待機になったけど。アヤメと姉妹であるツグミ姉ちゃんは、何となく分かるけどさ、天女の伽羅が感情に流されるってどんな事情なんだろう」
「天女と深い関わりがある神様が、絡んでいる試験なのかもしれませんわね」
伽羅と同じ女学校出身のスイレンとモイラさんでさえ詳しい事情は分からない様子。ギルド側の指示通り、このメンバーでアヤメのギルド試験をサポートすることになった。
道行く人々は、異界の割には人間族の数が多い……と思いきや、普通の人の他にも光状の眷属の姿がチラホラ。
(流石は、現世と異界の中継地点……眷属が結構いるなぁ。アヤメをここに連れてきて大丈夫だっただろうか)
だが、もしかすると霊感の備わっていないアヤメには見えていないかもしれないので口には出さなかった。
「うわぁ……私、異界ってほとんど来たことないからなんだか新鮮。街並みとか、江戸時代から明治時代で止まっている感じだね。瓦屋根の建物と洋館風の建物が並んでいて、着物の人が圧倒的に多いし」
「うむ……言われてみれば、街並みの時代設定が明治初期ごろで止まっているかのう。時刻も夕刻だし俗に言うノスタルジーな雰囲気で、現世の人達にも観光地としても受けそうじゃ」
「あはは。まぁ、一応神様や眷属の住む世界の入り口ってところだろうし、観光地化するのは難しいだろうけど。えぇと……目的地の【水鏡ギルド】は向こうの道かな?」
ちょうどそういう時間帯なのか、外灯が静かにポッポッと点り始めた。
頬のあたりをふんわりと横切る謎の霊気が感じられて、ふと見ると小さな青白い眷属がお散歩中。ぶつかりそうになって申し訳なく思っているのか、ひょろりとお辞儀をするような動きをして再びふわふわと飛び去って行った。
「わっ……なんだっ? あぁびっくりしたぁ。眷属か……っていうか、礼儀正しい眷属って感じ。神域よりも、眷属の数が多めか?」
「えっ? さっきの青白いのってやっぱり眷属だったんだ。慌ててる様子だったけど、これからお出かけなのかな?」
「ふふっ。おそらく出勤タイムなのでしょうね。夜に移動して朝早くから活動を始め……現世のそれっぽい場所で光りながらふわふわ浮かんで、眷属の存在を現世の人達にアピールするのが彼らの役割ですから」
博学のモイラさんが、謎の秘密情報をアヤメに教えている。いや、これから異界での仕事をするのなら豆知識は必要なのだろう。
「うぬぬ。この時刻は、眷属の出勤タイムじゃったじゃ。長いこと異界で暮らしていたが、眷属の現世におけるお仕事内容をはじめて知ったぞ。わらわは神域育ちじゃし、この辺りにはお祭りのシーズン以外には殆ど来なかったからのう」
「みゃあ。私も眷属のお仕事内容を初めて知りましたニャ。これでちょっぴり博学に近づきました。これから、現世で眷属に会ったら【お勤めご苦労様です】と労わなくてはいけませんニャ」
夕刻の異界は、次第に薄暗くなりつつ眷属が出勤する時間帯でちょっぴり怖い感じ。基本的に参拝は夕刻までには終わらせるのが定番なので、神様が締めているというギルドには早めに着きたいものだ。
「ところで、アヤメ。霊感が殆ど無いとはいえ、いきなり異界にやって来て体調とか大丈夫か?」
「うん。この辺りは人間の私でも、平気な場所みたい。けど、スグルお兄ちゃんが所属しているギルドって原則として神様が住まう【神域】なんでしょう? 私も女神様の血を引いているけど、七代前だし……そのうち向こうで働くらしいけど、ほぼ人間の私が神域なんてちょっぴり不安」
「叔父さんの話によると、特別な条件を満たせば人間に近いアヤメでも神域に仮所属出来るようになるんだよな。それが、今回の水鏡ギルド試験の内容なんだろうけど。基本的にアヤメは中継地点の水鏡ギルドに所属して、サポートメンバー的に神域にも顔を出すって感じなんじゃないか。ただ……霊感のないアヤメをバトルに参加させるのは不安だけど」
「いざとなったら、この猫耳御庭番メイドのミミがアヤメお嬢様をお守りしますので安心して下さいニャ」
「うふふ。ありがとう、ミミちゃん」
話しながら歩いていると、【水鏡ギルドはこちら】と丁寧に地図付きで木の看板が。矢印の向こう側には、細く入り組んだ緑道。明るい時刻ならともかく、どんどん日が降りている時間帯にこの狭くて細い道は躊躇しそうになる。
「随分と細い道だな。けど、まぁ看板もあるし、信じて行ってみよう。一応、守り札を使いながら進むから」
「うん! ありがとう。お兄ちゃんって、やっぱり頼りになるんだね。行こう」
* * *
ヒト一人通るのがようやくといった狭さの、小さな小さな細道はひんやりとした空気が漂っている。霊力で攻撃されても対処出来るように、守り札を前後に張り巡らして進む。
順番としては、オレ、スイレン、アヤメ、ミミちゃん、モイラさんだ。いざという時のために、アヤメは安全そうな真ん中だ。
「なんだか、さっきよりも空気が冷たくなったな。何だろう? 霊気とも違う感じだし」
「ふむ。湿った空気といい、サラサラと流れるリズムといい……これはおそらく、水神様の気配じゃな……この先に大きな水辺があると見た」
「へぇ。睡蓮の女神様が言うんじゃそうなのかも。水鏡ギルドってくらいだし、ひっそりと水に囲まれた隠れ家的な雰囲気なのか……おっ。そろそろ出口だ。何かの灯りが……?」
突然、道が途切れて大きく開けた水辺のたどり着く。とめどなく流れる滝と川、水面に揺れる大きな池、そして湧き水があるようで、まさに水の一大スポットといった雰囲気だ。
「えっと、肝心のギルドは一体どの辺りに? っと、また看板があったぞ。【ギルド試験の覚悟が決まった方は、銅鑼を鳴らしてお待ち下さい】か。覚悟ってやっぱり大変そうだな。銅鑼って……」
「お兄ちゃん! 池の奥に小さなお社があるんだけど。もしかして、あれが銅鑼じゃない? 鳴らしてもいいのかな」
アヤメが気づいたお社には、参拝者が鳴らす【鈴緒……つまりガラガラと鈴を鳴らす綱】の鈴部分が鈴はなく、銅鑼になっている。つまり、参拝をすればギルドの人が迎えに来てくれるというシステムなのか。
「うむ。確かに、あの鈴緒を揺らせば銅鑼が鳴る仕組みじゃな。しかし、覚悟とは……注意書きというより警告と捉えた方がよかろう。アヤメどの、ここは慎重に行っても良いと思うぞ」
しばらく戸惑っていたアヤメだが、すでにギルドテストが始まっている可能性も考えて本人の判断に任せることに。
時刻が時刻なだけに、ふわふわと先ほどすれ違ったものとは別の眷属がアヤメの周囲で様子を見ている。もしかすると、間違って異界に迷い込んで来た普通の人間だと思っているのかもしれない。
「きゃっ! 眷属さん。今考え中なの。大丈夫だからお願い、邪魔しないでね」
「ミャミャっ。眷属さん、お勤めご苦労様ですにゃ。アヤメ様は、陰陽師候補なのでアピールしてもあんまり意味ないですにゃ」
ボディガード役のミミちゃんが、礼儀正しく眷属に挨拶しつつも、アヤメから必死に遠ざける。このままアヤメが迷い続けると、異界に迷い込んで来た人間として現世に戻されてしまいそうだ。
「このギルド試験はアヤメの試験だ。アヤメ自身がどう行動したいか、それで決めた方がいいと思う」
「う、うん。そうだよね。これは、私の試験なんだもん。それに、私だって平安から続く陰陽師……家神一族なんだから! じゃあ……二回お辞儀をして二回拍手して……銅鑼を鳴らしてお賽銭を入れたら願い事を……」
ごおぉんごぉおん……と鳴り響く銅鑼の音。アヤメが願いごとを呟くと、周囲の木々がザワザワと音を立ててきしみ、景色が歪み始めて……瞬間、眩い光に包まれる。
「えっ? 何……突然、周りがザワつきだして……きゃあっ!」
「お、おいっ。アヤメッ」
光を浴び思わず目を瞑るが頭の中では、水鏡がゆらゆらと揺れる映像が貼りついて離れない。
突然の眩しさにしばらくの間、目を瞑っていたが徐々に普通の明るさに戻ったようだ。それに、先ほどの眷属達とは異なる人影が……。
そっとまぶたを開けると、すぐ目の前には提灯を片手に持った巫女装束の可愛らしい青髪ツインテールの少女。そして、小さなお社しかなかったはずの池の前には巨大な拝殿が広がっている。
「あぁ。突然ヤタガラスからお手紙が届いてまさかと思っていましたが。連絡内容は、本当だったんですねっ。家神一族の方がこの拝殿を訪れるのは久方ぶりです! ようこそ、水鏡のギルドへ」