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第2章 第17話 霊感ゼロの陰陽師


 家神推命とサクヤ夫妻が上海から帰国して、はや1週間が過ぎようとしていた。オレの婚約者候補であるスイレン達を家神家の嫁として相応しいか見定めると意気込んでいたので、最初は心配だった。


 だが、意外なことに、サクヤさんの方からはこれと言って3人に花嫁修行らしきことを指示することすらなかった。そう……決してサクヤさんの方からは、積極的に何も3人に干渉していないはずなのだが……。

 不安を胸に家神荘の高級宿泊施設並みの廊下を歩いていると、ツグミ姉ちゃんに遭遇。


「あっおはよう姉ちゃん」

「おはよう、スグル。今日はゆっくりめの起床ね。居間にお母様とスイレンちゃん達が、待機しているから挨拶してきたら? スグルのこと、多分待っているわよ」

「えっ……う、うん。分かった」


 いつもと変わらぬ穏やかな土曜日の昼下がり。遅めに起きた今日は、夕方から異界に行く用事があるものの、昼間はちょっぴり暇である。

 ツグミ姉ちゃんに言われた通り、自室から居間に移動。すると、神々しくも物々しいオーラを放つサクヤさんを中心にスイレンと伽羅、アヤメが不自然なほど背筋を伸ばしてソファに座りながらテレビ鑑賞をしていた。


「おはよう。サクヤさん、みんな」

「スグル(どの/さん)おはようございますっ!」

 まるで訓練されたかのごとく、不自然なほどハモりながらスイレンと伽羅に挨拶を返されてビビりながらも、自分の指定席であるソファの1つへ。


「スグルお兄ちゃん、おはよう。ゆっくり寝てたみたいだけど疲れは取れた? 今日も夕方からお仕事でしょ。無理しちゃダメだよ」

「ああ、アヤメありがとう。気をつけるよ」


「スグル、おはよう。本当はもっと早起きの方がいいんでしょうけど、休みなく働いているんですものね。アヤメの言う通り無理しないように」

「はい。ありがとうございます……サクヤさん。気を付けます」


 オレ自身も、まるで富士山の女神であるコノハナノサクヤヒメを前にしたかのような緊張感を感じ、ソファに座りながらも自然と背筋が伸びる。


 テレビでは、レポーターが温度計を手に県庁通りから中継中。


『本日は、5月とは思えない暑さになりました。見てくださいっ。すでに、県庁通りの気温は35度を越えています! 皆さんも熱中症対策をじゅうぶんに行ってから、外出するように気を付けましょう!』


「はあ……通りで暑いと思ったら、夏日を更新しているのねぇ。日本ってこんなに暑かったかしら? 部屋の温度を下げないと。ええと、エアコンのリモコンは……」


 サクヤさんがエアコンをつけるよりも先に誰かがすかさずリモコンを操作する。

 ピピッ! ウィーン……『25度に設定しました』と、機械的なアナウンスがエアコンからご丁寧に聞こえてきた。

 そよそよとした心地よい風が、部屋を涼しげな空気に変えていく。


「サクヤさん、お部屋の温度調整はスグルどのの正式な婚約者であるこのスイレンがっ! きちんと管理しますので、ご安心を」

 がっしりとエアコンを握るスイレンからは、まるで温度調整が何かの任務であるかのような雰囲気すら感じさせる。


「あら、ありがとう。スイレンちゃんは気が利くわね。さすがはスグルの婚約者候補だわっ花嫁に1番相応しいのはスイレンちゃんかしら? ふう……エアコンがついたら今度は喉が渇いちゃった。何か飲み物でも……」


 すると、サクヤさんが冷蔵庫に冷たい飲み物を取りに行くよりも早く、婚約者候補その2である伽羅が動いた。

 ガラスのコップとペットボトルを手にした伽羅が、手際よくサクヤさんに冷たい緑茶を差し出す。


「サクヤ様、美味しい冷やし緑茶ですわ。この家神家の体調管理は、スグルさんと平安時代から婚約の約束を交わしているこの伽羅がっ! すべて、担いますので……ご安心を」

「そう、ありがとう。伽羅ちゃんは、平安時代からつづく家神家の花嫁候補一族の末裔だけあって、よく気が利くわね。スグルの花嫁に相応しいのは、やっぱり伽羅ちゃんなのかしら? うんっ。冷たい緑茶って美味しいわよねぇ。飲み物を飲んだら何だか、お腹が空いちゃったわぁ。あら……あのCMは……」


 サクヤさんが、食事のリクエストをしようとした瞬間。タイミングよく、唐揚げ専門店のお得な家族セットのCMが流れ始める。


『今月は、バリュープライスでカラアッゲーチキンの家族セットが登場! 秘伝の唐揚げと揚げたてポテトの定番お弁当セットに加えて、コールスローにドリンクとお好きなスウィーツが選べる。店舗へ急げっ!』


「まぁ! たまには、カラアッゲーチキンの鶏むね肉揚げでも食べたいわねぇ。ちょっと車で買いに出てこようかしら? 運転手を呼んで……」


 オレ達の住む家神荘は、田舎である式神修験町の中でもさらに山奥だ。そのため、唐揚げ専門店であるカラアッゲーチキンに行くには車で山を降りて、賑やかな市街地まで出掛けなくてはいけない。

 少し手間がかかるが、CM効果でカラアッゲーチキンがどうしても食べたいのだろう。


 すると、タイミングを見計らったかのごとく、時の女神であるモイラさんが居間のドアを開けた。その手には、何故かカラアッゲーチキンの袋が……。



「サクヤさん、カラアッゲーの家族セットなら異界時間軸調査会所属のこのモイラが……偶然、さっき買ってきたばかりです。みんなで食べましょう」

「まぁ、ありがとう。よく気が利くわね……まるで時間を操って買い物してきてくれたみたい。やっぱり時の女神のモイラちゃんが、1番スグルのお嫁さんに相応しいかしら? うふふ……なんてね! じゃあ、タイミングよくカラアッゲーのセットもあるし。みんなでお昼ごはんにしましょう」


 なんか、都合よく出来すぎていないか? まさか、モイラさん……サクヤさんに気を遣って本当に時間の軸を超えてカラアッゲーチキンを買いに行ったんじゃ。


「チッ!」


 サクヤさんのご機嫌ポイントを確実に稼いだモイラを見て、スイレンと伽羅が軽く舌打ちした気がした。


 書斎で仕事中の叔父さんや、庭でお花の世話をしていたツグミ姉ちゃんも呼んで昼食タイム。



 * * *



「おおっ! 今日はカラアッゲーチキンの家族セットか。上海にも店舗があるが、わざわざ買わなかったし。なんだか久しぶりだな」

「本当ね。でも、モイラさんってフットワークが軽いわよね。いつの間にか、調達してきちゃうんですもの」


 最近まで上海で生活していた叔父さんと叔母さんだが、向こうではカラアッゲーチキンは食べなかった様子。


「わぁ。ドリンクはウーロン茶だっ。唐揚げって美味しいけど、油が気になるから助かるね。いただきまーす!」

「私もちょっとだけ、ダイエットを考えてたからウーロン茶は助かるわぁ。うん! 肉厚で柔らかいっ」


 ドリンクにウーロン茶を用意したモイラさんを絶賛するアヤメとツグミ姉ちゃん。


「……本当。美味しいですわね。けど、なんでいつの間にかモイラまでスグルさんの花嫁候補に?」

「モイラのやつ。しれっとスグルどのの家族から攻略し始めおって。まずは、外堀から埋める気だったのかっ。うっ……この秘伝のタレが家庭で作れれば、わらわのポイントが爆上がりするのにっ」

「ふふっ。たまたま御縁があって、家神家のみなさんと親しくなる機会が出来ただけですわ。けど、私も花嫁候補に加えていただけるなんて光栄です」


 愚痴りながらも、しっかりと唐揚げを堪能する伽羅とスイレン。涼しげな表情で、品良く唐揚げを食べるモイラさん。これが、サクヤさんの言っていた水面下での戦いなのだろうか?


 有名唐揚げ専門店のお弁当家族セットは、人気メニューだけあってかなり美味い。唐揚げはそのまま食べてもジューシーだが、サクサクに揚げられた衣に、秘伝のタレをつけて食べるとしっとりコクのあるテイストに。


(うん。確かに人気の唐揚げだけあって、すごく美味しいな。それなのに、なんだか胸が痛い)


 タイムリープ時に、一度だけ味わった実母まどかの作ってくれた精進料理の1つが、【唐揚げもどき】だった。陰陽師の修行者が、肉断ちすることを想定して作られた高野豆腐の唐揚げ。

 多分、これから先。どんな美味しい唐揚げを食べたとしても……実母の味には出会えないのだろう。


 絶品唐揚げを前に、切ない気持ちになってしまい食べる手がふと止まる。


「んっ? スグルはなんだか大人しいな。さては、嫁候補が増えているから緊張したか? はははっすぐにお嫁さんが決まるわけでもないし、リラックスしなさい」

「あはは。ありがとう叔父さん」


 オレの様子がちょっとだけおかしいことに気づいたのか、叔父さんがおどけて場を和ます。陰陽師一族なのに、霊能力が無いという叔父さんだが、たまに心を見透かされているかのような気になることがある。


 まるで、家神一族の守り神である天の声こと家神天命さんのようだ。


 名前も【推命】と天命さんを継承している雰囲気だし、天命さんが生きていた頃は叔父さんのような人だったのかも知れない。そんなことをぼんやりと考えていると、家族の会話は唐揚げの話題から異界時間軸調査会のふもと調査の話に。


「ところで、まだモイラさんには伝えていなかったが……実はふもとの家の調査に役立ちそうな鍵を上海の霊媒師から譲ってもらったんだ」

「えっ……調査に役立つ鍵?」


「ああ、みんなも知っての通りオレには若い頃から不思議と霊感がなくてね。でも、その代わりにどんな霊障のある場所でも霊に邪魔されずスイスイと行けるし、曰く付きのアイテムだってどんどん触れる。若い頃は、霊感が無いことが悩みだったのに皮肉なことだよ。さて、今回手に入れたこの鍵も、オレの【霊感ゼロスキル】の賜物だ」

「ええ。本当に。わずかでも霊感があると潜り抜けられない場所も、平気で歩けちゃうものね! ここまで霊障が通じない体質は、ごく稀らしいわよ。いわゆる特殊能力なんでしょうね」


「ある意味、叔父様の霊感ゼロスキルって、その辺の陰陽師や霊媒師よりも凄いですわね。では、アヤメさんも……?」

「ああ、もしかするとアヤメもこの【霊感ゼロスキル】を継承したのかも知れんな。陰陽師一族の弱点は、霊感が強すぎることでもあるからね。たまに、まったく霊感の無い人間が一族に現れることでバランスを取っているんだろう」


 家族の視線が一斉にアヤメに集まると、『私、お父さんみたいにどんどん霊障のある場所を潜り抜ける自信ないよ』と、慌てた様子。


「それで、お父様……その調査に役立ちそうな鍵って?」

「うむ。実は過去にタイムワープ出来る場所は異界時間軸調査会以外にもあってね。ズバリ、ふもとの家の開かずの部屋から直接……封じられた記憶や出来事にアクセス出来ると見た! この鍵は、その開かずの部屋の合鍵だよ。どうやら、中国系の術によって封じられたみたいでな。合鍵を探すのに苦労したよ」


 叔父さんが小箱から取り出した合鍵をチラッと見ただけで、不思議な頭痛がオレを襲う。思わず頭を抑えると、『スグルどの大丈夫?』と、スイレンが治癒術をすかさずかける。

 だが、具合が悪くなったのはオレだけでは無いようで、ツグミ姉ちゃんや伽羅もそれぞれ頭を抑え始めた。


「やっぱり、霊能者であるスグルやツグミにはこの鍵はキツイか……。こうなることが分かっていて、封印をかけたのだろう。ところでアヤメ、お前はどうだ?」

「えっ? う、うん。ちょっとアンティークでお洒落な鍵って感じかな? 中国系の鍵だけあって、装飾もそれっぽいし」


 それとなく、アヤメが差し出された鍵を手に取るが……特に何も感じ取らない雰囲気だ。


 つまり、アヤメは叔父さんと同じ霊感ゼロスキルの持ち主ということになる。


「決まりだな……。スグル! アヤメが【霊感ゼロの陰陽師】として活躍出来るように、異界へ登録しに行きなさい。もちろん、スグルのお嫁さん候補やボディガードのミミちゃんも一緒にね。アヤメがサポートタイプのメンバーとして活動出来るように、ギルドテストを受けてくるんだ。合格したら……本格的な時間軸の調査の再開だよ」

「ふぇぇえっ? 私が、ギルドテスト? 霊能力者じゃないのにっ」


 朗らかながらも不敵に笑う叔父さんは、やはり家神一族当主の風格。


 こうして、オレたちはアヤメを【霊感ゼロの陰陽師】という特殊なスキル保有者として登録するために、異界のギルドテストを受けることになったのである。


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