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第2章 第12話 似た瞳の2人


「ご馳走さまでした。暑い季節だから、お素麺は食べやすいし。精進料理の高野豆腐の唐揚げも、すごく美味しかったです。そろそろ帰らなきゃ……バスは……」


 初めて食べる高野豆腐の唐揚げはもちろんのこと、夏の定番そうめんや冷やしたラタトゥイユ、黒ごまの豆腐も美味しくて満足だ。小さい方のスグルも、離乳食である短く切ったそうめんとラタトゥイユを食べて満足したのか眠そうである。


 いろいろと名残惜しいが、必要な資料も揃ったし、そろそろ帰らなくてはいけない。一旦、現代に戻ってふもとの家を調べ直して、再びこの時代に来ることになる予定だ。

 その頃まで、この女性が無事でいてくれるといいのだけれど。


「喜んでもらえて良かったわ。これからの時間はもっと暑くなるから、少し涼んでからバスに乗った方がいいわよ」

「えっ……じゃあ、お言葉に甘えてもう少し休ませてもらおうかな」


 確かに、もうすぐ最も暑くなる昼の14時台だ。寒い季節から突然真夏にタイムワープしてきているせいで、身体がかなり参っているし、ここで涼ませてもらった方が良いだろう。


「あら……スグルはお昼寝の時間かしらね? ここで寝るならタオルケットを持ってこないと」

「うーん、むにゃむにゃ……」


 小さいスグルは、眠い目をこすりながら既にお昼寝モードに移行している様子。のんびりとしたこの空間は、平和な夏のひと時といった雰囲気だ。

 淡い水色のタオルケットをかけてもらう小さいスグルの顔をチラリと見る。この子が、オレの小さな頃の姿なのだろうか。流石に1歳児の頃の出来事は記憶にないので、思い出すことが出来ないけれど。随分と、幸せそうなのは傍目から見てもよく分かる。


 クーラーのよく効いた部屋で飲む食後の冷たい緑茶は格別だ。キリリと冷えた緑茶をゴクゴクと体内に流し込んでいると、ピンポーン! と来客を報せるベルの音。


「まどかさーん! まどかさん居る? 秋祭りのチラシが出来たから持ってきたんだけど」

「はーい、今行きます! 町内会の人が来たから、うちの子をちょっと見ていてね。多分、すぐ終わると思うけど」

「あっはい。分かりました」


 意外なところで判明する女性の名前……どうやら彼女の名は『まどか』さんと言うらしい。残念ながら、現代の家神一族にまどかさんという女性の名は無い。そして、オレの母の名前とも違う。


(どういう事なんだろう。この後に起きたとされる事件でまどかさんに悲劇が起きたと仮定しても……この小さいスグルは? このチビがオレ自身だとすると、オレだけ生き残って両親だけが消えたのだろうか)


 この仮説が真実だとすると、オレが両親だと思っている人は、叔父さんと叔母さんという続柄になりそうだ。どちらにしても、家神一族である以上は血縁者であることには違いないだろうが、ちょっと複雑な心境である。

 家神一族は因縁深い陰陽師の家系なので、血縁関係に秘密の一つや二つあっても、なんら不思議はないけれど。


 すぐに終わると思われていた町内会の人の用事は、いつしか世間話に変化しているようで、話し声が聞こえてくる。


「それでね〜! この間、うなぎを食べに行った時に偶然幼馴染に会って……。そしたら、地元のテレビ局の取材がその店で始まって……」

「あはは……うなぎって、この県の名物ですものね。テレビでもよく紹介されてますし。私も何度か食べましたが、美味しいですもの」

「でしょ! まどかさんもいい県に嫁いで来たわよぉ〜」


 町内会の人は元気な人のようで声が大きく、ハキハキと良く喋る。田舎特有の大らかさが伝わってきてなんだか新鮮だ。


 オレの知っている時代の式神修験町は、人の目を気にしてそれほど大声で話す人は見かけないから。もしくは、何かのきっかけで大きな声で世間話をするような雰囲気ではなくなってしまったのかも知れないが。

 最近では主婦の井戸端会議すら、見かけたことがない。


「あっ! そうそう、それでこのチラシ! 出来れば、陰陽師関係の人にも配ったり張り紙して欲しいんだけど……」

「ちょうど今日も観光にお客様が来ているんです。早速渡しておきますね」

「あらっ! 早速、役に立つわねぇ良かったわぁ。じゃあ、また今度……」

「ええ、ありがとうございました」


 どうやら、用事が終わったようだ。チラシの束を手に持って、まどかさんがニコニコと部屋に戻ってきた。そして、先程話していたようにオレにチラシを一枚手渡す。


「毎年、このあたりの町内会が主催して行うお祭りの宣伝チラシ。今日、完成したばかりなんですって。良かったらどうぞ!」

 毎年行うとの話だが、オレの知っている時代ではこのお祭りは行われていないはず。多分、途中で辞めてしまっつのだろう。


「秋の式神修験町祭り、知られざる陰陽師の伝説を田舎神楽で紹介。屋台や人気の占いコーナーもあります……か。面白そうですね」


 見たところ、町おこしの名物っぽいお祭りだ。どうして無くなってしまったのか不思議なくらいチカラを入れているのが伝わってくる。


「うちからも、陰陽師関係の催しを考えているのよ。毎年、父が陰陽師占いのコーナーを行なっていたのだけれど、今年はどうしても抜けられない用事があって出来ないから。もしかしたら、私が父の代わりに占いを行うかもしれないの」

 お祖父さんは、かなりのやり手陰陽師はずだが、この日は不在というわけか。もしかすると、異界での仕事の日と被ってしまったのか。


「へぇ……もしかして、お嫁さんに来る前に占いの勉強をしていたんですか?」

「ええ、まぁそんなところよ。何日間か続くお祭りだし、その間は子どもを富士五湖に住む兄夫婦の家に預かってもらうことになっちゃうのが、気がかりだけど。これも家神一族伝統の為だし……まぁ頑張らないとね」


 富士五湖に住む兄夫婦、つまりオレの現在の両親に当たる人たちだ。ここにいる小さいスグルがオレ自身だと仮定した場合、兄夫婦の家に預けられてそのまま育てられた……と考えるのが自然の流れなのだろう。

 だとすると、この秋のお祭りの頃にもう一度タイムワープすれば、もしかしたら……悲劇が起こるのを防げるのか?



 * * *



「今日は、お世話になりました。次は、友人達も連れて秋祭りに来ます。それじゃあまた……」

「えぇ、楽しみにしているわ。お友達にもよろしくね」


 だいぶ日差しが落ち着いて来た頃、帰路のためにバス停へ。分かりにくい道だということで、途中まで案内してくれる。秋祭りに行く約束をして、夕日を背にしばしの別れ。チビのスグルもちょこちょこと一緒にくっついて来た。

 一瞬だけ、まどかさんの表情を見ると黒目がちの大きな瞳がまるで花の浮かぶ水面のように青く揺らめいた気がした。人ではない……まるで、蓮の花の女神のような美しさ。


 不思議そうにまどかさんをジッと見つめるのがバレてしまったのか、思わず苦笑いし始める。


「あはは……私の目って、生まれつきちょっぴり青いのよ。私の出身地域ではそれほど珍しくないんだけど。ごめんね、びっくりした?」


「えっ? いえ、オレの方こそすみません。なんだか、じろじろ見ちゃって。そっか、目の錯覚だと思っちゃった」

「みんな初めは驚くから……あら、でもあなたもよく見ると……私と似た瞳の色のような……。もしかしたら、どこかで共通のご先祖様がいるのかも知れないわ! ということは……やっぱりあなたも陰陽師さん?」


 共通の先祖というより、直接的な血縁なのかも知れないけれど。まだ、確定しているわけではない。だが、まどかさんについて分かったことがある……。


 昼間はまどかさんの霊力が封印されていて気づかなかったが……おそらくオレなんか足元にも及ばない霊力の持ち主なのではないかということ。それは、おそらく人間の遺伝だけでは維持できないものだ。

 おどけるようにオレが陰陽師であることを指摘するが、日が落ちていくにつれて霊力が高まるなら……オレが既に人ではなく『家神』であることに気づいてしまった可能性も。


「えっ? あはは……陰陽師だなんて、そんな。まだ駆け出しのヒヨッコです。あっ……バスが来ちゃった。それじゃあ……本当にお元気で」


 心の中で、ご無事で……と付け加える。


「ありがとう……またお会いしましょう! どこかの陰陽師さん!」


 バスに乗り込むと次第と遠ざかるまどかさんと、小さい頃のスグルの姿が見える。平和だった頃の、記憶にないはずの夏のひと時が終わる。


 田舎道をグラグラと走るバス、自然とタイムワープが切れて来たのか……ゆらゆらと陽炎のように道が揺らめき……。気がつくと、現代の式神修験町の駅前に到着していた。


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