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第2章 第11話 夢か現か、呼ばれた名前


(因果の原因と思われる印として、機能していそうな場所は、この陰陽師の記念碑くらいか)


 記念碑の台座に描かれたセーマンドーマンを、手帳に記録しておく。念のために、説明書きの札の文言も忘れずに。

 もっとサラサラと万年筆を走らせたいが、気持ちが動揺しているのか文字が乱れてしまう。じんわりと紙にインクが滲んでしまい、慌てて別のページに書き直す。


「ふぅ……なんだか、急にどっと疲れが出ちゃった……」


 15年前の家神邸は、いわゆる田舎特有の敷地の広い日本の一般家庭という雰囲気。先ほどまで、チョコチョコとオレの周りをうろちょろしていた小さな男の子も、お母さんのことが気になるのか部屋に戻ってしまった。


 自由に散策して良いと、ここの敷地の管理者に言われたので、池の鯉が可愛らしく泳ぐ姿を鑑賞。小さな赤い橋が架けられていて、散策にはちょうど良いスペースとなっている。


 水辺には、マイナスイオンが発生していると言われているだけあって、ざわつく心も少しずつ落ち着いてきた。実際に、池周辺は他の場所よりも木陰になっていて気温もいくらか低いのだろう。体内からとめどなく流れ続けていた汗が、スゥッと引いて行く。


 優雅に泳ぐ鯉は、一般的な白と赤の模様の他にも、黒色の混ざったものや、金色のものまでいて色鮮やかである。


(こんな立派な鯉、当時はふもとの家で飼っていたんだ。死に戻りでふもとの家が閉鎖されて、今じゃ池すら無くなっているのに)


 この池は、現代ではすでに使用されていないはずだ。その代わり、山の中腹部の別荘に、鯉を飼っているスペースがある。


(やっぱり、オレが知ってる家神邸とは、細かい部分が違うな。さっきの女の人もオレが把握していないはずの人だし。なのに、オレのこと自分の子供が大きくなって会いに来たみたい……なんて。まるで、それが本当なら……)


 自分でも馬鹿な考えが浮かんでいると思っていたが、オレ自身も知らない真実にこのタイムワープで触れてしまった気がする。


(オレが両親だと思っていた人は、本当にオレ自身の親なのだろうか。もしかすると、同じ家神一族の親戚か何かなのか? そして、ツグミ姉ちゃんやアヤメとは本来はどのような繋がりなのだろう?)


 頭を整理してみる……これは、あくまでも推測だが。まず、ここの敷地に住んでいる人は家神一族で確定。あの女性は、家神一族に嫁いできたと言っていたので、ご主人が家神一族の誰かということになる。


 そして、山の中腹部にある別荘に住んでいる当時の家神一族当主のことを、お父さんと呼んでいた。別荘には、オレの祖父が住んでいるはず……つまり、普通に考えれば、あの女性の夫はオレの親とは兄弟関係ということになるけれど。


(何か、腑に落ちない。どこかが違うし違和感がある。でも、最悪のシナリオでは悲劇が起きてここの住人は皆亡くなってしまうらしい。だから、あの小さな男の子が【オレ自身の過去の姿】という可能性はないはずだ。だから、あの女性はオレの母親なはずはない……)


 僅かでも木陰から離れると暑さでダラダラと汗が止まらなくなるので、池の周辺にずっといることに。

 少し離れた場所にも木々が多いベンチのスペースがあるので、そちらでも暑い日差しから身を守ることは出来そうだが。気持ちが落ち着かないため、ジッと座っているよりも池の周囲を歩いていられる方が気が楽なのだ。


(助けたい、あの親子がオレと関係があろうとなかろうと。時間軸の歪みがなんだって言うんだ。オレがタイムワープしてこの時間軸にいること自体、本来はおかしいことじゃないか。それに、一度死に戻りしている身……。自分の存在そのものが、死から蘇ったものなのだから、もう一度誰かを助けても異界の決まりに逆らうことには、ならないだろう)


 時渡りの女神であるモイラさんは、確立した時間軸は変えられないと語っていたが。やってみなければ分からないじゃないか、という考えが浮かんでくる。いや、オレ自身の希望としてそう思いたいのだろう。


 すると、近い将来の不穏なんか感じさせない楽しそうな表情で「ご飯が出来たので、そろそろ中へどうぞ」と、管理者の女性がオレを呼んだ。



 * * *



 通された部屋は、記念碑訪問者のために作られた来客用の和室。クーラーが程よく効いており、外の暑さが嘘のように感じる快適さ。

 管理者親子も、ここで一緒に食事を摂るようだ。といっても男の子はまだ、柔らかいものしか食べられないだろうけど。


 奇しくも、目の前にいる男の子は15年前のオレと同い年くらい。この男の子の名前が、家神スグルなら……オレ自身の過去の姿のはずなのだが。


(食事をしながら、男の子の名前を何気なく聞いてみるとか? いや、いきなりいろいろ聞くのも不自然だし)


 あれこれ考えているうちに、次々とテーブルの上に料理が運ばれてきた。

 そうめん、トマトなどの野菜を煮込んだラタトゥイユ、胡麻豆腐、そして唐揚げと一般的な家庭料理に見える。飲み物は、氷入りの冷たい緑茶だ。


「そうめんとラタトゥイユ、あと胡麻豆腐はもともと今日のお昼として予定していたものなんだけど……。せっかくのお客様なので、この【高野豆腐の唐揚げ】を作りました! 別名【鳥の唐揚げもどき】とも呼ばれているわ」

「鳥の唐揚げもどきって……いわゆる精進料理ですね。へぇ……いくつか精進料理は食べたことがあるけど、鳥の唐揚げもどきは初めてかも」


 もどき料理とは、精進料理の一つで殺生を避けるためにお肉の代わりに高野豆腐などで作る料理である。


「ふふっ。まぁ陰陽師一族といっても、本当はお肉やお魚も食べられるんだけど……。こういう精進料理をプラスすると、雰囲気が出るでしょう?」

「確かにそうですね……じゃあ、頂きます」


 どうやら高野豆腐の唐揚げは自信作のようなので、一番最初に頂くことに。ひとくち食べると、じゅんわりとした食感が口の中に広がる。

 肉の代わりに使われている高野豆腐は、身がぎっしりの本物の鳥のようで驚きだ。ころもの味はしっかりとしており、満足感が高い。


「凄い! これ、言われなかったら本物の鳥の唐揚げだと思っちゃいますよ。美味しいし、食べ応えもあるし……」


 思わぬところで、新しい食との出会い。我が一族は、肉断ちの期間を皆経験しているはずだが、不思議と高野豆腐の唐揚げはメニューとして登場しなかった。

 もしくは、作為的にこのメニューだけを外すようになっていたのか。


「本当に? 頑張って作って良かったぁ……一応、うちの子にも将来食べさせてあげようと思ってたメニューだから。安心したわ。ほら、陰陽師の修行期間ってお肉を断つ期間があるみたいだから……」

「お子さんも将来は、陰陽師に……?」


 さりげない会話の流れで、この家庭のことを聴きだす。この男の子の正体……オレの予想が確かなら……。


「ええ、多分ね。不安もあるけどそういう家に嫁いだわけだし、しっかりと子供を育てないと。頑張ろうね……スグル!」

「……うん!」


 スグルと呼ばれて答えたのは、オレではなく……目の前の小さな男の子で。思わず返事をしたくなるのを抑えて、声を閉ざす。


 そして……オレの先ほどまでの考察は、推測から確信に変わりかけていた。


 目の前の情景は、夢か現か……。もどき料理のように、一見すると分からない真実の正体は、心の内で噛み砕いでは飲み込まれていった。


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