第2章 第7話 新たな出会いはロビーラウンジで
突如、降って湧いたように届いた謎の組織【異界時間軸調査会】からの報告書。どうやら、オレ自身が死に戻りで悲劇の回避を行った影響で別の問題の封印が解けてしまった様子。
先祖霊に取り憑かれたオレの幼馴染みによる家神一族襲撃事件……あの惨劇の記憶を持たないはずのツグミ姉ちゃんたちは、代わりに15年前に起きた別の事件の情報を知っているという。
聞くところによると、同じ一族の別の誰かが亡くなっていることになっているらしい。
普段明るめのトーンで話す姉ツグミの、珍しく落ち着いた話し声が電話口から聞こえてくる。父さんに、大まかな報告書の内容を伝えているようだ。
「お父様には、さっき国際電話で報告書が届いたことを知らせておいたわ。もしかしたら、ふもとの因果封印が解け始めているかもしれないから無理しないようにって……」
「お兄ちゃんって、これからも異界から依頼を受けて仕事するんでしょう? 気をつけてね」
「無理しないようにか……分かった気をつけるよ。姉ちゃん、アヤメ」
居間で休憩時間を終え、スイレンたちの手芸を見学するという名目でお針子部屋に移動。緊急だが、この部屋でミーティングを行うことになった。
お針子ルームはそれなりに広く、カーペットの洋間スペースと畳のスペースの二間続きとなっている。かつてはメイドさんたちの部屋だったそうで、就寝も可能だ。
ミーティングのメンバーは、オレ、スイレン、伽羅の3人。
「どうしよう……タイムリープの影響で、別の事件が浮上してくるなんて思いもしなかった。結局、あのふもとの家はどちらの世界線を辿ろうと不幸の因果からは逃れられないのか」
よく因果は巡るとか、曰く付きの住宅だとか言ったものだが。まさか、ふもとの家がここまで根の深そうな土地だったとは予想外である。
「ふむ、一応ツグミどのたちもタイムリープのことは認識しているものの、何があったかは覚えていないからのう……。まさか、その欠損した記憶の部分を埋めるかのように、15年前の事件の方を知っているとは……」
「あら、そうでしたの? 私も家族から家神一族は15年ほど前にいろいろあったと聞いておりますわ。多分、そちらの記憶の方が現状の正式な世界線になっているのでしょうね」
よく考えてみれば、先ほどのメンバーの中であの惨劇の被害を受けていないのは伽羅だけだ。タイムリープの外にいたはずの伽羅の情報が、一般的な外部の認識だと捉えた方が良いだろう。
「この報告書の団体、スイレンたちは知ってる? 具体的にどんな調査をしているか分かれば、オレ個人でふもとの家を調べられるんだけど……」
「うーむ、異界時間軸調査会とな……。もしかすると、同期の女神の中にこの組織で働いているものがおるかも知れぬが……。私も伽羅も一度現世に降りているから、異界の神々の情報は限られたものしか覚えてないのじゃ」
「えっ……? 覚えてないって、どういうこと?」
スイレンからの意外な告白に、思わず動揺する。ここにきて、再び記憶の欠損の話題が出るとは……。
「人間界に不必要な神々の情報が漏れぬように、重要な組織に勤めるものの情報は一度私たちの記憶から除去されているのです。現世に降りるための儀式のようなものですわ」
「そういうことか……。確かに、どの神様がどこで働いているのか、現世の民に全て筒抜けなのは良くないのかもな」
伽羅が細かく、情報除去の理由を説明してくれたおかげで落ち着きを取り戻す。
「それに、お父上がわざわざ自分で調べずに依頼したくらいじゃ。念のため、直接ふもとに出向かないでギルドに介入してもらった方がいいと思うぞ」
神としてはオレよりも先輩にあたるスイレンから、随分と慎重な忠告。
「私もそう思いますわ。出来れば、その異界時間軸調査会という団体に許可をもらってから調べるのが妥当かと……。時間移動の技術は、神々の間でも門外不出とされるもの。すでに一度依頼をしている限りは、自分たちでも調べる旨を伝えてから動くのがベストですわ」
「2人とも、いつもより慎重に進めたがるな……それだけ時間操作はデリケートな術というわけか……。じゃあ、アドバイス通りギルド本部に仲介してもらうおう」
ミーティングが終わるとすでに日が暮れ始めており、窓の向こう側では深々と降り積もる雪が夕刻の寒空を覆い尽くそうとしていた。
コートやマフラーなどひと通りの防寒対策をそれぞれ行い、家神荘の異界のゲートを抜けて神域へ。
* * *
「基本的にギルドは24時間営業じゃが、手続きの類は早めがいいかもしれん。急がなくては……」
「よその組織への紹介状はギルドの受付で申し込みが出来るはずですわ」
現世と同じく積雪で白い景色に染まる異界へとワープし、ギルドの受付嬢に紹介状の交付を請求することに。
スイレンと伽羅に促されて、足早にギルド本部を目指す。相変わらず神域は神々で賑わっており、露店では熱い甘酒や温かいおでんが人気のようだ。
「はぁ……ちょっと喋るだけで息が白いし、温かい食べ物が欲しくなるよなぁ」
「日が落ちてきて、余計寒くなってきているからな。そろそろ雪女が活動期に入ったのかもしれんのう」
「あぁ……雪女ね。同じクラスだったあの子。いい子なんだけど、徹底的に寒くするんですもの……。今度会ったら、温度調整をもう少し高めに設定するように言っておかないと……」
ごく普通に、雪女がご近所の知り合い扱いになっているのが気になる。2人とも面識のある人物が、雪女一族の中にいるようで不思議な感覚だ。
やはり、女神と天女……生粋の異界出身の神ということなのだろう。
何だかんだでギルドに着くとすでに16時半。すでに、顔見知りとなっているキツネ耳のお稲荷様系受付嬢のところに並び、手続き開始。
「すみません、この異界時間軸調査会という組織に問い合わせをしたいんですが……。紹介状って書いてもらえますか?」
「異界時間軸調査会への紹介状ですね。発行許可をギルド本部に問い合わせておりますので、ロビー前の休憩コーナーでしばらくお待ち下さいコン! おそらく、本日中には手続きが終了しますので……」
「良かった! 出発は明日を予定しているから……なんとか間に合いそうだ」
番号札をもらいホッとして、ロビーの飲食スペースで作業が終わるのを待つことに。番号札のリストによると、現在2時間待ちとなっている。
今から2時間時間を潰すなら、お茶を飲んだりして休んでいるのが良いだろう。
「今日中には、紹介状を発行出来るってさ……だいたい2時間くらいかかるみたいだ。予定通り明日には異界時間軸調査会ってところに行けそうだよ」
「良かったのう、スグルどの。さて、わらわたちも微力ながら、スグルどののチカラになれるようにひと肌脱ぐかのう。もしかすると、知り合いがその組織にいるかも知れないのじゃ。久々の【ネットサーフィン】腕がなるぞ」
古風な口調のスイレンが【ネットサーフィン】なる現代用語を使用していると、不思議な違和感があるが。
「二階にインターネットコーナーがあるんだっけ? 異界のネットって、触ったことないけど……」
「そうですわねぇ……美容から健康、祈願のグッズ通販とか……」
「なんだか、現世のネットとあんまりかわらないみたいだな」
明治時代を彷彿させる文化を維持している異界にも、インターネットは普及済みだ。まぁ文明は現世と完全にリンクしているのだから、当たり前なのだろう。
「あぁそういえば、この数ヶ月……女神化粧品の口コミサイトをまったくチェックしていない……。ちょっぴり美容コーナーが気になるのう……」
「スイレンさん、久しぶりのインターネットだからといって浮かれて余計なページを検索しないようにっ。では、スグルさん! 行ってきますわ」
「えっ? ああ、2人ともなるべく仲良く……な」
喧嘩するほど仲が良いというのが、あの2人にはぴったりなのかもしれないが。女神と天女の清楚な後ろ姿を見送り、セルフサービスの緑茶を淹れて席に着く。
まったりと休みながら、明日の計画を練る。
(どういう理由にせよ、不幸の連鎖は防がないといけない。あのふもとの家が曰く付きなら、原因を突き止めてお祓いするのが妥当だろうか)
「もし……其処のお方。先程のお嬢さんたちとは、お知り合いで?」
遠慮がちにオレに話しかけてきたのは、スイレンとも伽羅とも異なる楚々とした女性の声……。高貴なオーラを発しているところからすると、女神か天女か?
「あなたは……?」
ふと見上げると、金色の髪の美しい少女が立っていて……。
異界時間軸調査会との因縁は、別のところからやって来たのである。