第2章 第6話 雪のように降り積もるタイムリープ
新年が明けてから、3週間ほどが過ぎた。陰陽師という職業柄、新年は開運祈願などの依頼で忙しかったが、だいぶ平常通りに。
久しぶりの休暇を家神荘でまったり過ごしていると、チリンチリーンと郵便を報せるベルの音。どうやら、異界から伝書ヤタガラスが手紙を運んできたようだ。
早速、受け取り用の印鑑とボールペンを片手に、いつもカラスが訪れる二階のテラスへ向かう。元々別荘として建てられた家神荘は、宿泊施設として利用できるのでは……と思う広さで、家の中の移動にも時間がかかる。
廊下にも暖房は効いているはずだが、面積の広さも相まってこの頃は寒い。そろそろ雪でも降るんじゃないか……と予想される。
「配達お疲れ様です……あれっもしかしていつもの伝書ヤタガラスとは、別の子?」
いつものヤタガラスよりも、いささかキリッとした目つきのカラスに不思議な違和感を覚えて、思わず余計な質問をしてしまう。
「はぅっ! よく見抜かれましたね。いやはや……なかなか我々ヤタガラス族を判別するなど難しいのに……。実はいつもの伝書ヤタガラスは、遅めのお正月休みでして、代わりに私めが配達しているのでございます」
「ははは……まぁ何となく顔立ちとかで見分けがつくというか。そっか、お正月休みを取らなかった異界の民も、ついに休暇かぁ。いよいよ正月ムードも終わりって感じだな。あれっ家神家当主様って……参ったな父さんは海外に出張中なのに……」
「お家の方ならおそらく大丈夫かと……。ややっ! その美しいお方は……!」
すると、一連のやりとりを見ていたのか、ツグミ姉ちゃんが現れてオレのヤタガラス判別能力を解説し始めた。
「ヤタガラスさん、配達ご苦労様! あぁ……スグルって小さな時から、何故か小動物の個体の判別が得意なのよ。鳥とかネズミとか、ヒヨコとか……。陰陽師一族の出身じゃなかったら、ヒヨコの性別鑑定士になれたかもしれないわね」
流石に、個体の顔判別が出来るのとヒヨコの性別鑑定とは技能が異なると思うが……。
だが、伝書ヤタガラスはヒヨコの性別鑑定の話題よりもツグミ姉ちゃんそのものに関心がある様子。カラスには珍しく、ツグミ姉ちゃんに対して不思議なくらい照れ始めた。
「はぅううっ! あなたがお噂の家神家の長女のツグミ様ですか……! 想像以上にお美しくてびっくりですぅ」
「やだ! 私って異界でそんなに評判な訳っ! 次に遊びに行くときは、もっと綺麗にしていかないと……」
ただ単に、姉ちゃんの名前がツグミという鳥系の名前だから、鳥族のヤタガラスが反応しているだけでは? と思ったが、機嫌を損ねると良くないので口を噤んでおいた……ツグミだけに。
「いやぁ……さすがは蓮の女神レンゲ族の血を引かれているだけはある。まさか、我ら鳥族すら魅了するとは……今日は女神様に会えた気分で、鳥生の良い記念になりました。では、寒い日が続いておりますが、お身体ご自愛ください。御機嫌よう!」
ツグミ姉ちゃんが彼ら鳥族にとって美しい存在なのは、蓮の女神の血を引く以外にもいろいろ理由が違いそうだが。そこを突っ込むのも、野暮というものだろう。
世間話もほどほどに、伝書ヤタガラスは再び空の上へと飛んで行くのであった。
「ふふっ……美しいって罪よね。まさか、あんなに可愛いカラスまで私の虜になるなんて! ところで、異界からの手紙って何かしらね。スグル、あんたって定期的にギルドには顔出しているでしょう?」
鳥だけに、虜と言ったところだろう。冗談なのか本気なのか、よく分からないので触れないでおく。今回気になるのは、珍しく家神家当主宛に届いたこの手紙だ。
「ああ、この間もマスターと今年の方針について話したし。何処からだろう? 差出人は、異界時間軸調査会……」
時間軸という文字を見た瞬間に、心の奥がギクリとした。いや……オレが死に戻りでタイムリープの秘術を行ったことは、ギルド本部もマスターも認めている。
何も、コソコソとする理由もない。だけど、タイムリープについて詳細を覚えていないツグミ姉ちゃんにまで、あの日の惨劇を思い出させるのは気がひけてしまう。
「家神一族当主様宛って、お父様は不在だから、スグルが代わりに読むとして……。異界時間軸調査会なんて、聞いたことのない団体名ね。でもまぁ、伝書ヤタガラスが持ってきんだから、異界公認の組織なんだろうし。居間で内容を確認しましょう」
「う、うん……」
* * *
「あっ! お手紙取りに行ってたんだね。私も、もうすぐこのバトルが終わりそうだから一緒に休もう。うーん、なんだかこのボス守備力が硬いんだよね」
居間に戻ると、暖房がバッチリ効いたぬくぬくした空間で妹のアヤメがスマホゲームをプレイ中。どうやらRPGのボス戦のようだ。盛り上がる音楽や必殺技の効果音が、炸裂している。
「良いところみたいだし、あんまり急がなくてもいいぞ。エンディングムービーとかあるんだろう? そういうのって、今のうちに手を止めて休んでも……」
「それもそうだね……ストーリーモードの単独プレイだから、他人にも影響しないし。分かった、じゃあちょっと音声を消して先に休んじゃおうっかな?」
スマホRPGの類はプレイする余裕がないので詳細は分からないが、アヤメの様子から察してひと休憩を提案。
「にゃあ、スグル様、ツグミ様。ちょうどお茶の準備をしているところですにゃ。本日は、ふんわりフルーツケーキとアールグレイティーの西洋テイストですにゃん」
そして、猫耳御庭番メイドのミミちゃんがティーセットを並べている最中だった。
「へぇ、うちは和菓子が多いからたまにはいいわね! あぁ、スイレンちゃん、伽羅ちゃん、がま口財布作りは順調?」
「ええ。今は、がま口部分を乾かしている最中ですわ」
「なかなか、納得のいく出来になったし、スグルどのも気にいると思うぞ」
「あぁ期待しているよ。でも、異界の民は器用なんだな。財布やカバンは手作り派が多いとは……」
「まぁ特に伽羅は天女という職業柄、お針子仕事が得意みたいじゃからな。わらわも付き合いでチクチクすることも多いぞ」
お針子ルームでがま口財布作りに励んでいたスイレンと伽羅も、ティータイム休憩のために居間に入室。全員揃ったところで、ティータイム開始。
「ふう……このフルーツケーキ、程よい甘さで頭の疲れが癒されるのう……」
「本当! ミミちゃんがこのケーキ焼いたんでしょう? 器用だよね」
「みゃっ! お褒め頂きメイド冥利に尽きますにゃん」
なんだか、いつの間にかこうして女性陣5人と過ごすのが当たり前になってしまった。
平安時代から続く、家神の五芒星の守りの陣の1人だという伽羅が加わり2ヶ月ほど……。このまま次々押しかけ女房が現れたらどうしようかと思っていたが、その後は来訪してくる異界の民も少なく落ち着いている。
もしくは、現在の女性陣で5人という数が形成されているため出入りがストップしているのか……本当のところは定かではない。
「ところで、異界時間軸調査会って組織聞いたことある? さっき書類が届いたのよ。スグル、読んでみて……」
ひと息入れたところで、ツグミ姉ちゃんが本題に入る。
気になることは山ほどあるが、今片付けなくてはいけない問題は伝書ヤタガラスが届けてくれた文書だろう。
「えっと、家神家当主様……ご依頼のふもとの邸宅の時間軸の変化について……3年間の調査結果になります。15年前の事件から結界が歪んでいるとの報告……」
オレが死に戻りをしたことにより、閉鎖となったふもとの邸宅。実際に事件があったのは、去年の秋頃のはずである。
体裁上、死に戻りのタイムリープのチグハグを解決するために、事件があったのは15年前という設定に変更されたと思っていたのだが……。
「3年前っていうと、お父様が海外に転勤する前よね。そうか……調査している最中に日本を離れることになっちゃったのか」
「でも、ふもとの事件って私たちほとんど情報知らないし。お父さんに国際電話で書類が届いたことだけ伝えれば?」
「そうね……ウチじゃタブーになっている話題だし。そうしましょう」
まるで、当たり前のように会話が進むツグミ姉ちゃんとアヤメに思わず困惑する。てっきり、記憶の混乱を避けるためのすり替えられた情報の一つだと思い込んでいたが。
突然黙ってしまったオレを気遣ったのか『スグル、あまり哀しいことは考えない方が良いわよ』と珍しく、しんみりした口調の姉。
どうやら、この時間軸の事件……辻褄合わせではなく【実際に】何かしらの事件があったようだ。
なんだろう、一体どういうことなんだろう?
去年、幼馴染みの凛堂ルリが先祖霊に取り憑かれたことによって起きたあの惨劇。それを封じるために、死に戻りをしてまで戦ったというのに。
……思わず背筋がゾッとする。嫌な悪寒が、深層心理の奥にある潜在意識に走る。
「あっ雪が降ってきたね。窓が凍結しないように対処しないと……」
「みゃあ、早速作業係の式神たちに連絡してきますにゃ!」
窓の向こうの雪は、白く純粋にひとつひとつ落ちてきて……次第に地面に降り積もり、白い土台となるのだろう。
同時に、【本来は『無かったことになっていた』15年前の事件が、目に見えて因縁が積み重なった結果見えてきただけ】という最悪の答えが……。
白い雪のように、オレの中までふわりと舞い落ちてきたのである。