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第2章 第4話 汝、天女から羽衣を受け取るべからず!


「そ、その……実はすでに、オレにはスイレンっていうレンゲ族の婚約者がいて……。悪いけど……」

「そうでしたの? 私、幼少のみぎりよりスグルさんのお嫁さんになると教えられて、それを励みに生きてきましたのに」


 どうしよう、相手はずっとオレに嫁ぐために生きてきたと主張し始めた。


「うっ……そんな馬鹿な」

「どうやら、平安時代からの因縁を継承したことが行き違ってしまったようですわね。私が、私こそが……スグルさんの婚約者ですっ。見てください……この羽衣……あなた様のために織ったのですわ。せめて、この羽衣くらいは受け取って頂かないと」


 涙目で、やや興奮気味に自らが真の許嫁であることを主張する伽羅。その手には、空色に星々が散りばめられた羽衣。

 自分の人生をこの婚約に全て傾けているだの、同情するなら羽衣を受け取ってくれだのせがまれて、つい空に浮かぶ星のような羽衣を受け取ってしまう。


「ちょっと、スグル! あんた、その羽衣を受け取る意味、分かってんの?」

「どういうこと、姉ちゃん?」


 姉の表情が青ざめている……可哀想だから羽衣を受け取っただけなのだが。

 まぁ男としては……ほんの少しだけど、美女相手に気持ちが揺れ動いたのも嘘では無いが。これは、スイレンにはナイショである。


「はぁ……あんたって、結構……。いや、これも運命か。えっと……市井伽羅さんね。立ち話もなんだから、取り敢えずは家の中に入ってちょうだい」

「では、お言葉に甘えて……お邪魔しまーす!」


 さっきの涙はなんだったのか? ケロッと笑顔に戻り、靴を脱いで行儀よく靴を揃えて差し出されたスリッパに履き替え始めた。


 突然、現れた新たな婚約者である市井伽羅いちいきゃらという少女。姉ツグミに促されて、玄関から家の中へと通される。


 楚々とした佇まいや女性らしい仕草は、ふとした動作からも伝わってくるほど。スッとした背筋は後ろ姿まで美しく、彼女が歩いた後の廊下には高貴な残り香まで漂っていた。


 伽羅は、まるで現世に舞い降りた天女のごとき輝きを秘めた美人である。だが、あいにくオレにはすでにスイレンという婚約者が……。

 姉も突然の来訪者、しかも新たなるオレの許嫁に動揺しているのだろう……キョロキョロと見回して使用人を呼び、食事と来客用の寝室の準備を伝えていた。


「お兄ちゃん、なんだか大変なことになっちゃったね。まさか、スイレンお姉ちゃん以外にも許嫁がいたなんて」

「ああ、オレだって聞いていなかったし驚いているよ」


 今夜泊まる部屋に案内されて二階へと上がって行った伽羅を、廊下の片隅でひっそりと見守るオレと妹。


 本当に驚いている理由は、例の縁結びの呪術がバッチリ効いてしまっていることだが。わざわざ語ることもないだろう……。

 もし、オレにかけれた術が本物なら、今後も婚約者候補が増え続けることになる。なんせ、五芒星の縁結びが効いているのだ……スイレン以外にあと5人も許嫁が増えるなんて不吉すぎる。


 不吉な理由は言わずもがな……オレの一蓮托生の相手は、裏切ったら滅亡の花言葉とともに呪いが発動する睡蓮の女神様。滅亡回避のためにも【服従】の誓いは絶対のはず。


「ご先祖様の代からのお付き合いみたいだし。伽羅さんも、ここでしばらく暮らすことになるのかな? ほら、なんかラノベとかアニメとかの主人公ってお嫁さん候補が沢山出てきて、選ぶ羽目になるじゃない?」


 たまに妹のアヤメは、世間知らずのせいかとんでもない発言をする。すでに妹の常識力は、近年定番とされている異世界転生ハーレム系WEB小説に毒されているのだろうか。

 ああいうのは、異世界に転生した後に何らかの理由でハーレムを作る羽目になるのだ。


 だが、オレの場合は現実世界地球が拠点だし、異界に転移はできても異世界人ではない。たとえ異界の女神と婚約しているからって、そんな定番のハーレム展開は来ないだろう……多分。


「すでにスイレンを家神荘に迎え入れて三ヶ月くらい経つぞ。いくらなんでも、許嫁が増えたところで下宿はないだろう。アヤメ、お前もそろそろアニメやラノベの設定と現実を混同させないようにしないと」

「そっかぁ……そうだよね。ほらウチって陰陽師一族じゃない? 非現実的な家柄だからつい……」


「ははは……陰陽師だからってハーレムを作るわけじゃないよ。ああいうのは、萌え系ラノベのカテゴリーだ。ほら、オレってシリアス系の人間だし」

「……う、うん。確かにお兄ちゃんはシリアス系の人だよね……?」

 何故か戸惑いながら、話を合わせるアヤメ。


「ああ、実際にオレのストーリーがラノベならなぁ……。タグから今後の傾向が分かるのに。まぁタグ表記にハーレムとか書いてあったら、要注意だけどさ」

「そうだよね。私、これからどんどんお兄ちゃんのお嫁さん候補が増えたらって、一瞬不安になっちゃった。なんか、ハーレムオーラが高まっている気がして……どうして、そんなことを思ったんだろう。ゴメンね、お兄ちゃん」


 自分で自分に言い聞かせるように、ハーレム展開と許嫁設定を否定すると、妹も高まるハーレムオーラを否定し始めた。すると、部屋に荷物を置いて戻ってきた伽羅が夕食に加わるとかで、そのまま食卓へと案内されていた。


「スグルとアヤメも席について……。夕食、中断しちゃっていたけど。伽羅さんとの話し合いも兼ねて再開しましょう」

「えっ……ああ」


 みんなで夕食を囲む? それって、スイレンと伽羅が顔を合わせてしまわないか。

 呪力で受け取った羽衣を貴重品ボックスに転送し、不安を胸に再び食卓へ。



 * * *



「異界からやって来た天女の市井伽羅さんよ。我が家神一族とは、平安時代からの御縁があって……。じゃあ食事を再開しましょう」


 姉に紹介されてみんなに会釈をしてから、席に着く伽羅。っていうか、本当に職業が天女だったのか。


 再開した食卓には、オレ、姉ツグミ、妹アヤメ、婚約者スイレン、そして新たな婚約者候補の伽羅の5人が席に着いた。

 行き違いとはいえ、まさか許嫁がもう1人いたなんて。スイレンも伽羅も双方気分は悪いだろう。

 気のせいかもしれないが、スイレンも伽羅もお互い目を合わせようとしない。


「…………(つんっ)」

「…………(ふんっ)」


 いや、今一瞬だけ2人が視線を合わせたか? 何故か無言なのに、因縁をつけていた気がするが。


 恐ろしいほど緊張感に溢れる食卓……。偶然、フカヒレスープなどの高級メニューがあったため、来客を迎えるのにはちょうど良かったけれど。

 程よいスパイスの中華料理を堪能しつつも、これといった話題もなく……カチャカチャとした食器の音が静かに響く。


 流石に無言は良くないと思ったのか、姉がおどけて話し始めた。


「えっと、伽羅さん。まぁ……今日はもう遅いし、難しい話は明日以降にして今夜はウチで休んで行って」

「ええ、お言葉に甘えさせてもらいますわ。羽衣を無事に受け取ってもらった上に、こんな美味しいフカヒレスープまで……」


 手にした箸で上品にフカヒレをいただく伽羅の仕草は、やはり美しく清楚で。まるで、天界から舞い降りた姫君のようだ……これが天女のオーラなのか。


「それにしても、伽羅さんって綺麗に食事するんだね。どこかで習ったの?」

「ふふっ私、こう見えても異界の女学校時代はマナー講座トリプルエー成績でしたの! どこぞの女神と違って……」


 どこぞの女神?

 ピクッとスイレンの耳が動いた気がする。


 しかも今、女学校って言わなかったか? 確かスイレンも女学校出身……異界の女性は大体女学校に通うのだろうか。なんか、すごく嫌な予感がするのだが。


 それ以上は触れないようにしていたのに、空気が読めない無邪気な妹アヤメが禁句を言ってしまう。


「へぇ! 女学校かぁ……そういえば、スイレンお姉ちゃんも女学校出身だよね。私も女子校に通っているけど、向こうの人は女学校が当たり前なの?」


 アヤメの質問に、これまで無言を貫いてきたスイレンがようやく口を開く。


「……そうでもないぞ。共学もあるが……女神や天女という職業に就くものは、家の関係で強制的に女学校なのじゃ。たとえ、嫌な天女がいたとしてもな……」


 嫌な天女?


「ええ本当に……相性の悪い相手っているんですのね。プレスクールから幼稚園、小学校。習い事や部活動に至るまで……なぜか女学校時代はずっと同じクラス。そして現在……。私の行く先々には、どこぞの女神……スイレンの姿が……」

「お主に言われたくないのう……伽羅。物心ついた時から現在に至るまで。いつもいつも……わらわがいい感じになると、フラフラと登場しおって。まさか、嫁ぎ先まで被っておったとは。大人しく、自分磨きの旅でもしていれば良いものの」


 多分、おそらく、ほぼ間違いなく、スイレンと伽羅は顔見知りのようだ。

 もはや、いわゆる幼なじみレベルの付き合いじゃないか? 仲がいいかは不明だが。


 これ以上、何も追求しない方が身のためだろう。

 再び訪れる沈黙……重苦しい空気の中、夕食が終わり食後のお茶の時間に。


 だが、これまでの流れからも想像つくように、穏便にお茶などすするわけもなく。


 スイレンと伽羅、スッと同時に立ち上がる……どちらから仕掛けたのかは定かではない。が、お互い目配せをして親指を挙げて【表に出ろよ】の合図。


 庭ごと破壊されそうな勢いを察知して、寒空の下オレも2人を追いかけて外へ。


「ね、ねぇ。なんか不穏な感じなんですけど。ウチの庭で、何する気?」


 清楚なお嬢様風のイメージの美女2人だが、醸し出すオーラは大昔の女ヤンキーか女番長と言った雰囲気だ。


「うふふ、スグルさん。ちょっと女同士の秘密のお話ですわ。外なら思う存分ヤリあえる……いえ、お星様をめがけて話し合いですっ。異界の民が一夫多妻可能とはいえ、これからの人生、この女とずぅっと一緒だなんて……今、決着をつけなくては」

「ほう……お星様になるのはどちらかのう……。たとえお主が側室になる気だとしても、一蓮托生の誓いは、わらわなのじゃ。さしずめ天女の打ち上げ花火といったところかのう。楽しみじゃ」


 双方、嫁の座を譲る気は無いらしく攻撃系呪術の詠唱を始める。


「一夫多妻……嘘だろ。いや、あの滅裂術はやめて……スイレン、ねえ。スイレンさんっ」


 何とか2人を止めようと、間に入って仲裁しようとするが……時すでに遅し。


「喰らえ、卑怯天女っ。騙して婚約の証である羽衣を渡すとはっ。このアバズレがっ」

「それは、こちらのセリフですわっ。あなたこそ、どうせ色目を使ってキス待ちして服従させたんでしょう? このビッチ女神!」

「なんじゃとっ」


 ズガァアアアアンッ! 女神と天女の呪術がぶつかり合う。


「羽衣……あの羽衣、受け取ったら婚約が成立するのか?」

「そうよ、スグル。まぁ……自業自得だし、後のことは自分でどうにかしなさいよ」


 ポンッと軽くオレの肩を叩き、お疲れと言わんばかりに家の中へと戻る姉。


 その日の晩、由緒正しき陰陽師一族の家神荘敷地内では、満月とともにそれはそれは盛大な美しい星々が見えたとか……。



 教訓……汝、天女から羽衣を受け取るべからず!


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