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第2章 第3話 旧暦で結ばれる五芒星の縁


「あれっ……手に浮き出て来た星型の傷が……みるみる変化して!」


 大型ショッピングモールのロッカースペース周辺で負った身に覚えのない怪我の跡。やはり、何か特殊な呪印だったのか赤い血の傷跡が紋様となって、手のひらに渦巻いている。

 だが、異変はそれだけではなかった。やがて傷跡は、手の上で赤い糸に変化していき……クルクルクル……っと小指の周辺に集まっていき、体内に吸収されていった。


『スグルッ大丈夫ですか。これは、古来より伝わる縁結びの術式。おかしいですね……この術式は、出雲地域で神在月として縁結びの祭事が行われている間しか使うことが出来ない期間限定の術のはず』


 かなり、動揺している様子の天の声。

 どうやら、この手のひらの【呪い】にも似た術式は、使える期間がごく限られたものだったらしい。


「えっ期間限定の術式? 具体的には、どれくらいの間しか使えないの?」


『おそらくおよそ、3日くらいかと……。ですが、術が効いて仕舞えば少なくとも1年間は効果が持続するかと思われます。その術をかけた誰かとの、強力なご縁が結ばれてしまったかと……』

「じゃあオレって、知らない誰かと勝手に縁結びされちゃったってこと? スイレンと婚約しているのに? ヤバくないかそれ」


 なんせ、スイレンはただの女神様ではない。睡蓮の花言葉は【滅亡】という、不吉極まりないものだ。つまり、スイレンを裏切ったりした日にはオレ自身の身にも滅亡の災いが降りかかることになる。

 恐怖と動揺で、思わず顔が真っ青になっている……気がする。


『ええ、まずは落ち着いてください。さっきも話したように、この術式は出雲地域で縁結びの祈願がされている間しか使えない術です。今は霜月……縁結びの期間は過ぎているはずなのですが……。どうして? 私が休んでいる150年の間に祭事のシーズンが変更になったとか……?』


 納得いかないといった雰囲気の天の声、平安時代から遣り手の陰陽師として活躍していた彼だ。肉体を失ったせいで150年くらい活動にブランクがあるらしいが、だからといって暦を読み間違えるなんて……。


 だが、オレにも少しだけ思い当たるフシがあった。死に戻りのタイムリープを1ヶ月間行ったせいで、時差ボケしているのかもしれないが。


「あのさ、天の声……死に戻りの時差ボケで忘れていたから、人のこといえないけれど。今の暦って、新暦ってシステムで昔の暦と1ヶ月くらいズレているんだよ」


 そう、現代の暦システムはいわゆる新暦というものを採用している。天の声が現役で活動していた時期とは、暦が少しだけズレているのだ。


『えっ……私、まだ現世で活動を再開し始めて数ヶ月なんで、まったく知りませんでした。暦って変化しているんですか……。あっそういえば、なんかそういう話があったような……』

「ああ、残念ながら新暦では霜月……つまり11月かもしれないけれど、旧暦ではまだ10月の神無月。という事は、出雲での縁結びの祭事は終わった後どころか、真っ只中の可能性もあるわけで……」


 可能性ではなく、ほぼおそらくそうだと考えた方がよさそうだ。だって、謎の縁結びの術式が効いてしまったいるし。

 しかも、今日から数日間……もしかして縁結びの祭事のグランドフィナーレの真っ最中、真っ只中なのでは?


『真っ只中! そんな、年に一回……しかもほんの数日しかない期間に当たってしまうなんて。これも何かの呪いでしょうか? 意地でもスグルに、他の女性とのフラグを立てたいという見えない何かの……。しかも、五芒星……一気に5人の女性とフラグが立っていますよ、これは』


 一体、どんな見えない力なんだよ。


 しかも、一気に5人の女性とフラグが立つって……ハーレム系ライトノベルの主人公にかけられた呪いかよ。と思わずツッコミを入れたくなったが、読み間違えたのはオレも同じだ。


 現代の暦事情を、きちんと教えなかったオレにも落ち度があるのだろう。天の声だけを責めることは出来ない……ある意味、自己責任だ。


「何か、アドバイスとかある? オレ、この若さで女難が原因で滅亡とか、嫌なんだけど」


『そうですね……平安時代なら実は数人お嫁さんがいても、なんの問題もなかったのですが……。まだ、相手の素性も分かりませんし。何とも……』


 相手の素性は分からなくとも、メッセージを頼りに何となくは推測出来るはずだ。やはり、あの伽羅の香りを背負い込んだ謎の少女が怪しいが。


「でもさ、怪我した時に声が聞こえて来たんだけど平安時代から心中の約束してるって言ってたぞ。それにメッセージが聞こえた前後に女の子とすれ違ったんだけど、伽羅の香りがしてきてさ……。もしかして、天の声にも思い当たる何かが……」


『きゃ、伽羅の香りとな……。うっゲフゲフ……すみません、さっきのお団子が突っかかって……。あっスイレンさんが呼びに来たようですよ。では今宵はこの辺で……』

「あっおい! 天の声、逃げるなよっ。何だよ……なにかまずい事言ったかなオレ……」


 すると、天の声の言っていたことは満更嘘でもなかったらしく、スイレンがオレを呼びに祠の入り口までやって来ていた。

 気がつくと、スイレンの髪色がダークブラウンからラベンダーカラーに戻っている。拠点に戻ってきて、だいぶ神の力を取り戻したのだろう。


「スグルどの? お供えは無事に終わったかのう。早速、今夜は購入してきたフカヒレスープだってツグミお義姉さんが張り切っておったぞ。コックさんに混ざって、切り盛りしてたから……楽しみじゃ」


「ああ、そうだな。フカヒレは健康にも良いし……じゃあ行こう」



 * * *



「んー美味しいわね……フカヒレ! サメさんに感謝しないとね、こんな美味しいヒレを与えてくれて……。頑張ってブラックフライデーセールに行った甲斐があるわぁ」


 本日の夕食は、フカヒレスープに合うように中華料理が中心となった。チャーハン、エビのチリソースや春巻き、油淋鶏にチンジャオロースなども食卓に並んでいるが、姉はフカヒレスープに夢中だ。


「うむ、偶然にも今日は旧暦では出雲のご縁祭りの日。伝承によると、因幡の白兎どのをサメから助けて、素晴らしいご縁をもらったと云われておる。縁起がいいじゃろう……多分」


 スイレンが当たり前のように、今日から数日間が出雲の縁結び期間であることを語る。

 どうしよう……もしかして、旧暦と新暦をごっちゃにしていたのってオレだけなんじゃ……。まだボケるには早すぎるし気をつけないと。


「えっ因幡の白兎ってワニさんと戦ったんだと思っていた!」


 アヤメが、自分の知る伝承との違いに首を傾げている。


「ああ、日本ではサメのことをワニって呼んでいる時期があったらしいよ」

「そうね、各地で伝承が異なるから、サメかもしれないし……ワニかもしれないし。ともかく、私もフカヒレ食べて良い縁を呼ぼうっと……あっスグルは良いわよね。スイレンちゃんがいるから!」


 どうやら、今日から縁結びを目指すつもりらしい姉ツグミ。どうせなら、恋人のいないフリーな人に縁結びが行けば良いのに。

 なぜ、すでに女神様に服従する人生が決まっているオレに縁結びの呪いが……? どう答えて良いのか分からずに、笑って誤魔化す。


「えっあはは……」

「うふふ……何せ、スグルどのと私は一蓮托生じゃからな! おや、電話のようじゃ……」


 プルルルル……プルルルル……!

 珍しく、スマホではなく自宅の電話に、何処からか連絡が来た。


「はい、家神です……ええ、はい。えっ……許嫁……? それが、すでにスグルはレンゲ族からお嫁さんをもらう予定で……。ええ、もうこちらに向かっている……はぁ」


 使用人が出る前に姉が、素早く受話器を取り……何やら困っている様子。何だろう? 空耳でなければ、許嫁と聞こえたような気がしたが。


 ピンポーン!


 さらに、珍しく山の中腹にある家神荘に来客のベル。おいおい、すでに夜なのに……まさかさっきの電話の相手?


「……スグル、スイレンちゃん。落ち着いて聞いてちょうだい。実は、千年くらい前に婚約破棄した一族が、今世こそ約束を果たすためにこちらに向かっていて……。断ったら歴史から消された陰陽師一族の呪いが発動するから、取り敢えず下宿させてやってくれって……」


 青ざめた表情で、状況を説明しようとするツグミ姉ちゃん。さらに、会話の内容から今後の展開を察して青ざめていくスイレン。

 相手はこちらに向かっているというより、すでに到着しているのかも知れないが。


 ピンポーン! 


 もう一度鳴るベルの音。連絡の行き違いなのだろうが、外はもう寒いし、せめて中に迎えてから状況を説明すれば良いだろう。

 仕方なしに、玄関へ向かいドアを開けると……やはりというかなんというか、帽子を目深に被った例の少女の姿。

 

 オレの顔を確認するやいなや、バサっと帽子を取り……サラサラの黒髪セミロングヘアが風になびく。


「やっぱり、貴方様でしたのね! ようやく、千年の誓いを果たせますわ。私、市井伽羅いちいきゃらと申します! 平安の時より定められた貴方の許嫁ですわ、スグルさんっ」


 伽羅と名乗る少女のその姿は、ほとんどの男性が一発でノックアウトされるであろう天女のような美しさで……思わずオレは言葉を失うのであった。


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