第2話 汝、軽い気持ちでフラグをたてるべからず
「名はスイレンじゃ……よろしく頼むぞえ」
ほこらから現れたスイレンは、淡い紫色のロングヘアが印象的な神秘的な美少女だ。いわゆる巫女服に身を包んでおり、俗に言う『のじゃロリ』っぽい雰囲気を漂わせている。想定外の新パートナーの登場に、思わず胸が高鳴る。
「スイレン……か、随分若い神様だけど、もしかして僕……じゃなかったオレと同い年くらい? おっと、オレの名前は家神スグル。職業は高校生兼異界術師、よろしく!」
一族のしきたりで、普段は自分自身のことを僕……と名乗っている。だが、もしかしたら、もしかすると恋愛的な面でフラグがたっていそうな同世代の美少女相手によい子ちゃんキャラじゃ何となく格好悪く感じ、つい『オレ』と一人称を変更する。
今日からオレはよい子ちゃんキャラを卒業して……モテ男を目指すのだ! 握手のために差し出したオレの手を、恥ずかしそうに握り返すスイレン。伏せた目もそこはかとない色気をはらんでおり、やや紅潮した頬からはオレに対するときめきが伝わってくる。少なくとも、異性としては認識してもらえただろう。
「……! スグル殿は……なんというか、思っていたよりも男らしいというか……。頼りがいのありそうな男で良かったぞえ。これなら、パートナー制のしきたりで……その、スグル殿に嫁ぐことになっても安心して生活できそうじゃ」
「とっ嫁ぐ……? オレたち、人間と神様だけど……スイレンちゃんが良いっていうなら。しっ幸せになろうなっ。縁があって結婚出来たら……だけどっ」
勢い余ってプロポーズまがいの言葉を口にするオレ。だってこんな美少女に見つめられた上に告白っぽいこと言われたら、気持ちに応えるしかないだろう、常識的に考えて。
スイレンの上昇する気持ちに呼応するかの如く、さっきまでどんよりと漂っていた雨雲が、いつの間にか晴れ間に変わっている。これが、神のチカラなのか。
オレとスイレンの出会いは始まったばかり……今からぐんぐん距離を接近させればもしかしたら、結婚の可能性だってあり得るのだ。
「実はな、我々異界の神は……わらわの場合はおなごであるゆえ、神と言うよりも女神と呼ばれているが。術師が年齢の近しい異性の場合は、恋愛面でもパートナーとなる者が非常に多いのじゃ……。つまり、冗談ではなく本当に結婚を……」
「本当に、結婚……か。ああ、いいぜ。これも何かの縁だ、将来は結婚しよう! 約束するからっ」
彼女いない歴イコール年齢のピュアな男子高校生であるオレは、あまりの嬉しさにノリと勢いで、結婚を快諾する。
「スグル殿……では、誓いの口づけを……」
ちゅっ……触れるだけの優しく柔らかい口づけがそっと交わされる。ほんのりとした感触は、お互いの唇を掠めただけなのに妙に心地よく切なさが胸の内にあふれた。いわゆるファーストキスだったため、びっくりしてしまい言葉が出ない。
「わらわと結婚……そのセリフ……【決して】忘れるでないぞえ」
女神と口づけを交わすというのは、どういう意味をもたらすのか、もっと調べておけばよかった。
決して忘れてはいけない……呪詛にも近しいスイレンのあの優しい笑顔。オレは死ぬまで、この時のスイレンを忘れることは出来ないだろう。
そう……この時までは、オレ自身も考えが非常に甘く、美少女とワンチャンなんて軽いノリでプロポーズまがいのセリフをはいてしまった。さらに、出会って間もないくせに口づけまで……。
もしも、時間が戻るならまだ純粋にスイレンにときめいていたこの時のオレに教えてやりたい。『おまえにはこれから、とんでもない服従ストーリーがまちうけているのだぞ……』と。
* * *
「異界にいくのは久しぶりだな……しばらくこの別荘に来ていなかったから、あとで掃除しないと……」
初対面のくせに女神であるスイレンにプロポーズを行い、あげく婚約誓いの口づけを交わしたオレ。恥ずかしいやら嬉しいやら……弾む気持ちを抑えつつほこらを出て、別荘の敷地に戻る。途中、婚約したてのスイレンがそっと手を握ってきた……可愛い。
「スグル殿は、この別荘……家神荘には住んでいないのかえ?」
「ああ、部屋数も多いしもったいないなとは思うんだけど。今の我が家って両親が海外に出張してて、姉と妹とオレと猫の3人と1匹暮らしでさ。自宅の一般的な住宅の方が合っているかなって。山奥に住んでいるせいで、そんなに人も遊びに来ないしさ……。来るとしたら幼なじみくらい? お節介なんだよアイツ、この間も……」
「ふぅん……ところで、その幼なじみさんって……男の子、女の子……どっちじゃ?」
心なしか、スイレンの声色がワントーン下がる。
しまった……!
つい調子に乗ってべらべらと幼なじみのことを話してしまったが、幼なじみのアイツはオレと同い年の女子高生である。
「えっと……小さい頃から遊び仲間として、だらだらとつきあいが長くなってしまっているだけの仲だよ。たぶん、これからもアイツとはそんな感じなんじゃないかな」
「これからも……? これからも、そんな感じの幼なじみとは?」
別に、恋人という訳ではないが……スイレンは、もしかしたらオレと幼なじみの仲を疑っているかもしれない。どうしよう? 気のせいでなければ、嫉妬という名のどす黒いオーラがスイレンの波動とともにあたりに渦巻き始めた。この話題を継続するべきではないと、オレの直感が囁いている。
「そっそれはそうと、ほら、異界にあやかし退治だよ! えっと鍵は、あった。異界へのワープゲートは奥の部屋で……あの、スイレンさん?」
「話を逸らすでないぞっ! わらわは、その幼なじみは男かおなごかと訊いておるのじゃ……」
「あっああ、男の子っぽい女の子だよ、でも別に恋人ってわけじゃないし。ほら、おれって普段はどこにでもいる平凡な男子高校生だし。友達枠って言うか……話が合うって言うか。えっと、ああっ今日の任務はSSSランクのあやかしだから、気合いを入れないとっ」
懸命に話題の変更を試みる。さっき出会ったばっかなのに、どうしてオレ、この女にここまで気を使っているんだろう? ああ、やっぱりプロポーズして口づけを交わしたからか。
「そうか……おなごか……へぇ女の子なんだ……幼なじみって……。話が合う……うふふ。まるで、わらわとは話が全く合わないみたいな言い方だよね。わらわだって、職業で『のじゃロリ』キャラをしてるけど、オフの時は俗に言う、ごく普通の女の子なんだけどなっ! さっき、私たち婚約したばかりだよね? なのに、もう浮気の心配をしなくちゃいけないんだ……へぇ……そうなんだ……ねえ、聞いてるの? スグルどのっ!」
このままでは、あやかし退治に行く前にオレ自身が婚約者の怒りで退治されてしまう。っていうか、職業的に『のじゃロリ』キャラでいるだけで、実は普通にしゃべれるのかよ? ちょっとした『のじゃロリ詐欺』に遭った気分だ。
「ご、ごめんね、スイレン。今後は、幼なじみとは距離を置くように気をつけるからさ。ねぇ……スイレンちゃん……オレの話、聞いてる……? スイ、レ……ン?」
その瞬間『スグル、スグル……』と恐怖におびえるオレの頭に直接語りかけるかの如く、潜在意識から声が聞こえてきた。どうやら、天の声のようだ。
『家神スグル、あなたは女神様と誓いの口づけを交わしました。それは、婚約者である女神に対して服従を誓ったことを意味するものです……まぁ頑張って!』などと、無責任な雰囲気。
「えっちょっと待ってよ、何だよ服従って……聞いていない……ちょっと、天の声さん? はっしまった。スイレン」
「スグル殿……浮気者には……滅裂術ッッじゃッ」
「ぐぎゃああああああああああっ!」
ドッシャーン! スイレンの怒りとともに打ち落とされる妖術は、何故かオレの全身を直撃し……。その後のことはもう、なにも言うまい。ただ、朦朧とする中でスイレンの機嫌を取るためにもう一度甘い口づけを交わしたような気がしなくもない。
だって、スイレンが……その瞬間に、とても寂しそうに泣いたから。
浮気は絶対に許されない、唯一無二の配偶者として一生裏切ることなく添い遂げなくてはならない。それが出会いたてのノリと勢いで交わした結婚の約束だとしても……だ。
女神様との誓いの口づけ……それは、永遠の夫婦の誓いと服従を意味するものだったのだ。
若年最強と謳われる異界術師のくせに今回の任務だけは、ぼろぼろの身体で帰還した。そのわけは、オレとスイレンだけのちょっとした秘密である。