第24話 汝、混浴に入るべからず
「おめでとうございまーす! 神域商店街ガラポンくじ、特賞の秘湯温泉旅館ペア宿泊チケット大当たりでーす!」
「おぉー!」
「いやぁちょうどペアチケットだから、ご夫婦での旅行にぴったりですねぇ。ごゆっくり!」
「えっあっはい! ありがとうございます」
ちりんちりん、からんころーん!
ギャラリーが注目する中、ガラポンくじの案内係の人から特賞のチケットを受け取る。
何処からともなく現れたバニーガール役のうさぎ系神様のみなさんが、くす玉を割って大当たり感を演出。
異界のギルド本部にクエスト完了報告をした帰り道、ふと立ち寄った神域商店街でくじ引きに当たったのだ。
「よかったのう、スグルどの! 超有名温泉らしいぞ。大きなクエストをこなして霊力も疲労しておるし、たまにはゆっくりしようではないか」
「ああ、そういえばクエストに学校とスケジュールが立て込んでいてかなり疲れているかも。それにしても神域の温泉ってどんな感じなんだろう?」
温泉の効能説明の欄を確認すると、霊力回復、因縁消滅、除霊効果ありとさすが神域と言わんばかりの霊的な効果のラインナップだ。一応、疲労回復や打ち身などにも効果があるらしいが。
「それに……クエストでスグルどのと出かける機会はあっても、プライベートでゆっくりする機会はまだ持てていないし……」
オレ自身、ちょっと気になっていた点を指摘されてドキッとする。スイレンとは婚約早々すぐに家神荘で同居をはじめたものの、元々大きな別荘だった事もあり、あまり同居している感じはない。
しかも、家族も使用人もみんな同じ家神荘で暮らしているのだ。意外と人の目が気になる環境となっているのも原因である。
「うっ……ごめん、スイレン。ずっとクエストや学校の関係で忙しかったから……。けど、この温泉旅行がもしかしてオレ達の初デートになるのか……」
「ふふっ秘湯ってどんな感じなのか……今から楽しみじゃ。女性向け豪華アメニティ付き……可愛いものだと嬉しいけど」
年頃の若い娘らしく、初めてのデート旅行が楽しみな様子。
(んっまてよ……初デートでいきなり温泉だと……! これは、結構思い切った展開なのでは? まさか、初デートと初お泊まりが同時にやってくるとは……)
出会った瞬間プロポーズして誓いのキッスを交わしたオレ達。高速でくっついた感じがあったが、イチャラブし放題だったのは初期だけで、実はそれ以降はほとんどイチャイチャ出来ていない。
(スイレンと久しぶりに2人っきり……誰にも邪魔されず2人っきりの温泉旅行……。この機会を逃したら、もうしばらくはイチャラブ出来ないかもしれない……! 頑張らなくては……)
じわじわと興奮が襲いかかってきているオレと、何も深く考えていなさそうなスイレン。
悶々とした気持ちを抱えながら、帰路につき……数日後、待望の連休を迎える。
* * *
秋の連休の早朝、家神荘からゲートで神域へ移動しさらに列車で山沿いへ。列車の中で食べるお昼ご飯は、オプションでついてきた『神域秘湯巡り弁当』だ。川魚や山の幸をふんだんに使った内容で、霊力の回復効果もあるらしい。
山小屋風の駅に着いたら、さらに送迎バスで15分ほど……ついに、秘湯の温泉郷にたどり着いた。
あちこちから湯けむりが立ちのぼり、浴衣姿の湯上りの女性たちが下駄を鳴らして石畳の道を行き来している。
「はぁ……結構神域の中心地域から距離があったなぁ。まさか、こんな自然環境が豊かな場所があるとは……」
雄大な山の景色を背景に、自然を満喫しながら食事や買い物を楽しめる施設がチラホラ。
「ギルド連盟本部のあたりは、かなり都会の部類じゃからのう。ここは、本来の神域の姿に近い形を残しているらしい……。さぁスグルどの、早速受付を済ませようぞ」
「ああ、行こう!」
旅館は敷地が広く、門を入ってすぐのところに昔ながらの品の良い日本庭園。池には金色の鯉が泳いでおり、縁起まで良さそうだ。
ロビーには、館内着姿のお客さんが談笑しながら和んでいる。連休だけあって、ずいぶんと観光客の数が多い。
「2名さま、【曼珠沙華の部屋】ですね……。館内着や浴衣は室内に用意してありますので……。こちらは、お連れの女性の方に……アメニティグッズになります! ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます。お世話になります」
鍵とスイレンが楽しみにしていた女性向けのアメニティグッズを受け取りスムーズに手続きを済ませて、部屋へ向かう。
「おおっ! アメニティグッズは、神域で流行中の美肌女神のスキンケアセットじゃ。奮発しておるのう……ずっと気になっていたから……」
「へぇ、良かったじゃん! 気になる商品が試せて……部屋に荷物を置いたら、さっそく温泉に……。おや?」
何気ない会話をしながら、それとなく館内を見渡していると途中で気になる案内板が目に留まる。
【混浴温泉コーナーはこちら】
「混浴温泉……ここって混浴なのかっ? 混浴って、男の人も女の人も同じ空間で……風呂に入るってやつだろうっ」
ガラポンくじのコーナーの人たちは、秘湯とか天然温泉とかの説明しかしていなかったため混浴かどうかは気にしていなかったのだ。
まさかの混浴展開に動揺が走る……。婚約しているものの、まだ若い娘のスイレンの美しいやわ肌を知らない男の人たちにまで見られるなんて……心配で仕方がない。
「そ、そうみたいじゃな……スグルどの。どうしよう……流石に、知らない男の人たちに裸を見られるのは恥ずかしいし……。でも、ここに来るまで汗をかいているからお風呂には入らないと……」
スイレンも混浴には抵抗があるのか、悩んでいる様子。気がつけば、いわゆるノジャロリ言葉ではなく普通の話し方になってしまっている。おそらく、女神としての責務を忘れて素の状態になってしまっているのだろう。
気のせいかもしれないが、混浴コーナーから出てきた男性のお客さんの視線がスイレンに集中しているような……。
居た堪れない気持ちになって、急いでスイレンの手を繋ぎ、ひとまず部屋へ。
曼珠沙華の部屋は、くじの特賞にふさわしいグレードの部屋で、和洋折衷の小洒落た内装が特別感を一層感じさせる。ちなみに、ベッドはツインベッドだ。
「はぁ……はぁ……焦ったなぁ。あんなにじろじろと見られるとは……」
「うぅ……スグルどの、こういう場合は混浴にどうしても入らなくてはいけないのじゃろうか……?」
「だ、ダメに決まってるだろう! 嫁入り前なんだぞっ! 他の男に裸を見られるなんてっ。オレの目の色が黒いうちは決して許さんッ」
「な、なんだか婚約者というより保護者みたいじゃのう……」
こんこんこんっ!
「お客様、失礼してもよろしいでしょうか?」
「はーい、どうぞ」
荒ぶる気持ちを無理やり抑えながら、説明に現れた仲居さんを部屋に通す。
「この度は、神域秘湯の湯にお越しくださりありがとうございます! 曼珠沙華の部屋は露天風呂仕様になっておりまして……このふすまを開けると……個室用露天風呂が設置されております!」
自慢げに、ツインベッドの先にある部屋の奥のふすまを開けて個室専用露天風呂をお披露目……あれっ、もしかしてこの部屋って温泉付きだったのか。
「マイナスイオンたっぷりの自然の景色を眺めながら入る温泉は格別ですよ! しかも、身体に良いと評判の檜風呂となっております。お食事はディナービュッフェをご利用ですね。ディナータイムになりましたら、1階のレストランにお越し下さい。では、ごゆっくり……」
ぱたん……当たり前のように個室露天風呂の説明をしたのちに、仲居さんは部屋から退室していった。
「ふぅ……安心した! もしかしたら、さっきの混浴コーナー前でスイレンのことを珍しそうな目で見ていたのって……。女の人は、それぞれ泊まる部屋の方で温泉を利用する人が多いからなのかも」
「うむ、混浴とはいえ利用者は男性ばかりに見えたし……要はそういうことなのじゃろう。まぁひと安心じゃな」
混浴への不安が杞憂に終わったところで、入浴の準備。せっかく秘湯に来たのだし、ゆっくり温泉に浸かって悪い気を洗い流したいものだ。
「よぉし! じゃあさっそく……ってスイレンは……?」
「……そうじゃな……ここは、婚約者らしくスグルどのの背中を流すとか……いい、スグルどの?」
頬を赤らめながら素肌にタオルを巻き、バレッタで髪を束ね……。準備をすすめるスイレンは普段より大人びて見えて艶っぽい。
「おっおおぅ! お願い、します……!」
思わず、上ずった声を出しながらも平静を装い、背中を流してもらうことに……。
ザバァ……ぷしゅっ……クシュクシュ……。
掛け湯をして、木のオケにお湯をためて……液体石鹸の泡と柔らかい布地が擦れる音。しっとり、ふわふわと泡立つの石鹸を揉み込むように馴染ませていく。
「アメニティに入っていたプレミアム石鹸を試してみよう! スグルどの……優しく洗うから……気になるところがあったら言って」
「う、うん……よろしく……」
婚約者とはいえ、お付き合いし始めたばかりのスイレンがオレの背中や身体を洗い始めた。
……しゅわしゅわ………すっすっ……。オレの泡まみれの素肌が、スイレンの手によって擦れる音が……自然の中で響き渡る。
「んっあっ……ちょっとくすぐったい……」
「ここは……どう?」
すぐには、感覚が同調しないのか少しずつ気持ちの良い場所を探り出していく感覚が、もどかしくも嬉しい。
「んっ。ちょっとまどろっこしいかな? あっそこ! いい……」
緊張で身体のいろんなところをガチガチにしつつ『スグルどの、もっとリラックスしていいよ……』と優しく耳元で囁かれて、ますます硬くなってしまう。
「ふぅ……こんな感じで……ひとまずは……」
ザバァ……再びお湯で身体を流して、スイレンによる背中流しは終了……したように思われた、が……。
「ありがとうスイレ……ン」
「……スグルどの……」
ぽすんっとオレの肩のあたりに頭をあずけて、後ろから抱きついてくるスイレン。
「えっスイレン……!」
タオルを巻いているとはいえ、柔らかな胸の感触が背中に伝わり、ドギマギして鼓動が速くなる。
だが、その後に続くスイレンの言葉はオレの予想していないものだった。
「うぅ……ひっく……スグルどのの身体。思っていたよりも、ずっと、ずっと、傷だらけで……。この間の戦いの傷もそうだけど……もっと昔のものまで……私の回復術が優秀なら……」
「……ずっと、いろんなあやかしと戦ってきたからさ……。もう、回復術じゃ治らない傷跡もたくさんあるよ。スイレンのせいじゃないよ……」
泣きながら抱きついてきたスイレンのしっとりと濡れた手を、肩ごしに優しく握る。
多分、オレが今まで戦ってきたのは、か弱いスイレンの手を守り抜くためにあったんだ……そう思えるから。
きっとこれからも、大丈夫……。
いつの間にか、旅館の部屋から見える景色は夕暮れに変わり……やがて月がのぼり始めた。
* * *
「うわぁ……いろいろなご馳走が用意されておるのぉ。普通の和食はもちろんオイセエビに寿司、松茸に栗料理……季節のものまで! デザートのわらび餅や紫いもソフトも美味しそうじゃのう」
「ははっ。ビュッフェスタイルだから、少しずつ取り分けて楽しめるなっ」
個室露天風呂でのリラックスタイムを終えて、1階のレストランでディナータイム。
まったりとした夕食を過ごしていると、例の混浴からあがってきたらしい女性の集団の姿が。
「はぁ! それにしても混浴風呂……思い切って入ってよかったね! すごい、ご利益がいっぱいあるんでしょ」
「なんでも、金運上昇、健康促進、恋愛運アップの一大パワースポットだとか……。ここまで来てよかったぁ……」
(なんだ、普通に女の人たちが混浴を利用し始めたな。集団だから堂々と入れたのかな……しかも、そんなに効果がすごいのか……)
「ねぇ、夕食が終わったらもう一度入りに行かない?」
「うん、行こう! 行こう!」
混浴コーナーをエンジョイしている女性集団の情報から、少しだけ混浴に興味が湧く。そうだ、スイレンを混浴に行かせるのはダメだが、オレ1人なら……。
「このあと……オレ1人だけで、ちょっと混浴の方に……」
「ス・グ・ル、どのっっ! 行くなら、さっきの男の人ばかりの時間帯に行っておればよいじゃろう……。まさか、あの女性の集団と一緒に入りたくて……」
「いやいやいや、誤解だからっ! 決して、やましい気持ちがあるわけじゃないからっ!」
しまった! すっかり忘れていたけど、スイレンって結構……いやかなり嫉妬深い女神様なんだっけ……。
「もうっ。万が一、浮気をしたら滅裂術どころじゃ済まさぬからなっ!」
「だから、浮気なんかしないって……あっ……さっきのわらび餅と紫いもソフト持ってくるっ!」
「スグルどのっ。甘いもので誤魔化そうったって……んっおいしい……」
結局、その後はずっとずっと……夜更けまで、婚約者であるスイレンへご奉仕と言う名のご機嫌とり。
まぁ仕方がないか、オレはこの女神様に出会った瞬間から一目惚れして……【服従】を誓ってしまったのだから。
たとえ、悲劇のさなか一蓮托生を誓い合ったご先祖様たちの因縁を引き継いでいたとしても……。